6.今回はタイムリミット付きです
「悪口ってなに? もし何か聞こえて自分のことだと思ったのなら、心当たりがあるからじゃないの?」
小突かれた女子生徒がそう言い放てば、ひかりはカッと頭に血が上ったのが分かった。悪意を向けられていたとはいえ、あの話し声がひかりの耳に入ったのは、ひかりの事だと思えるような内容だったからだ。
ひかりは男たらしで、自称サバサバ系で、他とは違う。そんな人間に見えるような振る舞いをしている自覚はあった。腕を組んだ別の女子生徒が、項垂れたひかりに追撃を続ける。
「男子とも仲良くできる私をアピールしているようだけど、別に誰も羨ましがってないから! 灰司くんは誰にでも優しいし、胡桃先輩は女たらし。百合原くんだって女だったら誰でもいいんじゃない?」
「あ?」
聞き捨てならないな。つい数秒前までしょんぼりとしていようと思っていたが、酷い言われようにひかりのこめかみに青筋が浮かび上がる。常に重い腰を上げ、女子生徒の前に立ちはだかると、顔の距離をぐっと近づけ低い声で唸った。
「アンタ、私とあの人達のなにを知って言ってんの?」
目の前の女子生徒は、ひかりの反撃に瞳をきょろきょろと動かし口を噤む。別に怒っているのは百合原や胡桃の悪口を言われたからではない、決してそんなつもりはない。多分。
許せないのは、分かったように語られる事。羨ましがられる体験などひとつもしていない。ひとつもだ。
「男たらしもサバサバ系もアンタのイメージでしょ? それはいいよ、でもアピールなんてしてないから。この四月からいままで死ぬほどストレス溜まってんのに、勝手な主観で僻まないでよ」
「ひ、僻んでなんか……」
「そうだね、これも私から見たアンタたちのイメージ。有象無象で徒党を組んで、大きな味方がいなきゃ人に直接文句も言えない金魚の糞」
嫌いな人間のことなど放っておけばいいのに、どうしても相手に傷ついてほしい人間。ひかりもそちら側の人間になってしまった。と自分を残念に思った。
こういう輩に自分のエネルギーなど一ミリも使いたくなかったのに。ひかりは舌打ちをし、呆然とした女子生徒から距離を取った。
クラス内は最悪の雰囲気だった。白雪も灰司もいない1-Aに権力を握るものはいない。権力を握るはずだったうららは信じられないものを見るような瞳で、ひかりを見つめている。ひかりは作業に戻ろうと女子生徒らから背を向けて、自分の位置に座り直した。
「――な、んっで、そこまで言われなきゃいけないのよ!」
すると、猿の鳴き声のようなつんざく悲鳴が響く。あまりの不快な叫びにひかりは心臓が縮み上がり、段ボールに向けていた瞳を上にやる。
ペンキバケツの口がこちらに向かっている?
ゆっくりと浮かび上がったそれは、ひかりに向かって真っ逆さまに落ちてきている。中の赤いペンキが溢れる瞬間がスローモーションで一コマ一コマを描き、ひかりを汚そうとしていた。
ひかりは目をぎゅっと瞑り、その衝撃を今か今かと待ち構える……が、
『このペンキから蘭咲黒が守ろうとしてくれています。ひかり様はどうなされますか?』
ペンキの代わりにナナコの声が頭に響いた。ひかりが瞼を開ければ、周りの時間は止まっていた。お馴染みの選択肢がピンクに囲まれている。
1「蘭咲黒に守ってもらう」
2「蘭咲黒に守ってもらわない」
『ちなみに今回はタイムリミット付きです。五秒しかありません』
「ちょっと!?!?」
5.4.3.と数字は無情にも減っていく。ひかりの情緒はぐちゃぐちゃだ。ヤケクソで選択肢を拳で殴った。
――時は、動き出す。
「ひ、ひかちゃん、危な……ぐえっ!?」
身を挺してひかりの前に飛び出してくる蘭咲を、勝手に動き出すひかりの身体は突き飛ばした。守ってもらうのは絶対に嫌だったのだ。
ベシャッ! コンッ!
結果ひかりは頭から赤いペンキを被り、更にはポリ容器のバケツで頭を打った。ポリ容器で良かった、とよく分からない安堵もした。
「……た、大変……!」
場は凍りつく。うららの動転した声が教室内に響いたと同時にがらりと教室の扉が開いた。
「みんな! お化けの衣装の布、もら……ってきた……」
「ひかり、いる……か?」
赤い液体がぽた、ぽたと落ちる先に灰司、百合原、何故か胡桃の姿まで見える。どういう気持ちで彼らはひかりを見ているんだろうか。ひかりの全身が一瞬にして熱くなり、そして冷えていった。
とっても、とっても、みじめ。涙すら出ない。ひかりは再度立ち上がり、自らを汚す赤いものを手で拭った。その手も赤いから意味はない。
「これ、弁償してよ。じゃないと着るものないから」
ひかりはバケツを投げたであろう女子生徒に、冷淡に告げる。
「……ど、ど、どっかにシャワーあったっけ? とりあえずその赤まみれ、なんとかしようぜ!」
百合原がこちらに駆け寄り、首にかけていたタオルをひかりに渡した。ひかりはそれを受け取るのを拒否する。
「更衣室の横にあったはずだよ。床汚しちゃ意味ないから垂れそうなのは拭おうか?」
胡桃がそう提案すると、百合原から差し出されたタオルを代わりに受け取り、ひかりの髪先を絞るように拭った。
なるほど。こりゃあ、確かに男に守られていると思われても仕方ないな。ひかりはされるがままに髪を絞られている間、自分の立場を再認識した。
「わ、私のハンカチも使って?」
うららが綺麗なハンカチをひかりの頬に滑らせる。前髪の隙間から、ひかりはうららを見つめて思った。
(アンタがヒロインをやればいいのに)
うららの赤に塗れたハンカチは、とても高価そうなものだった。
※ただいま誤字脱字や矛盾点を修正するため、一話から改稿中です。不可解な点やタイトルの種類の違い等あると思いますが、ご了承ください。




