2.ライバルでは、ないはずですが
思えば、最初は普通に接してくれていたのだ。うららがハンカチを落とし、ひかりが拾ってあげた時も大げさなほどに礼を伝えてくれたし、名前がひらがな同士だねって笑いあったりもした。
だから今度こそ女友達が出来るかもしれないと思ったのだが、この世界はとことんひかりの思う通りには動いてくれない。
それは九月も半ばに入った、ある昼休みの事だった。白雪は担任に呼ばれ職員室に。ひかりは他に友人もいないので、のんびりと自分の席でくつろいでいた時だった。うららは徐にひかりの席にやってきて、突然こう問いかけてきたのだ。
「ひかりちゃんって、白詰様と随分仲がいいのね?」
「へ?」
特に他愛もない会話を挟むでもなく、本当に突然だった。
「私、白詰様とは小さな頃からの知り合いで……幼馴染みとでもいうんですかね? ふふ、だから少し気になってしまって……」
うららは頬に手を添え、愛嬌たっぷりにそう言った。その時のひかりはまだ白雪との関係性を知らないので、素直に驚いた。
「へえ、世間って狭いね。仲が良いっていうかシロちゃんとは友達だよ」
「シロちゃん?」
「うん、シロちゃんって呼んでるの」
「……白詰様はそのニックネームを許されたの?」
「許された? 別に怒られたことはないけど」
うららの顔から笑みが消える。美人の真顔はもう見慣れたはずなのに、やはり真正面に向けられるとどうも緊張してしまう。うららは数秒ほど考えた素振りを見せると、また笑顔に戻った。
「その呼び方はやめた方がいいわ。白詰様ってふざけて呼ばれるのを嫌うから」
「ふざけて呼んでるつもりはないよ?」
「……それはあくまでひかりちゃんが思っていることでしょう? 白詰様はきっと嫌がってるはずだわ」
「それもうららちゃんが勝手に思ってることでしょ?」
「どうしてそんなに強情っぱりなの? 私は親切で言ってるのに……」
え? と思ったときにはもう遅かった。うるりと彼女の瞳が揺らげば、それを手で覆い、顔を俯かせた。
なんだ? なんで泣いたんだ? もうちょっと優しくいうべきだっただろうか。けれどもナイーブすぎやしないか? なんて考えている間に周りは異変を察知して勝手に騒ぎ出す。
「うららちゃん、どうしたの?」
「相良さんが何かしたの!?」
「ひどいよ、泣かせるなんて」
アホどもが。アホ三銃士が。モブ女子生徒たちがハエのようにうららに群がり、一斉にひかりを糾弾し始めた。声を綺麗に揃え、皆に聞こえるような大声で。
そんな状況に陥りひかり自身も寄せば良かったのに、お前らに関係ないだろうが、とあからさまに嫌悪感を顔に出してしまった。そして、説明する間も無くひかりは悪役となった。いつだって泣かせた方が悪い。泣いたもん勝ちだ。
しかし、そんないわれのない罪も一度だけならまだ許せた。白雪の機嫌を損ねないように、うららが親切で教えてくれたのかもしれないとひかりも思えたはずだ。
「ひかりちゃん、もう少し身嗜みを整えて白詰様の近くにいてほしいの」
「もちろん、親切で言ってるのよ。ひかりちゃんに悲しい思いをしてほしくないから」
「白詰様の事なら私何でも知ってるから、沢山訊いてね」
これがほぼ毎日続けば、さすがのひかりも無理だった。しかも、この女は決まって白雪が近くにいない時を狙って話しかけてきたのだ。
そして、次第にひかりも気づき始める。うららがひかりを目の敵にしていることを。うららは白雪が気になって仕方がないのだということを。
(ライバルってやつ?)
『……このゲームにはライバルキャラなるものはいないのですが』
(ええ……!? あんなに目の敵にしてくるのに!?)
ナナコの無機質な声がひかりの不安を煽る。メンタルの心配はナビゲーターの仕事ではないのだ。
『システムに潜ります。またご報告しにきますので、少々お待ちくださいませ』
(はやく戻ってきてね……)
それからナナコはまだ戻ってきていない。
暇があればナナコに話しかけていたからか、いざ居なくなると心細いものがある。そもそもプレイヤーをこんなに放っておいてもいいのかと責め立てたくもなるが、それは所詮今の状況への八つ当たりでしかなかった。
「お仲間に入れてくださり、ありがとうございますっ」
「勝手に入ってきたんでしょ」
「シロちゃん、三人で食べるのもいいもんだと思うよ」
はしゃぐうららに、冷たい白雪。それをフォローするひかり。なのに、ひかりを睨む白雪とうらら。二人はそれぞれ別の感情でひかりを睨んでいる。大変なトライアングルだ。ひかりは弁当のおかずをつつきながら、昼休みが早く終わることを願った。
「とても美味しそうな大学芋ですね。白詰様のお母様は相変わらず料理上手のようで」
「……伝えとくよ」
うららへの態度は素っ気なくはあるものの、白雪は彼女を無視することはなかった。白雪は嫌いなものはとことん無視、もしくは無視より酷い扱いをする。それなのにこの対応ぶりは、うららが幼馴染みだからだろうか。それとも……
「ひかり? 箸が進んでないようだけど、体調でも悪いの?」
考察の世界に入り込んでいれば、心配そうな白雪の声がその世界に侵入してくる。ひかりはパッと思考を切り替え、首を横に振った。
「ううん、確かに大学芋おいしそうだなーって思ってただけ!」
「いやしんぼだね、ほら口開けて」
しくじった。白雪の箸に挟まれた光沢のある大学芋が、ひかりの口元に差し出される。とても美味しそうだけど、今ではない。
ちらりと横目でうららの様子を伺えば、彼女は聖母のような笑みをひかりに向けていた。




