3.意外な共通点ですね
「よく死に際に見るって言うやつ。今までの思い出が夢みたいに浮かんできてさ」
そう言って話し始めた胡桃の走馬灯兼昔話は、まるでドラマのような内容の濃さだった。聞いているだけのひかりからすれば、ひとつひとつの内容は大したことはない。もっと壮絶な人生を送っている人もいるだろう。けれど、愛され、幸せだった彼が、母の言葉一つで変わってしまったのは明らかであった。
「優しそうなおばあさんだったんですね」
「俺は優しいって思ってたけど、町内では偏屈おばあちゃんで有名だったみたい」
へえ、とひかりは頷く。胡桃の家系にもそういった人がいるのかと意外な気持ちになった。
「それで、お母さんの呪いは解けたんですか?」
些細な会話を挟み、物語の続きを促す気軽さでひかりは訊ねる。今はそれが最善だと思ったからこその行動だった。
「俺が救急車に運ばれる一瞬母さんが倒れてるのが見えたんだけど……」
「はい」
「無意識に"頼むから助かってほしい"って初めて神様にお願いしてたんだ」
「……」
どう返していいやら、ひかりが次の返事に悩んでいると事なさげに胡桃は続けた。
「母さんはどうでもいいから、赤ちゃんだけは健康でいてって」
赤ちゃんに罪はないし。
胡桃は窓から見える青空を見上げて呟いた。
しかし訊ねた本人は恐ろしく反応に困った。そこはどっちも助かってほしいじゃないんかい、と本気でツッコもうか迷ったが、その考えは脳内会議で却下とした。ひかりは胡桃ではない。そりゃあ理解できないこともある。
「赤ちゃんに罪はないですけど、お母さんがいなかったら寂しい思いするでしょう」
これがせめてものひかりの答えだ。子供に語りかけるように言ってやる。
「いない方がいい親だっているだろ?」
「……それは極論すぎます。先輩はそうだったってだけです」
「あはは、ひかりちゃんははっきり言うな〜」
ベッドを弾ませて、けたけたと笑う胡桃。拍子に傷口が痛んだようで、腹部を押さえ痛みに顔を歪めても口角はしっかり上がっていた。
「お母さんは大丈夫だったんですか?」
「俺が刺されてびっくりして倒れただけだって。精神面は知らないけど母子ともに健康らしい」
「そうですか。それならよかったです」
ひかりは心から安堵した。ようやく握りしめていた拳をほどき、手の汗をスカートで拭う。話している間に彼への警戒心と罪悪感はいくらか和らいでいた。
「でもひかりちゃんよく来れたな」
胡桃は突然言い放つ。嫌味か? ひかりは眉根を寄せる。
「どういう意味です? 来てほしくないのは分かってましたから」
「そうじゃなくて、俺のお見舞いに女の子は来れないようになってるんだ」
「はい?」
「入院してすぐに女の子全員にお別れメッセージ送ったらさ、みんなカッターとか包丁持ち込んでお見舞いに来ちゃって。死んでやるー! って発狂する子ばっかりだったから、出禁にされた」
看護師が言い淀んだ謎が思わぬところで解け、ひかりは思わず膝を手でぽんっと打った。カオスな内容にツッコんだりはしない。ついでにひかりの罪悪感は完全になくなった。不謹慎だが、起こりうる事故だったと知れただけで儲けものだ。
「だから面会できないなんて言われたんですね」
「あれ? ひかりちゃんも言われたのか?」
「はい、でも先輩のお父さんがオッケー出してくれましたよ」
「へえ、父さんが」
ベッドヘッド寄りかかったリラックス状態の胡桃が、ちぐはぐにひかりから視線を逸らす。その違和感をひかりは胡乱げに眺め、話を続けた。
「先輩のお父さん、私のこと知ってるみたいでしたね」
「それよりさ、ひかりちゃんは?」
「へ?」
「ひかりちゃんは最近なんかあった? 俺のことばっかり話してもあれだから」
話を逸らすのが下手すぎやしないか? 強引すぎる胡桃のやり口は、悪いことをしましたと自分から訴えているようなものだ。
だが、相手は病人。胡桃の八の字眉を見れただけでも今はよしとしよう。ひかりは考えるそぶりを見せると、ひとつだけ胡桃に話してもいいと思えることが浮かんだ。
「あ、そういえば友達ができました」
「ひかりちゃんまだ友達いなかったのか……?」
「先輩はデリカシーがないようですね」
ひかりのハッピーな報告は胡桃には哀れに思うような出来事だったらしく、がっつり引かれてしまう。
腹立たしい反応にひかりが笑顔で反論すると、胡桃はきょとんとした。鈍感と天然は時として罪となる。その恵まれた容姿に腹が立ち、肩パンくらいはお見舞いしてやろうと拳を握れば、不意にノックの音が室内に響いた。
「あ、邪魔した?」
胡桃の父親の悪い笑みがひょこりと覗く。ひかりは時計に視線をやり、慌てて立ち上がった。
「いえいえ! そろそろ帰ろうと思ってたので……」
「もう帰るのか? 次は何か食べ物持ってきてほしいな」
「え゛、もう来る予定は……」
胡桃のおねだりにひかりは口を噤んだ。危ない、父親の前でもう来る予定はないとはっきり突き放すところだった。ひかりはスカートの後ろを手で払いながら、胡桃に向き直る。
「なに持ってくればいいですか?」
「ひかりちゃんの好きなものでいいよ」
「……それなら大量のおはぎになりますけど」
「ぶはっ!」
ひかりの拗ねた物言いに、突如吹き出す胡桃の父親。胡桃は子供っぽい口調で「ちょっと、父さんやめてよ」なんて言って、手で追い払う仕草をした。
「変なこと言いました?」
「い、いや、ごめんごめん! 好物まで母さんに似てるんだな」
「父さん!」
「はい?」
父親を止める胡桃を手で制して、ひかりは問いかける。胡桃の父親は目尻に優しげな皺を作った。
「ひかりちゃんっておばあちゃんの生まれ変わりかな? なんて宝が言ってたからさ」
ひかりは言葉もなく胡桃を振り返る。
胡桃は既に掛け布団の中に包まり、繭のようにして閉じこもっていた。




