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ゆがプリ! 〜目指すしかない、ノーマルエンド!〜  作者: みちはずれ
2.百合原 橙也 編
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オレンジはレッドに届かず 下



 棗は今でこそ王子様だなんて言われ持て囃されているが、昔は口が悪くて笑顔が下手くそな奴だった。

 

『レンジャーごっこしようぜ、橙也!』


 悪い企み笑顔で棗がそう告げれば、俺たちはヒーローに変身する。祭りの屋台で買ったレンジャーのお面をつけて遊ぶのがその頃の流行りで、棗は決まって主役のレッドを俺に譲ってくれた。俺はレッド、棗は人気のないイエローをつけて旅に出る。小学生の俺らが足を運べるところなんて僅かな広さしかないのに、俺らは飽きずに色々な場所を探検した。ある時はお化けが出る山小屋、またある時はきれいな花が咲いている野原、そしてまたある時は……と語り出せばキリがない。二人はずっと一緒だった。どこへ行くにも、何をするにも、なんなら成長するスピードも、俺は棗と一緒なのだと信じてやまなかった。


 ――まあ、そんなうまくいくはずもなく、夢は夢でしかなくなるわけだが。


 棗は高学年に上がるにつれ、自然と悪ガキを抜け出していく。

 一人称が僕になった。口調から棘がなくなった。笑顔が上手になった。勉強と運動で優秀な成績を収めた。身なりに気を使うようになった。背が俺よりも高くなった。不器用な優しさを他者にも向けれるようになり、正義感が身についた。

 まだまだある、思い出したくないほど沢山。学年が一つ上がると棗はより一層特別に近づいていき、俺との距離は開く一方だった。


 今思えば、俺は棗が特別だと初めから気付いていたはずだ。棗は皆と楽しむために勉強も運動もほどほどに手を抜いていたし、人気のないイエローを自ら買って出てくれた時点で俺はレッドにはなり得ない。レッドは主役。明るくて優しい、正義感の強い者だけの特権なのだ。案の定、後で聞いた時に棗は「本当は戦隊モノとかあまり興味なかったんだよね」と笑って話してくれた。俺はとてもみじめになった。そしてようやく気づく。イエローは俺で、棗がレッド。俺はおっちょこちょいで皆の笑い者のイエローだ。

 そこから俺の自傷癖が始まる。それくらいの事で、と言われそうだが、それほど棗は社会に馴染むスピードがとてつもなく早かったのだ。周りの幼稚な奴らが駄目なんだと思い込んでしまうほどに。


 

 自傷癖は時たま落ち着いたかと思えば、自分がみじめになるとすぐにやめられなくなる。それでもなるべく人目のつかない所を選んでいたため、家族が気づくことはなかった。そう信じたい。

 悪化したのは最近のことで。僅かな自尊心のために染めた髪が赤ではなくオレンジに変わり、俺は本気でそれを自分へのお告げだと信じてしまった。つまり俺はレッドに届かない、神様そう言ってるんですね、と。

 馬鹿だ。馬鹿すぎる。俺は笑われ者を自ら演じている事が分からなかった。というか皆も分からなかったのかもしれない、誰も俺になど興味がなかったのだから。


 しかし何故かそんな俺を、胡桃先輩とひかりは簡単に受け入れてしまった。


『アンタのこの手と一緒。いっぱい叩かれて自分はダメな子だって教えてもらったの』


 今でも笑える。ひかりはこの発言以外にもデリケートな部分を遠慮なく刺してきた。アイツなりに反省していたようだが、あれでまともな人間を自称できるのはすごい。もちろん褒めてはいない。

 胡桃先輩も異質だ。女に刺され、他の生徒に悪評を広められてもけろりとしている。ひかりといると子供のようで、俺の中の第一印象は今や面影もなく崩れ去った。この人もデリカシーがない。興味本位で嫌な質問をしてくるが、不思議と許してしまうのがずるいと思った。


 三人でいる時の独特な空気感を思い出すと、ずっと続いていた貧乏ゆすりが自然とおさまる。無心で手を動かしていたおかげで、髪はすっかりもこもこの泡に包まれていた。ここから三十分。ビニール手袋を外し、スマホのタイマーをセットする。すると、ピコンッと音を立てて、画面上にメッセージアプリの通知が届いた。


【Takara:補習の日、テスト受けられることになった。ひかりちゃんも百合原くんも補習だろ?】

【ひかり:私は二教科だけです】


 俺は慌てて、メッセージアプリを開き返事を打つ。メッセージ上でもこの女は堂々と喧嘩を売ってくるらしい。


【トウヤ☆:俺も二教科だけだわ!】

【ひかり:アンタと私が一緒なわけない!】

【トウヤ☆:俺は数学と歴史だけです〜! どうせお前は国語だろ?】


 即既読だったのに、返事が来なくなった。絶対図星だ。悔しそうなひかりの顔が頭に浮かび、俺はけたけたと笑う。すると俺の愉快な雰囲気に惹かれたゆかりがまた階段を駆け上がって、顔をひょこりと覗かせた。俺は振り返り、ゆかりに笑いかける。


「あ、うるさかったか?」

「ううん、今お母さんいねーし。にーちゃん、もうオレンジにはしねーの?」

「ん? 多分しないかな、俺元々は赤髪にしたかったし」

「えーっ! 俺、にーちゃんの色好きだったのに!」


 俺の色? そう首を傾げると、慌ただしくゆかりは自分の部屋へ走り何かを手に戻ってきた。オレンジ色のお面のようだ。みかんでも作ったのだろうか。


「ほら! これ、図工の時間に作ったんだよ! にーちゃん色のレンジャー!」


 ずいっと差し出されたのは手作り感満載のお面だった。額の部分に黄色のVを輝かせたレンジャーオレンジ。俺はそれを受け取り、ひくりと口角を震わせた。信じられない。どうすればいい。何故レッドにしなかったと怒り出したい気分になる。複雑な胸中は言葉には出来ず、ゆかりは何も知らない笑顔でこう告げる。


「オレンジって結構珍しいけど、何色だってヒーローはヒーローだよなっ! にーちゃんは俺のレンジャーオレンジ!」


 じわり、と目の前のゆかりがぼやける。俺は耐えきれず瞳を手で覆い隠し、咄嗟に顔を俯かせた。そして精一杯ゆかりの兄であろうと努め、声を絞り出す。


「……あ、ありがとう、ゆかり。これ、もらっていいか?」

「しかたねーなっ! つってもあげるつもりだったんだけどな!」


 ゆかりは胸を張る。わしゃわしゃとゆかりの頭を撫で、再度お礼を伝えればゆかりは照れ臭そうにまた去っていった。この青空の中、外へ出ないのは勿体無いとでも思ったのかもしれない。のぞみ公園には行くなと大きな声で伝えれば、遠くから元気の良い返事が聞こえてきた。


 カシャリ。

 メッセージアプリを開き、プロフィールのアイコンを変える。ピコンッと音が鳴った。


【ひかり:なにそのアイコン】

【トウヤ☆:ゆかりが作った。知ってたか? 何色だってヒーローはヒーローらしいぞ】

【Takara:ゆかりくん上手だな。オレンジのヒーローってことは百合原くん?】

【トウヤ☆:みたいっすね(笑)……ちょっと夢見過ぎですけど】


 浮かれ気分でアイコンにした事をすぐに後悔した。何を期待してるんだと指が腿の内側をつねろうとすれば、通知音がその手を止める。


【ひかり:いいじゃん。オレンジのヒーローになろうよ】

【Takara:レンジャーオレンジの第一歩だ!】


 ほぼ同時に届いた二人のメッセージに、俺は計らずも笑い出してしまった。


「はは、馬鹿二人かよ……」


 いや、三人か。


 といっても、俺の長年の悩みだったんだぞ。こんな簡単に救われてもいいものか? 別にイエローでもなんでも良かったなんて、ゆかりに教えられるとは。

 特別な人間はこうやって簡単に人を救ってしまうから困る。何気ない行動が誰かのためになっているのだ。

 レッドにはなれなくて、俺の限界はイエローからオレンジに変われるくらいで。それでも納得がいかなかったのは、自分を含めて凡人である前提を許してくれる人間がいなかったからか。この奇妙な縁たちに救われたのもまた驚きだった。


 俺は目頭を袖で拭い、スマホをテーブルに置いて立ち上がる。髪を洗い流すために階段を下り、浮かれ気分で笑みを浮かべふと思った。


 レッドに届かずとも俺はオレンジがいい。黒髪に飽きたら、次は胸を張ってオレンジにしよう。



 ――ピコンッ。


【Takara:昌也くん学校辞めるらしい】

【ひかり:まあそうでしょうね】

【Takara:少し可哀想じゃないか?】

【ひかり:でも妥当じゃないですか?】

【Takara:うーん、多分昌也くん嵌められたと思うんだよな】

【ひかり:え?】


 

 その頃には、理想のレンジャーオレンジに少しでも近づいているはずだ――。

 


 

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