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ゆがプリ! 〜目指すしかない、ノーマルエンド!〜  作者: みちはずれ
1.胡桃 宝 編
26/74

18.歪んだ王子様たち



 ストレス:100

 ストレス:82

 ストレス:75

 …………


「熱みたいに下がっていくなぁ……」


 ぴこん、ぴこん、と下がっていくストレス値を見て、ひかりは小さくつぶやいた。

 

 学校を休んで三日が経った。本当だったら今日こそ学校に行っているはずだった。むしろ意地でも行ってやるつもりだったが、今朝起き上がったと同時に、ガンッと鈍器にでも殴られたような痛みが頭を襲った。

 次いで視界がぐにゃりと歪んでしまい、その場に伏したひかりを見つけた母親に、半強制的にベッドへ押し込められてしまったのだ。

 病名は風邪。ただの風邪。ナナコが言うにステータスのストレス値を無視してしまった結果らしい。ストレスが100に達した時点でひかりは風邪をひく。全く厄介な世界である。


「ストレスが溜まることばっかり起こるんだもん。しかもずっと忙しかったし、休む暇なんて……」

『蘭咲黒のバッドエンドが決め手でしたね』

「……それ言う? 忘れようと思ってたのに」


 『申し訳ありません』と悪びれないナナコの謝罪は聞き飽きた。ひかりは重い瞼を閉じ、暗闇の中でナナコとの会話を続ける。ひかりの声音はずっと不満げだ。


「蘭咲くんは私のことが好きな設定なんだね」

『はい、だから好感度が上がりやすいんです。ひかり様が好きだからこそ、バッドエンドを引きやすいんですね』

「引きやすいんですねって……普通引いたら終わりじゃないの?」

『他のキャラはそうですが、彼は特別バッドエンドの種類が多いので、一定数引くまではやり直しができます』

「一定数ってどれだけ? 一定数引いたらどうなるの?」

『そこまでは言えません。……これでもおまけした方です』


 『ゲームバランスがありますから』と淡々と言うナナコにひかりは質問責めをやめた。これ以上言っても彼女が答えてくれないのは分かっていた。


 でも宣言をするのは勝手だろう。もぞりと布団の中で寝返りを打ち、夕陽を遮光してクリーム色が橙色になったカーテンをじっと見つめた。その淡い色がひかりの心を落ち着かせる。


「ねえ、ナナコ」

『なんでしょう?』

「私はこのゲームをクリアするまでここから出られない?」

『はい』

「それなら、私ノーマルエンドを目指すよ」

『……もちろん、それも一つのエンドとして選択肢にありますが、それでよろしいのですか?』


 勿体無いのでは? と言いたいのだろう。機械らしくない彼女の問いかけにひかりは、傍らのうさぎのぬいぐるみを胸に抱いて笑う。


「それが最善なのを知ってるくせに」

『別にそうとは思いませんが』

「ゆがプリって何かを略したタイトルでしょ? 私浮かれてて何も気づかなかったけど、教えてくれたって良かったのに」

『歪んだ王子様(プリンス)の事ですか?』


 歪んだ王子様(プリンス)たち。

 当初のひかりは乙女ゲームで楽しめると浮かれて考えもしなかったが、今じゃあゆがプリ! だなんてタイトルに違和感を感じない方がおかしい。

 

「テーマが歪みか何かなの?」

『はい。登場人物の皆が皆、自分なりの歪みを持っています』

「その歪みとやらに立ち向かってハッピーエンドを目指すのが普通なの?」

『普通、と決め付けることはできませんが、それが最善だと私は思っています』


 やけにあっさりと答えるナナコにひかりは怪訝な顔をする。大して隠すような事ではない内容については、ナナコは簡単に教えてくれる。ひかりは悔しくなり、胸に抱いたぬいぐるみの頭をきゅっと手のひらで潰した。


 歪み。ゆがんでいること、ひずみ、心が正しくないこと。ここで当てはまるのは三つめかとひかりは思った。


「宝先輩の歪みは母親の愛情の飢えによって起こったもの」


 ひかりは語りかけるでもなく、独り言のように呟いた。

 

『ママにゃんこのシーンでいつも泣いちゃうんだ』

『俺のこと捨てたくせに、母さん再婚するんだ。子供も出来て、幸せそうだって父さんから聞いた』


 浮かぶのは笑顔と泣き顔の胡桃。

 彼は王子でもなく、悪役でもなく、ただの子供だったのだ。身体は大きくなっていくのに心が追いつかない。アンバランスな人。

 

 疲れきっていたとはいえ、言いすぎたかもしれないと、ひかりは先日の保健室での件をずっと後悔していた。

 彼の繊細で柔らかい部分を乱暴に土足で踏み荒らした。壊れたハートにもっと穴を開けた。


「さすがに謝んなきゃなあ……」


 ――コンコン。

 身体を仰向けにして、ぬいぐるみに後悔の念をぶつけていると不意にノックの音がする。この控えめな音は憂だ。ひかりは重い身体に鞭打って飛び起きた。


「ういちゃんっ!」

「……なんでわかったの? ていうかおねーちゃん、誰かと喋ってた?」

「うん、ぬいぐるみと」

「大丈夫?」


 頭が、と続けたいだろう憂の冷めた視線に、ひかりはえへへと汗で濡れた襟足を掻く。

 憂はすぐに視線を逸らして、片手に持っていたファイルをテーブルに置いた。


「なにそれ?」

「おねーちゃんの休んだ分の課題とお便り。キレーな人が持ってきてくれたよ」

「え゛」


 キレーな人。嫌な予感しかしない。

 咄嗟に浮かんだのはもちろん蘭咲だ。ゆがプリ! の由来を知るきっかけとなった男。顔だけは美しい恐ろしい男。

 一気に青ざめたひかりの異変に憂は瞳を丸くした。


「なに? 嫌いな人なの?」

 憂の物言いはいつだってストレートだ。ひかりは困ったように唇を尖らせた。

「……その人かわかんないけど、苦手な人がいてさ」

「いい人そうだったよ。お姫様みたいな女の人だった」

「ほんとに!?」


 女の人、と聞けばひかりの青ざめた表情は生気をすぐに取り戻す。憂に抱きつきそうな勢いだったが、すぐに距離を取られ「やめて」と拒否されてしまう。しょんぼりだ。


「誰なんだろう、お姫様みたいな女の子」

「名前は忘れちゃった、ごめんね」

「ううん、持ってきてくれてありがとう」


 ひかりがお礼を述べると、憂は無愛想に頷いて部屋を後にする。その残り香は甘いココアの匂いをさせていた。おやつの時間を楽しんでいたらしい。

 

「週明けは学校行けるかな」


 再度ベッドに倒れ込み、ナナコに問いかける。


『行けますよ、楽しみですか?』

「全然楽しみじゃない」


 これが正直な気持ちだ。歪んだ王子様たちが攻略対象ならば、ひかりはこれから先、絶え間なく苦労すると分かりきっている。だから面倒から逃れられそうなノーマルエンドがいいと思ったのだ。

 だが、そこで落ち込んではいられない。ひかりは言い聞かせるように己を鼓舞した。


「私が目指すのはハッピーエンドじゃない! ノーマルエンドだ!」


 口から出たのは思ったより元気な声。

 私はまだまだ大丈夫。そう思わせてくれる自分の声にひかりは安心し、ゆるりと瞼を閉じた。

 


 ***



 ――ここでニュースをお伝えします。今日午後四時ごろ、XX市で下校途中の男子高校生一名が、女に腹部を刺され、意識不明の重体となっております。女は錯乱状態で……



「わあ、近くじゃん。怖いなあ」


 テレビを見ながら、真ん中にマシュマロを浮かべたココアを啜る。

 ひかりによく似た憂の他人事の声は、夢の中のひかりには届かない。



 

 

 

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