16.彼女は女王様になりました
「……な、なにしてんだ? 白雪姫、」
「ひかりを探してるの。アンタと胡桃宝といる所を見たって聞いたから」
鼻血を流し、頬を腫らした百合原に白雪はそう言い放つ。その白雪の問いかけに返事をしたのは比嘉だった。
「そのひかりって誰だよ……お前やっぱり何か知ってんだろ!? ひかりって奴呼んでこい!」
「アイツはなんも関係ねーよ! 俺とお前の問題だろうが!」
比嘉は目を血走らせ、感情的な金切り声を上げる。気迫のある声に名前を呼ばれたひかりは、遠くの方で肩をびくりと跳ねさせた。
「青春ごっこはやめてくれない? いるかいないかって訊いてるの」
この場で彼女だけが冷静だ。ひかりにしか興味がないようで、その事実にひかりは総毛立つ。
「ここにはいねえよ。だから白雪姫、危ねえし、さっさと帰ってくんね……?」
「へえ、気遣いどうも。じゃあそのついでに言っておくけど……」
「とっとと帰れよ、白雪姫ちゃん。今、俺ら大切な話してんだわ!」
発狂した比嘉が白雪に牽制する。白雪は息の荒い男に不愉快そうに片眉を上げると、新品同様のローファーで地面を蹴った。
「ボス猿ちゃん、アンタの都合なんて訊いてないの。……そこのボロ雑巾に今後一切ひかりに近づくなって伝えたかっただけ。私も余計な事言っちゃった、クズに限ってどうして行動を起こしたがるんだろう」
あーあ、と残念そうに首を振るその動作はどこか演技じみている。そんな彼女の言葉にひかりの足は自然と前へと進んでいた。「あ、しまった」とひかりの後を追う胡桃の足音が聞こえたが今は無視だ。
「シロちゃん!」
「――あ、ひかり! なんだ、いるじゃん。どうして隠れてたの? しかも胡桃宝もいる。ありえない、なにもされてない?」
矢継ぎ早に繰り出される甘やかした声が、ひかりを砂糖の塊へと突き落とす。陶酔しきった白雪の表情に、ひかりは恐怖と怒りが入り混じった感情に苛まれた。
「〜〜ッ!! やっぱりいるじゃねえか! オイ、宝! テメーどういうつもりだよ!?」
「まあまあ、俺らはただの百合原くんのお友達でして」
比嘉が百合原から胡桃にターゲットを移す。緊迫した状況で胡桃の呑気な声色は浮いていた。
「私たちは百合原から比嘉先輩の相談を受けていたんです。暴力が行われたら止めようと……」
「じゃあなんだ? みんなしてチクろうっつーのか!? ゆるさ……っ!」
「ちょっと待って。俺らってなに? 友達ってなに?」
比嘉の怒り狂った声は白雪によって遮られた。白雪のこめかみに血管が浮き出ている。まただとひかりは無意識に後ずさる。けれど白雪は逃さぬとひかりとの距離をぐっと詰め、二の腕を掴み引き寄せた。白雪の美しい睫毛が今にも触れそうな近さにひかりは唾を飲む。
「こいつら、友達なの?」
普段、ひかりを甘やかす唇から吐き出される氷の息吹。白雪は瞬きをしない。大きな瞳にはひかりしか映っていない。ひかりは声帯まで凍ってしまわないように、必死に声を絞り出した。
「……そ、それって今話す必要ある? シロちゃん、今は百合原が大変なんだよ?」
「それを解決しなきゃ教えてくれないの? おかしいなぁ……けどひかりの我儘もたまには聞いてあげなくちゃ、ね?」
目を伏せて考え込む白雪。意外にも拘束はすぐに解かれ、彼女はくるりと踵を返した。呆気に取られている百合原と比嘉に白雪は向き直った。
「あのね、私は恐怖政治は必要だと思ってるの。自由とか平等とか簡単に言うけど、多少の規制がないとそれは成り立たないからね」
白雪はつれなくも、唐突にそう話し出した。この場の誰もが、彼女の突然のスピーチに耳を傾けている。ひかりは嫌な予感がして、白雪の手首を掴んだ。
「シロちゃん、あの……!」
「大丈夫だよ、ひかり。ちゃんと終わらせてあげる」
にっこり。聖母のような笑みには怒気が孕んでいる。ひかりの口は糸で縫われたかのように固く閉じられた。
「だから面倒だけど、私が恐怖の対象になってあげる。それで終わるでしょう? 私がいる三年間、私が比嘉昌也の代わりをします」
「は……はあ? 言ってる意味が……」
「この写真の女の子、誰か分かる? アンタが先週無理矢理強姦した女の子。中学生なんだって?」
ひゅっと息を呑んだ音が聞こえる。それはひかりの音かもしれないし、百合原の音かもしれない。はたまた両方か。
怒りで真っ赤だった比嘉の顔が凄まじい勢いで青ざめていく。心当たりがあります、という事だ。比嘉の大きな手が白雪の手にある写真を引ったくった。
「な、なんでお前……っ! ちが、ちがう……あいつが誘って……」
「ふふ、誘ってきたって? じゃあみんなの前でそう言えば? 誰も信じないと思うけど」
「た、頼む! 誰にも、お前らも誰にも言わないでくれ! 本当に違くて、」
手首を掴んでいたひかりの手を離し、白雪の温度のない手のひらがひかりの手を包む。その手のひらから全部貴女のせいだよ、と白雪の声が聞こえた気がした。
「もうダメ。だって学校はこの事知ってるもの」
可愛らしい女の子の写真がひらひらと舞い踊り、やがて地面に落ちる。遅れて比嘉が膝から崩れ落ちた。砂埃が辺りに散りばめられる。そのどれもが白雪だけは避けて散っていった。
ひかりはお昼に廊下で聞いた彼女の言葉を思い出す。
『――どうして、言う事を聞かないかなぁ……ひかりは私を困らせるのが好きなんだね』
それはいつしか女教師が私に言い放った台詞と似て非なるもの。幻滅、呆れ、軽蔑。
白雪の言葉にはそれ以外の何かがある。気付かないフリはもう出来ないのだとひかりは悟った。




