5.攻略対象が登場しました 3
……奇妙な友人関係はそうした一幕から始まったのだ、と白雪は語り部のような口調で締め括った。
「もーいいよ、その話」
「なんで? すごく可愛い話だと思わない?」
「思わない。今思い出しても恥ずかしい」
苦々しい思い出に首を振ると、白雪は不思議そうに唇を尖らせる。その仕草さえも麗しい。遠巻きに集まる視線は皆彼女のものだ。
衝撃的な一日から白雪といえば、ずっとひかりには優しかった。普段ツンとしてはいるが、ひかりの前では喜怒哀楽もそれなりに見え、話をしていて面白い女の子だった。恥ずかしい思い出の中で、彼女に話しかけたのだけは正解だとひかりは確信している。
「でもひかりが恥ずかしい思いをしてくれなかったら、今頃私たちは一緒にご飯を食べてないんだよ?」
「……」
だけど、時たま彼女はこうやって、ひかりを試すように問いかけてくる時がある。今思えば「友達の次は?」もひかりを試していたのだろう。厄介だな。食べ終えて空になった弁当箱を巾着袋にしまい込みながら、思考を巡らす。
「わからないよ? もしかしたらシロちゃんがしつこい私に折れて……」
「ないね。私は絶対折れない」
「あ、シロちゃんこそ偏屈、っ、んむぐ?」
ひかりの反発は唇に当たるなにか固いものに阻まれた。
目線を下にやると赤い耳が見える。此方に手を伸ばしている白雪の机には、タッパーに入ったウサギリンゴがあった。しゃくりと歯を立てそれを口で受け取れば、酸味と甘味が口の中を満たす。
「んー……えふけ、しな……」
「食べながら喋らない」
強い圧に無言で頷く。白雪姫にリンゴを貰うとはなんだかレアな状況な気がする。ひかりは密かに口角を上げると白雪の舌打ちの音が聞こえた。
「あ、違います! 怒らないで……ってシロちゃん?」
てっきりひかりの心を読んで怒ったのかと思ったが、白雪の視線はひかりには向いていない。廊下の方を見る白雪と一緒に顔を動かせば、窓枠から身を乗り出した獅子の咆哮が二人を襲った。
「しらゆきひめーっ!!」
教室中に響く大声に耳を押さえたり、目を見開いたりと色々なリアクションが伺える中、白雪は一切微動だにしない。ちなみにひかりは口をあんぐり開けて仰け反っている。
ライオンのようなたてがみを揺らしたオレンジ頭の男、百合原橙也が今日も元気に手を振っている。
「白雪姫、もう飯食い終わった!?」
「……ひかり、まだリンゴいる?」
百合原の声は白雪には届かない。ひかりに笑いかける白雪の顔は完全に怒りを隠していた。彼女は"白雪姫"と呼ばれることを嫌っている。あんな大きな声で呼ばれれば、そりゃあ不快だろう。
差し出された二個目のリンゴを拒否しようとすれば、白雪は険を濃くさせる。私に当たらないでほしい。ひかりはうんざりと瞳を彷徨わせるとリンゴを再度口で受け取った。
「あーっ! 芋女、見せつけてんじゃねーぞ!」
そうするとこの男が反応する。ずびしっと指をさされ、ひかりは百合原を睨みつけた。
芋女とはひかりのことだ。芋、いいじゃないか。ビタミンも豊富らしいとテレビで見たぞ。
よく咀嚼し、ごくんとリンゴを飲み込むと、ひかりはパックのジュースを飲みながら百合原の胸元へと視線を向ける。
百合原 橙也は白雪 白詰を好いている。そりゃあもう分かりやすいくらいに。
だが同時に何故かひかりの攻略対象でもあった。彼の胸元にある名前とハートの器がそれを教えてくれている。
白雪と昼食をとったり、放課後一緒に帰るようになり始めた頃にこの男は現れた。
「テメー、最近白雪姫といるけどなんなんだよ」
「アンタが何?」
初対面はこれだ。ちなみに「アンタが何?」と言ったのは白雪だ。ひかりは百合原の分かりやすいヤンキー容姿に驚いて、声を出せなかった。オレンジ色の明るい髪色にバチボコあいたピアス。背丈はひかりよりちょっと高いくらいで、160センチ後半といったところか。犬顔で童顔な彼は大して強そうには見えなかった。
その初対面の日からしきりに絡まれるようになり、いつからか芋女と呼ばれている。ひかりの名前を知らないらしい。多分知っていても、こいつは芋女と呼ぶだろうが。
「ひかり、あんな奴ほっといて図書室行かない? 本返したいんだ」
回想にふけっていたひかりはまたもや白雪の声で我に返る。提案する彼女の手には分厚い本があった。ひかりは快く頷く。
「おーいっ! 白雪姫、聞こえてねえの?」
立ち上がるひかりと白雪にたえずアピールを繰り返す百合原。白雪は依然として無視を続ける。ひかりは弁当箱を鞄の中に片付けながら、彼のプロフィールを思い出した。
【プロフィール】
・百合原 橙也
ヒロインの隣のクラスの生徒。
やんちゃで無鉄砲。素行が悪い。
気の強い子がタイプ。
憂と同級生の弟がおり、兄弟仲は良好。
テンプレートなやんちゃキャラ。ただ、弟が憂と同級生という点がひっかかったが、憂は「別に仲良くないよ」と言っていたので気にすることはやめた。
先に教室を出る白雪について歩くひかり。もちろん百合原はチャンスとばかりにこちらに向かって走ってくる。白雪の隣に並び歩き、めげずに白い歯を覗かせて話しかけてきた。気の強い子がタイプは伊達ではない。
「なあなあ、それなんの本!?」
「……」
「俺、活字とか見ると眠くなっちまってさ……白雪姫は難しそうな本ばっかりよく読めるよな」
「……」
「あ、白雪姫の本なら読んだぜ! メルヘンチックだけど、お前によく……」
「ちょっとはめげなよ」
地獄の空気にひかりはついに耐えられなくなり、口を出してしまう。しまった、これで何回目だとひかりは目頭を押さえて後悔する。ひかりのツッコミに百合原の目つきが鋭くなった。
「テメーに話してねーよ」
苛立ちをあらわにする声音は、白雪に話している時とはまるで違う。ひかりは反射的に言い返す。
「……すみませんね、シロちゃんが無視してんのが分かんないみたいだからさ」
「無視じゃねーし、白雪姫は照れてんだよな?」
「頭沸いてんのか」
「あ゛ぁ!?」
馬鹿か私は。何故かこいつにはツッコまずにはいられない。言い返さずにはいられない。百合原と出会ってからなにかと言い合ってばかりいる、それを白雪にぽつりとぼやいたら知性が一緒だからだと言われた。辛辣な物言いにその日の夜はちょっと落ち込んだ。
「うるさい、迷惑ってわからない?」
この言い合いは大抵白雪の冷徹な一喝で終わる。二人してしょんぼりと肩を下げる。確かにひかりと百合原は知性が一緒だと思い知らされたような気がした。




