12.おはぎを持って三千里です
鉄筋コンクリート造りの三階建てアパート。築年数はそれほど経っているように見えない綺麗な外装に、ひかりはスマホの画面を見て位置情報を確認する。
「302だってさ」
背後で恨みがましそうに睨む百合原に、片手に持った和菓子屋の紙袋をシャカシャカと動かし声をかける。ひかりだってほぼヤケクソなのに、こいつは何を迷う暇などあるのか。返事を待たずに先に歩き出せば、足音がついてくるのが分かりそのまま階段を上がった。
三階に上がり二つ目の扉に302の表札を見つけ、ひかりと百合原は目の前に立ち止まる。ひかりは躊躇せずインターフォンを押し、宿主が出てくるのを待った。
『はーい』
「こんにちは、相良です」
『今開ける〜』
のんびりとした男の声がインターフォンから聞こえ、程なくしてドアが開く。
「お、本当に友達連れてきたんだ。こんちは、百合原くん」
「は、初めまして! すんません、なんか突然押し掛けちゃって!」
開いた先から出てきたのは、ゆるい半袖カットソーとワイドパンツを身にまとった胡桃宝だった。
***
「お早い退院でしたね」
「んまあな。俺が希望したってのもあるんだけどさ、終業式くらい出ておきたくて」
玄関からリビングに案内されると、男二人暮らしにしては小綺麗なフローリングの部屋に通された。平べったいテーブルを囲んだ丸い形のクッションの位置に誘導され、ひかりと百合原は律儀に隣同士にちょこんと座る。百合原は見るからに緊張しているようで、お邪魔しますと言ったっきり、ひかりと胡桃の会話をずっと黙って聞いていた。
「なに飲む?」
「お土産持ってきましたよ」
ひかりは手に持っていた袋をテーブルの上に置き、中から包装された箱を二つ取り出す。
「え、まさか」
「おはぎとみたらし団子です。まさか宝先輩の家で食べるとは思ってなかったですけど」
「じゃあお茶だな。いや俺もひかりちゃんから連絡がくるとは思ってなかった。消されてると思ってたし」
「ブロックはしてました」
「ははは、正直者だ」
ひかりのはっきりとした物言いを気にもしない胡桃の笑い声。嫌味とかまるで通じないんだろうな。その鈍感さにひかりは純粋に羨ましくなった。
「……おい、俺アウェイすぎねえか?」
百合原がひかりの肩を肘で小突き、小声で問いかけてくる。ひかりは負けじと袋を畳みながら小突き返した。
「心配しなくても宝先輩は変な人だから大丈夫だよ」
「ダメじゃん。お前友達とか他にいねえの?」
「シロちゃんしかいないよ」
「かわいそう……」
「じゃあ、俺が友達になってあげる。ほら、お茶どうぞ」
ひかりと百合原のくだらない小競り合いは、胡桃の温和な声によりすぐに鎮まる。テーブルに置かれたガラスのコップの中には、氷と麦茶が注がれていた。ひかりと百合原はぺこりとお礼の会釈をして、渇いていた喉を潤した。そんな二人をニコニコと見守りながら胡桃は本題を話し出す。
「それで、友達連れて相談ってなんだ? 俺が役立てることならいいけど……」
「え、ええと、俺のことなんすけど」
ひかりが答える前に百合原が意を決して口を開いた。その声は緊張で震えてあどけない。
「百合原くんが俺に?」
「あ、それは私の狭い人脈に残ってたのが宝先輩しかいなくて」
「それ全然嬉しくないな……」
余計な一言だったか、とひかりは顔を手で覆う。隣から百合原の鋭い視線が刺さるのが気配で分かり、小さく頷いておいた。ごめんなさいの意味だけれど、きっと百合原には伝わっていないだろう。ひかりは何とか仕切り直そうと真摯な表情を胡桃に向けた。
「単刀直入に訊きたいんですけど、比嘉先輩の弱点とかって知ってますか?」
「お前、馬鹿か!?」
「馬鹿って言ったほうが馬鹿だからアンタが馬鹿」
「いーや、お前が馬鹿だね! そんな直球に聞くやつがいるかよ!」
「比嘉先輩って昌也くん? 父さんが可愛がってたな、そういえば」
え? と百合原とひかりの声がぴたりと重なり合う。胡桃は二人の驚きの顔には目もくれず、お土産の包装をるんるんとご機嫌に開けている。ひかりのヤケクソとダメ元が当たった、ということだろうか。ひかりは胡桃がおはぎに気を取られてしまう前に、質問を繰り返した。
「知ってるんですか? なんかやばいバックがついてるとか噂の人ですよ?」
「へえ、そんな噂があるのか。けど普通の家の子だよ、父さんと昌也くんのお父さんが仲良いんだ。俺は昌也くんに嫌われてるけど」
「……な、なんで嫌われてるんすか?」
百合原の恐る恐るの問いかけに胡桃はあっけらかんと答えた。
「昌也くんが二年くらい付き合ってた彼女とヤッちゃったんだ。ははは、ボコボコにされたよ俺」
「ごめんね百合原! 頼る人間違えちゃった、この人こういう人だったわ!」
つまり比嘉の地雷に頼りにきてしまったのだ。唖然としている百合原の肩に手を置いて、ひかりは素直に胡桃を罵った。母親のことがあるとはいえ、この態度。まるで反省をしていない。ボコボコにされた時でさえ笑顔だったに違いない。
「まあまあ、そう言うなって。それで、百合原くんは昌也くんを脅しでもしたいのか?」
「……そうじゃなくて、比嘉先輩に可愛がってもらってはいるんですけど、他人をいじめたりするのとかもう俺耐えられなくて……」
「じゃあ抜けさせてくださいって言ったら?」
「そんなの無理っす! あの人たち陰湿で……別にボコられるくらいなら耐えられるけど、家まで押し掛けたりするって聞いて……」
まるで闇社会のような話だな。ひかりは嫌悪感に顔を顰める。
「うーん、同じ高校で起こってるとは思えない話だな」
さすがの胡桃も神妙そうに眉を下げる。少しでも比嘉の情報を得るためにひかりも口を挟んだ。
「宝先輩は比嘉先輩にボコられてからは大丈夫だったんですか?」
「うん。舌打ちとかされたけど、いじめられはしなかったな」
「え、そうなんですか?」
「殴られたのは俺が悪いからだし抵抗しなかったけど、昌也くんって典型的な高校デビューだから」
ひかりと百合原はお互いに顔を向ける。地雷からの思わぬ情報にひかりは包装の開けられたおはぎの木箱をぱかりと開けた。




