鏡よ鏡よ、鏡さん
鏡よ鏡よ、鏡さん。
この世で一番美しいのはだあれ?
――それは今鏡に映っている貴方様、白詰様にございます。
鏡よ鏡よ、鏡さん。
この世で一番愛らしいのはだあれ?
――それは白詰様のご友人、ひかり様にございます。
白詰様は真っ赤な唇を上げて、この世で一番美しいお顔に微笑みを浮かべる。
「良かった、今日も頑張れそう」
そう言って私の鏡面を綺麗に磨いてくださった後、白詰様は部屋を出た。
私への問いかけは、白詰様の朝の日課であり、心を落ち着かせる儀式だ。毎日朝起きて、身なりを整え、お母様からの贈り物である私に問いかける。楕円の形をしたアンティークロココ調の壁掛け鏡が"私"である。
白詰様の問いかけは決まっていつもこうだ。
「鏡よ鏡よ、鏡さん。この世で一番美しいのはだあれ?」
もちろん私は貴方様だと答える。それが事実だからだ。
けれど、いつからか朝の儀式の項目が一つ増えた。
「鏡よ鏡よ、鏡さん。この世で一番愛らしいのはだあれ?」
いつもの自信に満ち溢れた顔より、少し幼く不安げな白詰様の表情。私はとても戸惑ったが、案外答えはするりと口から出てくれた。
「それは白詰様のご友人、ひかり様にございます」
白詰様は私の答えに表情を一変させ、嬉々に瞳を輝かせていた。ホッとする。これも紛れもない事実なのだろう。
白詰様の通う学校では、白詰様の扱いはそれはそれは酷いものだという。
人の容姿を物珍しく扱い、噂のネタにし、挙げ句の果てには白詰様を"白雪姫"だなんて揶揄してくる者もいる。その有象無象共は白詰様が白雪姫をお嫌いだと知っての所業なのだろうか。私にはわかりかねる。
白詰様は幼少期の頃からとにかく白雪姫がお嫌いだった。白雪姫のお話自体にも苦言を呈していたが、あの王子と結ばれる白雪姫自体が嫌いだったのだ。
「よっぽどお母さんの方が白雪姫じゃない? おっとりとしてて世間知らず。お母さんも毒林檎を渡されたらすぐ食べちゃうよ、きっと」
そんな事を言うものではありませんよ、とは言えない。白詰様は悪い笑みを浮かべてはいるものの、決してお母様を嫌っているわけではないことを知っているからだ。
白詰様のお母様は純粋なお姫様を地で生きる、それはそれは美しい心の持ち主だった。美しい容姿のまま成長し、大切に大切に育てられ、王子様役であるお父様と恋に落ちた。動物と自然を愛し、愛される美しいお母様。厳格な面はあるが、優しく家族想いなお父様。白詰様はそんな円満な二人のもとに生まれたのだ。
しかし、白雪家のお姫様は歪んでいた。お母様は白詰様が産まれて三年ほど経った頃から、男児である白詰様を女児として扱い始めたのだ。
「白詰ちゃん、このワンピースを着ましょう?」
「髪を伸ばした方がいいわ、白詰ちゃん。ママとお揃いにしたら可愛いと思うの」
「この鏡を白詰ちゃんにプレゼントするわね。女の子は身嗜みに気をつかうから」
短髪は長髪に。青はピンクに。シンプルはメルヘンに。そして、僕は私に。
鏡に映る白詰様はどんどんとその容姿を変えていった。
「可哀想に、お母さん。跡継ぎは私しかいないのにね、いつか僕に戻っちゃう事を知らないんだ」
しかし、当の本人はまったくもってダメージを受けていないようだった。別に似合えば問題ない。白詰様は己の性別に頓着がないようで、いつかお父様の跡を継ぐ際に揉める未来を心配されていた。
白詰様は素晴らしい、その頃の私はいたく感激したものだ。
だけれど、最近になって白詰様はひどく塞ぎ込み始めた。
「ひかりが私の本当の性別を知ったらどうするんだろう」
ひかり様に出会ってから、だと思う。白詰様はしきりに心配事に頭を抱えるようになった。
ひかり様のお話をなさる白詰様はとても生き生きとしていて、それでいて恋い焦がれている。時には激情に駆られてお帰りになる時もあった。その時はベッドの上で膝を抱え、泣いていた。
白詰様の涙なぞ、見たことがなかったのに。ひかり様はさぞ愛らしいのだろう。そう、心狂わすほど愛らしいに違いない。
白詰様はじきに十六回目の誕生日を迎える。
最近になって、制服がキツくなってきたとぼやいていた。私を撫でる手も些か骨ばり始め、美しい顔立ちも少しは男性的に近づいていくかもしれない。お父様に似れば、身長は180を優に超える可能性もある。
嫌ですか? と白詰様に問いかけてみたいが、それは叶わない。それに白詰様がその答えを持っているのならば、その内私にも答えが分かるだろう。
鏡は自分自身を映すもの。私は貴方自身。
「鏡よ鏡よ、鏡さん。この世で一番美しいのはだあれ?」
いつしかこの答えが変わった時、白詰様はどんな顔をなされるのでしょうか。




