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ゆがプリ! 〜目指すしかない、ノーマルエンド!〜  作者: みちはずれ
2.百合原 橙也 編
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19.ああ、ろくでもない乙女ゲーム人生



「まとも、っていうか私はそれなりの倫理観は身についてると思いますよ……」

「マジで? そんな人が簡単に他人の弱みをつついたりするか?」

「それは……! ごめん、百合原……」

「や、別にいいよ……俺も振り払っちまって悪ぃ」


 気まずい沈黙。ひかりの近くのテーブルに置かれたマグカップには、コーヒーが入っていた。黒々とした水面にひかりの顔が映る。歪んだ像はこちらを見つめていた。


「まともな人間ってどこのラインからだろ。普通の親のもとに産まれて、愛情たっぷりに育てられて、自分の好きなことをさせてもらえた人?」


 胡桃はひかりを責めたくて、この質問をしたわけではないらしい。あどけない表情を浮かべながら、胡桃はショートケーキをフォークで切り分ける。百合原の近くにも同じショートケーキが置かれているが、ひかりの前にはおはぎがあった。


「それに当てはまる人の方が少ないと思いますけど」

「じゃあまともな人間っていないのかもな」

「先輩は何が知りてえんすか?」


 袖を戻し、百合原は不審そうに問いかける。ひかりも覚えがある胡桃のなぜなに攻撃は、哲学的で明確な答えがない。一人一人が持つ思想を、子供のような好奇心ひとつで問いかけてくる彼はひかりにとって非常に厄介だった。


「言っただろ? 俺は最近産まれた……っていうとやっぱり大げさかもしれないけど、子供からようやく成長できるようになったんだ。だから、気になる事はウザがられても訊きたい。まあ、訊ねる人は選んでるけど」


 つまりこの男の子は、ひかりたちだったら答えてくれるだろうと思ってなぜなに攻撃をしていると。その甘いフェイスで訊ねれば、誰だって優しい答えを寄越してくれるのに変な男だ、と胡桃への見解がまたひかりの中で変わる。そうは思いながらもひかりは律儀に答えてやった。


「私は人の道に背かないくらいの人間のことをまともな人間だと思ってます。みんなと一緒っていうか、一般的な考えを持てる人」

「……わはは、ひかりちゃんはその先生に諦めさせられたみたいだな」

「はい?」


 胡桃はカップに口をつけ、ずずと音を立て喉を嚥下させた。ほんのり香る甘い匂いはココアだ。憂がよく飲んでいるおかげで嗅ぎ慣れた匂いは、ひかりの心をどこか安心させる。すると、百合原が口端にクリームをつけ、わかった! と声を上げた。


「お前は自分の意見を無理やり矯正されちまったんだよ。自由な考えとか疑問を、叩かれる恐怖で押し込められたんじゃねえの?」

「ええ? ただの子供の疑問の話だよ?」

「それでも自分の思いとかをさ、否定されまくるのって辛くね?」

「うん、辛いけど……」

「後、別にお前みんなと一緒な思考の持ち主じゃねえからな。つーかみんな一緒とかありえねえよ」


 こいつ、クリームをつけて間抜けヅラを晒しているくせに。ひかりは自分の中の穴を次々と埋められていくような感覚を覚える。おはぎを箸で掴んで無理やりかぶりつき、ひかりはぐちゃぐちゃの記憶を何とか頭の中で整理しようとした。


「そうそう。俺が入院してる時に母親の事ディスってきたのはひかりちゃんくらいだな」

「え、それは良くねえよお前……」

「ちょ、違うから! 前後の会話をちゃんと知らないでしょ!?」

「大した事じゃないよ。俺が母さんをぶっ殺したいな〜って話をしてて……」


 胡桃の飄々とした雑な説明を、百合原は口をあんぐりとしながら聞いている。その隙にひかりはコーヒーを飲んで、胃をほこほこと温まらせた。


「よ、よく分かんなかった……お前この流れで母さんディスったの? 引かなかったわけ?」

「普通に引いたけど、ちょっと気持ちもわかるでしょ」

「……ほら、お前やっぱりまともじゃねえよ。良かったな! 先生の負けだ!」

「話飛びすぎじゃない? 私勝った覚えない」

「結局お前は偏屈なままで自分の考えを持ってるじゃねえか。それって俺は悪いことだとは思わねえし、ちゃんと向き合わず叩くことしか出来なかった先生が俺は悪いと思うよ」


 真面目に答えなさい。私は真面目に考えて答えました。貴女はまともじゃない。まともってなんですか? 普通の考えをできることです。普通ってなんですか? 貴女は屁理屈をこねて、先生を困らせるんですね。貴女は人を困らせるような子です、だから代わりに私が罰します。多様性は必要ないんですよ。


 沢山の文字がひかりの頭を埋め尽くす。多様性は必要ない。だからひかりはこうなった。本当の答えを正直にいう必要はない。多少の心の犠牲ならば我慢すればいい。ひかりは本来それが嫌いだった。嫌いだったのだ。けれど、バニラの香りの女がそれを許さなかった。そんなひかりにダメの烙印を押した。


 白雪も彼女に似ている。自分に従順なひかりを夢見て束縛していた。


「それって、な、治さなきゃいけなくない?」

「なんで」

「なんでって、ヤバいやつじゃん」

「なにがだよ」

「……自分の思うままって生きづらいよ」

「だから、俺がいて良かったなお前。俺がそこの見極めをちゃんとして、注意してやるよ。その代わりにお前も俺が変だったら注意しろよ」


 それが友達だろ、と百合原が照れながらも歯を見せて笑う。ひかりは自分の息が瞬間的に止まったのが分かった。依然として彼の口角にクリームはついている。どこまでも凡人で優しい男。罪を悔いて、変わろうとする勇気を持った男は太陽のように眩しかった。


「じゃあ、俺とは一緒に道徳を学んでいこうか、ひかりちゃん。それで納得いかないところは話し合おうよ、楽しいぞきっと」

「えええ、どういう会なんですかそれ」

「おばあちゃんと孫の会」

「はっ倒しますよ」


 くだらない胡桃との言い合いにドッと三人が笑い合う。ひかりのストレス値が少しずつ減っていく音がする。この変な関わり合いは、いつの間にかひかりにはとても居心地の良い場所となっていた。

 だが、ひかりのしんみりした空気を壊すかのように百合原の顔が突然ムッとした顔に変わる。ひかりは思わず身構えた。


「つうかよぉ、俺このままじゃ白雪姫に嫌われたまんまだよな。どうするよ!?」

「うそ、まだ諦めてないわけ?」

「当たり前だろ! だってテメーのせいで白雪姫に嫌われちまったじゃねーか!」


 酷いなすりつけにひかりはおはぎにかぶりついたまま、固まった。先ほどの陽気な空気が一変し、ひかりは瞳を釣り上げて言い返す。


「それは完全にアンタが悪いじゃん! 人のせいにしてプライド守ってんじゃねーぞ!?」

「あのさぁ、ずっと思ってたんだけど……」


 燃え出した炎をマイペースな胡桃の声が鎮火させる。ひかりと百合原が同時に胡桃を見ると、心底不思議そうな声が二人に問いかけた。


「――白雪くんって男の子だよな?」



 ストレス値100。ひかりは倒れた。



 


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