13.お友達になれたらいいですね
小中は大人しくて気弱な子。比嘉は遠くの中学に通っていたため、昔の比嘉を知っているのは胡桃くらい。高校デビューを果たし、運良く不良の先輩に目をかけられる。そして成り上がり的に今の位置へ。
それが胡桃の口から語られた比嘉の情報だった。
「うっすいですね」
つまるところ運が良かっただけで、彼の力によって為し得たものではない。ひかりの率直な意見に胡桃はみたらし団子を手に取って笑う。
「俺の情報が少ないっていうのもあるけどな。でもすごいと思わないか? そんな気弱な子がさ、今やみんなに恐れられてるんだろ?」
「すごいっていうか……その立場を知ってるからこそなんですかね」
「なにが?」
「いじめとかしちゃうの。その立場にしがみついてるからなのかなって思って」
そうひかりが答えると、胡桃は考えこむように黙ってしまった。ひかりがおはぎを手に取ると、次は百合原がぽつりとぼやく。
「比嘉先輩も特別になりたかったんかな……」
テーブルの下でまた百合原は自分の手の甲をつねっていた。無意識なのだろうか。その声は同情が滲んでおり、ひかりはほとほと呆れてしまう。
「百合原の特別ってなに?」
「……笑うから言いたくねえ」
「笑わない笑わない」
恥ずかしがる百合原に胡桃のフォローが入る。穏やかな笑顔だが全く興味がなさそうだ。けれども、百合原はそれに気付かず、気圧されたようにもごもごと口を開いた。
「あの、……め、みたいな……」
「なに?」
「……っ、棗みたいなヒーローになりてえの!」
沈黙。胡桃とひかりの咀嚼音だけが部屋に残る。百合原は顔を真っ赤にし、すごい勢いでコップのお茶を飲み干した。ダンッ! とコップを乱暴に置いたせいでテーブルが揺れる。
「なんかいえよ!!」
「今言葉を探してるから待って」
「いいじゃんヒーロー。俺も昔戦隊モノのヒーロー好きだったよ、ピンクが好きだった」
「珍しいですね、女の子役ですよ?」
「女の子が好きだったのかもなあ」
「俺の決死の告白は!?」
百合原の頑張りは、ひかりと胡桃のくだらない雑談にいとも簡単に流される。百合原はその事実に肩を落としているが、ひかりはぺろりと指についた小豆を舐め、元々の本題に話を戻した。
「じゃあやっぱり比嘉先輩の下にいるべきではないね」
「そうだな。棗って灰司くんだろ? 昌也くんとは全然ベクトルが違うもんな」
「なんだよ、俺だけ置いてけぼりでつまんねーよ」
心細そうに百合原が目を伏せる。その反応に百合原は良くも悪くも優しすぎる、とひかりは心配になった。自分を責めたり、簡単に同情したり、寂しがったり。しょんぼりした顔は本当に子犬のようだ。以前に獅子と例えた自分が恥ずかしい。
「百合原がなりたいのは正義のヒーロー。だから比嘉先輩のところにいたって、闇に染まるだけ。悪い人じゃないかもしんないけど、弱いものいじめで喜んでる人のところにいる必要ないよ」
覚悟決めて。ひかりの言葉に子犬は唇を尖らせて、丸い瞳を潤ませる。さっさと自分がその弱いものに含まれていることを、自覚すればいいとひかりは思った。もちろん、それにはひかりも含まれている。ひかりは弱い。だからそれを認めるのが辛いのも知っていた。
「……そうだよな、俺は比嘉先輩の強さに隠れて安心してただけだし……このままじゃ変われねえよな」
百合原は拳を握りしめ、小さく自分を鼓舞している。ひかりは微笑んだ。良い兆候におはぎも幾分か旨みを増している気がした。
しかし、胡桃は温度の変わらない軽い調子でこう告げる。
「じゃあどうしよっか。脅すか?」
この男が考えているフリをして、一連の流れに全く興味を持っていなかったことが分かった。どこかウキウキとしている顔はやはりろくでもない。
***
赤い夕焼けが夜を匂わせる。胡桃の家を出る頃には、辺りは明るさを徐々に失っていた。
「……胡桃先輩ってマジで変な人だったな」
「ちょっとネジが外れてたね、今日は」
帰り道を百合原と肩を並べ、隣同士で歩く。二人の影は縦に大きく伸びている。百合原の方が少し高い。ひかりは遠くの空をじっと見つめながら、思案した。
胡桃はあの一件以来どこか吹っ切れていた。以前のように優しいままではあったが、自由で伸び伸びとしていたようにひかりには見えた。彼なりに決着をつけれたんだろうか。それとも諦めたんだろうか。確かめる術はひかりにはない。確かめようともしない、が正しいか。
けれど、
『ひかりちゃん、今度は一人でおいで』
この発言はいただけない。絶対に行かない。ふざけるな。吹っ切れすぎだろ、とひかりは帰り際の胡桃の発言に眉根を寄せながらも、可笑しくて唇で弧を描く。すると、それに気づいた百合原が不思議そうに顔を覗いてくる。
「なに笑ってんの?」
「なんでもない」
「変なやつ」
「アンタに言われたくない。ていうか、明日ちゃんとやるんだよ、わかった?」
「わかってるっつーの! 明日さえ乗り越えりゃあ夏休みだもんな、楽しく過ごしてーし頑張る」
空を握る拳は内出血だらけ。それが減るような結果になれば、万々歳だ。
『彼のルートに乗っかるのですか?』
ナナコが怪訝そうに問いかける。ひかりは首を横に振った。
(こいつと友達になりたいだけだよ)
納得したのか呆れたのかナナコからの返事はない。ナナコも友達になってくれてもいいんだけど、と小さくアピールもしておく。いつか返事をくれたらいい。
ひかりも空を握って拳を作る。それをコツンッと百合原の拳に当て、二人は笑い合った。




