4.お姫様とお友達とは、さすがです
「ふふ、別に悪口ではなさそうじゃん」
「偏屈って悪口じゃないの?」
「性格を表す言葉としてはあまり良い意味じゃないだろうけどね。あくまでその人の印象なんだからいいんじゃない?」
ふーん、そっかと納得するフリをして、ひかりはスマホで偏屈の意味を調べる。
"性質が素直でなく、ねじけていること"
画面に映る文字列に無意識にひかりは口を曲げていたらしく、白雪の真っ白な細い指がスマホの背をコンコンとつついた。
「コラ、行儀悪い」
「あ、ごめんごめん」
翌日の昼休み。ひかりは二つの机を向かい合わせて、絶世の美女と一緒に昼食を囲んでいる。昼食の話題は昨日の事だった。
「ん、おいひい〜」
ひかりは机にスマホを置き、箸を手に取った。卵焼きを半分に切り分け食べれば、ふんわりとしたしょっぱみが口内に広がる。ひかりの綻んだ表情を見て白雪の可憐な桃色の唇が弧を描いた。
白雪 白詰。
苗字みたいなこの名前はあまり口にされる事はない。皆に"白雪姫"だなんてメルヘンな愛称で敬遠されている彼女は、ひかりの友達だ。あえて二回言おう、ひかりの友達だ。
肩まで伸びた銀髪は日に当たると真っ白で一風変わっているが、これもゲームならではのものなのだろう。次いで顔の横の毛がくるんと内巻きになっているお姫様カット。眉下で切り揃えられた前髪の下にある大きな瞳は束になった睫毛に縁取られ、人を狂わせそうな濡れた黒目は常に冷ややかであった。白雪姫よりよっぽど氷の女王の方が似合っている。誰かにそう言われれば、彼女は鼻で笑いそうだ。
「ひかりは結構素直なのにね」
白雪の揶揄の混じった声がひかりを慰める。けれどひかりの意識は、箸に挟まれた白雪のおかずに向きっぱなしだった。
油揚げの入った炊き込みご飯にタレがからまったひじき入りのつくね、きんぴらごぼう、ネギ入りの卵焼き。水色の楕円型の弁当箱に綺麗に敷き詰められているそれらは、全てひかりの目には輝いて見えた。
「ひかり?」
怪訝そうな黒い瞳がひかりを覗く。ひかりはハッと我に返ると、なるべく平常心を保って話を続けた。
「……ちょっとボーッとしてた。ていうかそんな事初めて言われたな」
「警戒心が薄いとかは?」
「似たような事は言われたことあるよ」
夢の中で、だが。ひかりはニセモノみたいな妹の溌剌とした姿を思い出して苦笑する。白雪はひかりの表情の変化にも薄い笑みを崩さずに、楽しそうにこう話し始めた。
「そもそも私と友達になりたいなんて言ってた時点で、ひかりは変だよね」
***
――それは一週間ほど前のことか。あまり覚えてはいない、いや思い出したくないの間違いだ。
「誰が課題を届けにきたかって? たしか……白雪だったかな。蘭咲に頼みたかったんだが、その場にいなくて」
ストレス値も下がり風邪から復帰して学校に来たひかりを、喜んで出迎えてくれる人間はいなかった。強いて言えば、灰司が体調を心配してくれたのと蘭咲がチラチラと此方の様子を伺っていたくらい。
こういう虚しくなる場面こそ、ナナコもスキップしてくれればいいものを。頭を掻いている担任の話を聞きながら、ひかりは心の中でナナコに愚痴った。ナナコは文句が嫌いなので、もちろん返事はない。
「それより相良。お前、勉強はしてるか? テストが……」
「貴重なお昼休みを割いていただきありがとうございました。では失礼します」
「あ、おい!」
ナナコが文句嫌いならひかりは説教嫌いだ。用事以外の担任の小言を遮り、職員室から逃げ出る。
昼休みの廊下は騒がしくて、ひかりの虚しさをさらに増加させた。
その頃のひかりはとにかく友達がほしかった。
胡桃に巻き込まれたり、蘭咲に愛を囁かれたり、ういちゃん☆ちぇっくに振り回されたりと、心労でいっぱいいっぱいの自分に今必要なものは友達ではないだろうか。
学校には友達、家には憂がいればひかりはなんでも乗り越えられそうだ。そう、ひかりはとても心細かった。
「なんの用?」
だが、そんな時にまず白雪に話しかけようと思う人間は何も知らないひかりくらいだろう。
異色の髪色を持つ彼女は昼食を一人、自分の席でとっていた。運がいい、と浮かれながら嬉々と話しかけたらこの態度だ。白雪の凍りつきそうな眼差しにひかりは息が止まる。初夏も終わり、夏に向かっていっているというのに白雪の席の周りだけは、ひやりと冷気を帯びていた。
「あ、あの……課題とか持ってきてくれたって先生が教えてくれて、お礼を言いたくて」
「あれは頼まれただけだから、お礼とかいらない」
ひかりの勇気の一声がぴしゃりと跳ね除けられる。すでに心が挫けそうになったが、床に足を踏ん張らせてめげずに言葉を絞り出した。
「それでもありがとう! よければ、一緒にお昼ご飯とか食べ……」
「嫌」
「……っ、そ、そこをなんとか!」
「嫌だって言ってるでしょ。一人が嫌だからってみじめに頼んじゃって馬鹿みたい」
自分の弁当箱に視線を戻し、それから一瞥もせずに白雪はひかりを突き放す。辛辣な氷柱の鋭さに周りも不穏な空気を察したのか、教室中の視線がひかりと白雪に集まっていた。それでもひかりに氷柱は刺さらない。
――ひかりは手元の巾着袋をダンッと白雪の机に叩きつけて、声を荒げた。
「ちがう! 私は友達がほしいだけなの!」
「……は?」
ひかりよ、黒歴史となるぞ。この時の己をひかり自身は叱りたくて堪らない。悲しくも、ひかりを止める人間はそこには誰もいなかった。心細さはひかりを急かす。
「だから良ければ、友達からおねがいします!」
「え、なにそれ。友達の次があるの?」
「うん? ……あ、ち、違くて!」
「友達の次は?」
白雪の冷気が少し収まる。丸い目を輝かせて白雪は続きを促した。ひかりは質問の答えを急いで考え、程なくして口を開いた。
「……ま、マブダチ?」
うふふ、と白雪が肩を竦めて笑う。
凍りついていた空気が溶けゆく音が、ようやくひかりには聞こえたのだった。




