6.選択肢は正解だったのでしょうか
白雪と一緒に図書室に訪れたのは初めてではない。彼女は熱心な読書家らしく、休み時間や放課後に付き合わされることも少なくはなかった。今日はそれに何故か百合原も加わっている。
「図書室なんかおもしれーの……?」
昼休みの図書室は人気が少ない。いたとしても図書当番の生徒か、よっぽど本が好きな生徒くらいだった。場違いなオレンジ頭は萎縮して小声で呟くが、誰も反応はしない。白雪がカウンターで本を返している背を見ながら、懲りずに百合原はぼやいた。
「白雪姫って何してても様になるよなぁ」
「ほんとにね」
同意するべきところはひかりも同意してやる。二人はうんうん、と大仰に頷き合う。彫刻のような横顔は女神様と言っても差し支えないくらいだ。
「……二人とも、なにしてるの?」
「うああ!?」
白雪に見惚れている二人の間にぬっと押し入ってきたのは、灰司棗だった。静かな空間に百合原の声が響き渡れば、軽蔑の視線が四方八方から突き刺さる。ひかりは肘で百合原の脇腹を小突いた。
「……っ! お、驚かせんじゃねーよ、棗っ」
「ごめんごめん、珍しいセットだからつい」
あははと笑う灰司を小声で叱る百合原。普通逆ではないのか? なんて失礼なことをひかりは考えていると、本を返し終えた白雪がこちらに駆け寄って来た。
「ほんとうるさい。出禁になればいいのに」
「ご、ごめん……コイツがびびらしてくっからさぁ……」
「ああ、橙也は白雪さんに付いて来たのか。そうじゃないと図書室なんて来ないもんね?」
「うるせーよ」
いやに親しげな灰司と百合原の会話。ひかりは白雪と顔を見合わせて首を傾げると、灰司は持ち前の察しの良さで二人の疑問に答えてくれた。
「僕と橙也は小学校から一緒なんだ。仲良しなんだよ」
「別に仲良くねーし」
そうやってそっぽを向く百合原の頬は少し赤い。ひかりは意外な交友関係にぱちぱちと瞬きをする。
「へえ、二人とも結構系統違うのにね」
「……どういう意味だよ」
「そのまんまの意味。不良と優等生、バカと頭脳明晰」
「テメー!!」
「「静かに」」
白雪と灰司の重なった声が静粛を促す。姫と王子に注意されれば従わぬものなどいない。先に図書室を後にする姫と王子の後ろをシュンとした下民たちは、トボトボとついて歩いた。
「ひかり」
図書室の外に出ると、辺りはざわざわと小さな騒がしさを取り戻す。その中でひかりを呼ぶ白雪の声は浮いていて、どきりと緊張が走る。
「は、はい……なんでしょう」
「このバカの相手するなって何度も言ってるよね? 無視しとけばいいんだよ、相手をするからつけ上がるの」
「おっしゃる通りで……」
その"バカ"の前でお説教しないでほしい。けれど、バカはすっかりしょげたひかりと違い、打たれ強く元気に拳を握っていた。
「白雪姫! 俺は百合原橙也って名前で、」
「興味ないから」
「でも覚えてほしい、俺白雪姫と仲良くなりてーんだ!」
「私はなりたくない」
熱気ある百合原のアピールに白雪は見向きもしない。白雪の視線はひかりにずっと向いている。正直怖いので此方を見ないでほしいのだが、白雪はひかりを見つめるのをやめなかった。
そんな三角関係(?)に一石を投じる事ができるのは、やはりこの男くらいだった。
「まあまあ、落ち着いて。あのさ、良ければテストも近いし四人で勉強会しない?」
ひかりに釘付けだった白雪の視線が動く。間に入ってきた灰司に向かって射殺すように。
ひかりは声にならぬ悲鳴を上げた。白雪の冷気で凍え死んだら、灰司は責任を取ってくれるのだろうか。
「はあ? どうしてそうなるの? 絶対に嫌」
「橙也は悪い子じゃないし、良ければ少しくらいはチャンスくれないかな?」
「悪い子とか良い子とかの問題じゃないの。私の世界にコイツは必要ない。勉強会ならひかりと二人でやるから、ねえひかり?」
最悪なタイミングでバトンを渡されてしまった。
灰司と白雪の視線が一斉にこちらに向く。その後ろで百合原は呑気に笑みを見せていた。頼むから一発だけ殴らせてほしい。
「ひかり、早く答えて」
二人でやろうと言えば彼女は喜んでくれる。
「相良さん、良ければ仲間に入れてくれないかな?」
ノーマルエンドに向かうのに四人で勉強会をする必要はないだろう。
しかし、ひかりが意を決して「いや、二人で……」と口を開きかけたところで、灰司は王子様スマイルを崩さずに追い討ちをかけた。
「あの雨の日も傘に入れてくれたもんね、相良さんは優しいから」
ひかりの時は止まった。
目の前には相変わらずのピンク枠の選択肢。
1「シロちゃんとやるよ」
2「みんなでやったほうが捗るかも」
選択肢を指で押す。
ひかりはすでに白雪のご機嫌を取る方法を考えていた。
「み、みんなでやった方が捗るかも……?」
白雪の美しい顔が見る見るうちに険しくなっていく反面、灰司は変わらぬスマイルをひかりに見せた。
そういえばそうだった。百合原もこの灰司でさえもひかりの知らぬ歪みを抱えている。
ひかりは甘酸っぱいリンゴの味を思い出して、ズキズキと痛む頭を押さえたのであった。




