8月27日 図書館 1
――こうして女王は、怒りで割ってしまった鏡の破片に心臓を貫かれ、亡くなりました。
「白雪姫ってこんな終わり方もあるんだ……」
「童話ってエンディングの種類が多いよね、映画とかだと話自体変わる事あるし」
ひかりの独り言に、灰司はペンを手元でくるりと回して反応を示す。
図書館の二階にある勉強コーナー。此処は本がメインの一階よりは話し声に寛容でありながら、騒がしすぎないのが好ましい。その一角の同じテーブルで、何故かひかりと灰司は向かい合って座っている。
とはいっても、ひかりが灰司のテーブルにお邪魔したのが理由なのだが。
夏休みも後数日というところで、ひかりは読書感想文が終わっていない事に気づいた。完全に失態だった。買っておいた原稿用紙が本屋の袋に入ったままになっていたのだ。呆れた憂に図書館で全部終わらせたら、とアドバイスされ、その通りに実行したら、二階の勉強コーナーに灰司がいた。王子はひかりを見るなりニコリと言った、「テーブル空いてるし、一緒にやろうよ」と。そう面と向かって言われれば断れるわけがない。ひかりは容赦ない顔面偏差値に屈したのだ。
一人回想に耽った後、ひかりはハッとして灰司に恐る恐る問いかける。
「童話で書くのってありだと思う? 小難しい本とかって苦手で……」
普通の絵本より分厚い白雪姫の内容は、ひかりが知っているものよりダーティで書きやすそうだと思った。
「全然ありだと思うよ。でも白雪姫で書くって、白雪さんに反感買わない?」
灰司は眉をなだらかに下げ、冗談っぽく問い返してきた。確かに、見られたら終わりだけど……とひかりは目頭を押さえる。
「うーん……どうなんだろう。多分読書感想文は見られないと思うし、最近全然連絡とってないんだ」
「喧嘩でもしたの?」
「……わかんない。けど、夏休みいっぱい忙しいって連絡は来た」
「白雪さんのお家ってかなりのお金持ちだしね、家族で旅行とかしてるのかも」
「え、お金持ちなの?」
驚いた声に灰司はうんと頷く。貧富の差で決めるのはどうかと思いつつも、あの品の良さの理由の一つがひかりの中で分かった気がした。
「うちの学園は、白雪さんのお家からかなりの援助金をもらってるんだって」
「へ、へえ……そりゃあ学園側は大切にしなきゃいけないね」
その事実より、灰司の情報量にひかりは恐れ慄いた。この男はどこまで知っているのだろう。
彼が今ペンを走らせているのは塾の課題らしく、まだひかりが理解できない文面がつらつらと並んでいる。その姿を見ていると、ひかりも真面目にやらねばという気がしてくるものの、こんな男が隣にずっといる百合原も大変だったろうなと思った。今はバイト中である男に思いを馳せながら、原稿用紙を開いてひかりもペンを握った。
「……あの、相良さん」
「ん?」
「ごめん、読書感想文書いてると思うんだけどさ……邪魔だったら無視してくれていいから」
「いや、今からあらすじを簡潔に書くだけだから……どうしたの?」
お互いが視線は課題のまま会話を続ける。いやに神妙な様子の灰司。多分いい話ではなさそうだ。
「あの祭りの日にさ、僕のこと変だねって言ったよね?」
「……ご、ごめんなさい」
そら、いい話ではなかった。しかも、ひかりがつい口を滑らしたせいで人を不快にさせたパターンだ。
「そうじゃなくて、変って言われるのあまり体験したことなくてさ。どこが変だったかなって訊きたくて……」
「百合原も灰司くんは変わってておもしれーんだよって言ってたよ、嬉しそうに」
「……橙也のやつ」
照れ臭そうに頬を赤らめて、恨めしそうに灰司は百合原の名前を吐き捨てる。複雑ではありながらも、なんだかんだ彼らなりの友情の形が垣間見えて、ひかりは珍しいものを見た気持ちになった。その気持ちはひかりの口をするすると滑らせる。これは灰司の人となりのせいでもあるのだろう、と言い訳だけしておく。
「完璧に見えて、時たま人に親しみやすさを見せてくるところとか」
「どういうこと?」
「……口が少し悪くなっちゃうけど、なんでも出来てすごい人なのに私みたいなIQの低い人間とも付き合えるっていうか……同じ目線で話せるのがすごいなって」
「じゃあ変って褒めてくれてたの?」
「ううん」
いや、うんでいいだろ。首を横に振った後でひかりはしまったと口を閉じた。遅い。口を閉じるのが少し遅かったな、相良ひかり。視線を前にやれば、灰司は不思議そうにこちらを見ていた。逃げられる空気ではなさそうだ。
「しまった! って思ってる?」
「はい……」
「此処まで聞いたら僕も続きが気になるよ」
「ソウデスヨネ……」
困った笑みにひかりは申し訳なくなり、ペンをぎゅっと握り原稿用紙の上に寝かせた。まだあらすじも全然書き終えていない。けれど、まずは目の前の王子を満足させなければいけないのだ。ひかりは両手をにぎにぎと触りながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「そうやって同じ目線で話してくれるのに、ちょっと踏み込むとどっか行っちゃうっていうか……」
「ほおほお」
「優しそうに見えて意外に打算的? に見えるときがあるっていうか……うーん、付き合いの短い私が言うべきではないけど」
「そうだね」
「ほら、そういうとこ! アップルパイ貪り食ってた時の顔してるよ、今!」
直接的に批判され、ひかりは今だとツッコミを入れる。すると、灰司はきょとんとした顔をクスクスとしたご機嫌の笑みに変えた。




