5.文化祭イベントスタートです
うららの強みは、そのプリンセスのような振る舞い。誰もが彼女の味方をしてあげたくなる愛嬌、そして小鳥のさえずりを連想させる愛らしい声だ。
ではひかりの強みは? うららに勝てるような強みなどあるだろうか。加えて、彼女は頭も良い。ひかりがうららの弱みにつけ込むように、彼女もまたひかりの弱みを見つけたのだ。
「うららちゃんってすごい出来た娘だよな」
突然出てきた天敵の名前にひかりはぎょっとして、手元の缶コーヒーをこぼしそうになった。百合原はそんなひかりに目もくれず、夢想に浸っている。恋をしている瞳だ、最近まで白雪に向けられていた眼差し。
「なにを知ったかぶって……」
ひかりは今その女に苦しめられてるというのに、とは言えない。気が強い女が好きなのは嘘だったのか? せめてもの皮肉がこれだ。ひかりは公園のベンチに深く腰をかけ、長く伸ばしたスカートの上からすりすりと腿を擦った。時刻は午後四時、十月ともなるともう冬の匂いが漂ってくる。
「前さ、バイト先に偶然来てくれてよ! 俺と胡桃先輩に差し入れってコーヒー持ってきてくれたんだよ!」
「アンタ、コーヒー飲めないじゃん」
「そういう事じゃなくて! その親切心? 優しい心っていうかさぁ」
「はいはい」
カーディガンのポケットに手を突っ込んで、ひかりは気怠く返事をする。そんな反応に百合原は子供のご機嫌を取る父親のように、鬱陶しく絡んできた。
「なんだよ、妬いてんだろ?」
「はあ?」
「わかるわかる、あんな可愛くて気の利く子なんて見てるだけで……」
「うるさい、アンタにはわかんないよ」
ひかりの態度を見て、自分と灰司の関係性を重ねでもしたのだろうがそれは違う、とひかりはそれを跳ね除ける。灰司と百合原の関係は友情ありきだが、ひかりはあの女に友情など微塵も感じていなかった。現に今日はひかりの体操服がゴミ箱に入っていて、白雪が憤怒で顔を赤くしていた。
百合原はあまりにも機嫌の悪いひかりに、まいったなと頭を掻いた。
「わかんないって……言葉にしなきゃ、そりゃわかんねーだろ? 最近変だぞ? やっぱり上履きのこと……」
「……ごめん、なんでもない。ていうかそろそろ帰るわ、寒いし。宝先輩にもごめんねって言っといて」
気にしてくださいといっているようなものだろうが。ひかりは立ち上がり、自販機横のゴミ箱に飲み終わった缶を投げ捨てる。そのまま百合原の制止の声も聞かずに公園から立ち去った。
嫌がらせをいなして、休日はストレス値のために休む。そしてまた嫌がらせをいなして、ストレス値のために休むを繰り返して、十一月になる。負けたくはないと意固地になっていても、ひかりは今の今まで嫌がらせをやり過ごす事しかできていない。
それでもゲームの世界は周り、ハッピー学園はわいわいと賑わいムードになっていた。後期も委員長を請け負った灰司の声が、ひかりの頭の中でこだまする。
「では1-Aはお化け屋敷に決定しました!」
勘弁してくれ。ひかりは心の中でそっと嘆いた。
十一月には文化祭がある。乙女ゲームの中では重大イベントだろうが、今のひかりには苦行でしかなかった。
文化祭までの期間、部活がない生徒は出店の準備のために放課後まで残らないといけない。ひかりは後期は委員会も入ってなければ、部活など入る気すらなかった。そうなると自ずと準備係に回されることとなり、ひかりが学校に滞在する時間が多くなるというわけだ。
早速、その日の放課後から準備が始まるわけだが、笑えるほどわかりやすく女子生徒らはひかりの予想通りに動いてくれた。
「相良さん、ここちゃんと塗ってくれる?」
怒る女子生徒A。
「はーい」
適当に返事をするひかり。
「真剣にやってよ、ちゃんとしたお化け屋敷にしたいんだから!」
更に怒る女子生徒B。
「やってるよ」
言い返すひかり。
「じゃあなんで塗りムラがひどいの!? やる気ある?」
そしてとどめの女子生徒C。
床で這いつくばって段ボールに色を塗るひかりを上から見下ろして、注意する名も知らぬ女子生徒たち。自分たちがクラスの空気を悪くしているのがわからないのだろうか。ひかりがとうとう無視を決め込むと、待ってましたと言わんばかりにうららが割って入ってきた。
「そんな大きな声出さないで。ひかりちゃんだって一生懸命やってるものね?」
「ウン」
側に寄り添い、優しい声をかけるうららにひかりは棒読みで頷く。彼女は自分の優しさの悦に浸っているようで、ひかりの態度を気にしてはいない。
「けれど、ムラはあまりないようにしてくれると嬉しいわ」
「ハイ」
ひかりが塗った場所じゃない、と言い返すのも面倒ですんなりと受け入れようとしたのだが、
「あのぅ、それは……ひ、相良さんじゃなくて僕です……」
終わりそうだった会話を広げたのは、小枝を連想させる細い手。にょきりと伸びた蘭咲の手だった。
そういえばひかりの隣にずっといたな、と今更になってひかりは彼の存在を思い出した。
「ぼ、僕が塗ったところなんで、僕が悪いです……」
「あ、あ……そうなの? まぎらわしい……」
「それなら蘭咲くん、もう少し丁寧に塗ってね?」
蘭咲自らの申し出に狼狽るうらら達。蘭咲は小さく頷いて「ごめんなさい」と言った後、ひかりの方を向き、そして再度うらら達に視線を向けた。
「だから、相良さんに、謝ってください」
「え?」
うらら達より先にひかりが素っ頓狂な声を出してしまう。それくらい意外な人物がひかりを守ったのだ。蘭咲の常に潤んだ瞳がうらら達を射抜く。
「ご、……」
「どうして? 別に謝らなくていいじゃん!」
何か言おうとしたうららを遮って、女子生徒AだかBだかが声を荒げる。キンキンと甲高い耳障りな声に、ひかりと蘭咲は同時に顔を顰めた。
「相良さんって男子に守ってもらってばっかりだよね、前も胡桃先輩に守ってもらってたし」
「……じゃあやっぱり、あの悪口は私に言ってたの?」
ひかりがジロリと睨みつければ、女子生徒何某は瞳をサッと彷徨わせた。隣の何某が肘で小突いたのがそうだと言っているようなものだった。




