14.夏休みが待っています
翌日。
クーラーのない体育館は灼熱の蒸し風呂状態だった。校長の長い話を経て、終業式がやっと終わる。教室へ向かう廊下の途中、窓から入る風に髪を靡かせ、ひかりは夏休みの予感を一足早く感じた。
「暑かったね、シロちゃん」
「うん、熱中症になりそう」
白雪はそう頷いてはいるが、顔色はいつもと変わらない。平然としている彼女に苦笑しながらも、ご機嫌なひかりは夏休みに思いを馳せるのをやめられなかった。
「あ、ひかりちゃん」
階段の踊り場で胡桃と鉢合わせた。こちらに向かって手を振る彼に、本当に来れたのかとひかりは驚きながらも手を振り返す。
「元気そうですね」
「まあな、でもみんな何でかよそよそしいんだ」
「そりゃあそうでしょう、宝先輩が刺されたのみんな知ってるんですよ」
「俺は被害者なのになぁ……」
「なぁにをいけしゃあしゃあと」
切なそうに嘆く胡桃をひかりは鼻で笑う。自分の可愛がり方を覚えた言動は、見ていて意外に気持ちが良い。周りからの奇怪な視線も特には気にしていないようだった。
「ひかり、遅れちゃうよ」
すると、おもむろに後ろからぐいっと腕を引かれる。掴まれた真っ白な手は白雪のものだった。待ってくれていたらしく、瞳は苛立ちでキッとつり上がっている。
「あ、うん! じゃあ宝先輩、また」
半ば強制的に腕を引かれたため、胡桃の返事は聞こえなかった。まあ別に後で会うからいいか。ひかりは白雪に視点を変える。明らかに怒っているようだ。
「シロちゃん怒ってる?」
ひかりは距離を詰めて問いかける。白雪の表情が僅かだが和らいだ。
「あんな危険なやつに近づくの良くないよ」
「……ああ、確かに評判悪いしね」
「なんであんなに親しげなの?」
親しげ、か? 慣れない耳障りにひかりが訝しげにすれば、白雪はさらに難しそうな顔を見せた。
ひかりはその顔にようやくピンと来る。そういえば病院の出来事を白雪には曖昧に話してはいるが、名前は濁していた事を思い出した。
「あのね、前に言ったおばあちゃん扱いされたって人、宝先輩のことなの」
ピキキ、と白雪のこめかみに血管が浮かび上がる。選択肢を誤った、とひかりは思った。彼女は花びらのような唇をゆっくりと開いた。
***
――さて場面は変わり、時刻は午後一時を迎える。
ひかりは百合原と胡桃と共に"のぞみ公園"に訪れていた。ゆかりがいじめっ子と闘ったらしい件の公園で、普段は立入禁止のチェーンが入口にかかっている。
「本当に呼んだんですか?」
「うん、多分来ると思うよ」
フェンス越しの穴から公園を覗くひかりと胡桃。ほぼ更地のそこに百合原は一人ぽつんと立っていた。
「まずは話し合いたいって……どこまで夢見がちなんでしょうね」
視線の先の百合原はソワソワと辺りを見渡している。今にも皮膚を引っ掻きちらしそうな不安定さは、見ていてこちらが心配になった。
「でもそれで解決できたら一番平和だろ? なるべく被害を少なくしようとするのは賢いと思うけど」
「うーん、まあそうですけど」
「……ひかりちゃん、俺に言ったこと覚えてる?」
「なんですか?」
百合原に視線を固定したまま、ひかりは問いかける。胡桃がどんな表情をしているかを確認する余裕は今はない。
「二人の問題は二人で解決しろ、他人を振り回すなって言ったよな?」
「それについての謝罪はしましたが」
「いやいや、別に謝ってほしいとかじゃなくて。そんな事を言ってたひかりちゃんが、何で百合原くんにはこんなに協力するんだろうって思ってさ」
ひかりは一瞬ピンクの枠の選択肢を探すために周りを見渡した。無いということは、ひかりの気持ちで答えろということだ。少し気恥ずかしい気持ちになりながら、ひかりは小さくこう答える。
「……友達になりたい人に協力してるだけですから、振り回されてるわけじゃないですし」
「ふーん」
「ふーんって。興味ないなら訊かないでください」
「でもこれは昌也くんと百合原くんの問題だろ?」
「そうですよ。だから、私には相談にのってやるくらいしか出来ません。アイツの代わりに比嘉先輩とお話してやるとかは、百合原の理想のためにはならないし」
「えー、わかんないな。じゃあ、俺はなんで叱られたんだ?」
駄々をこねたような声に、ようやくひかりはその目に胡桃を映した。体格の良い男が頬を膨らませ、めちゃくちゃ拗ねている。その姿に大人っぽくてスマートな彼はもう消えたのかとがっかりすらした。
「はあ? なんで今その話を蒸し返すんですか?」
「だってすごい親身になってるようだから」
「アンタに関しては正直クソムカついてて、感情のまま言いすぎたってのもあるんです! なのであんまり間に受けないでください!」
「お前らうるせーよ!!」
ひかりの怒声はさすがに百合原の耳にまで届いてしまったらしい。遠くから鋭い指摘がはいれば、二人して口を閉じ、草の茂みに身を隠した。
それと同時に入口に人影が見える。比嘉だ、比嘉が来た。170後半といった高い背に恰幅が良い体型。キシキシに脱色された金髪はざんばらに伸びていて、人を威嚇する強面の容姿はザ・不良だった。とてもじゃないが百合原が勝てるような相手ではないとわかる。
「ああ? なんで橙也がいんだよ」
不機嫌ですといわんばかりのがなった声。ひかりは思わず胡桃を振り返れば、彼はえへへと笑っている。
百合原が呼び出した所で比嘉はきっと来ない。だからこそ訳知り顔の胡桃が呼び出す役目を買って出てくれたのだが、きっと不愉快な事を言ったに違いない。
「す、すんません! 胡桃先輩じゃなくて本当は俺が比嘉先輩に用があって……」
馬鹿正直に白状する百合原は、落ち着かなそうに襟元をギュッと握っている。先行きが不安な出だしにひかりは膝をトントンと揺すった。




