13.相合傘、素敵ですね
会計を済ませ、コンビニ外の雨宿りスペースに出る頃には、強かった雨脚は小雨程度におさまっていた。
「おすすめ、教えてくれてありがとうね」
「どういたしまして。妹さん喜ぶといいけど」
ひかりは灰司に礼を述べ、コンビニの袋を胸辺りの高さで広げて中身を確認する。
二個入りのプチおはぎにクリームたっぷりシュー。このシュークリームは、灰司がエクレアと天秤にかけていたのを譲り受けたものだ。
彼の長い葛藤の末、今回の勉強のお供はエクレアが勝利を得たらしく、泣く泣く譲ってくれた。
「灰司くん、雨がやむまでここで待ってるの?」
「うーん、時間がもったいないから走って帰ろうかなって思ってる」
灰司は静かに微笑み、空を見上げて雨の様子を確認する。「これくらいならなんて事ないし」と本当に平気そうな顔をしながら。
灰司なら雨に濡れてもきっとサマになるのだろう、みじめに濡れて帰るのを恐れた自分と違って。
なんて悲観的になりはしながらも、困っている灰司を助けられないほど、ひかりは落ち込んではいなかった。
「どうせなら傘入っていけば? 大きい傘買ったし」
「え? いいの?」
「うん、いいよ」
「僕と相合傘なんて嫌じゃない……?」
どの顔が言ってんだ。雨に困ってる女子高生が、わざわざ立ち止まるくらいの美少年だって分かってんのか。
灰司は謙遜のつもりかもしれないが、相手がひかりでなければ嫌味と捉えられる可能性の方が高いだろう。
そんな男をひかりは無遠慮に鼻で笑ってしまえば、首を横に振って大きなビニール傘を開く。
傘で雨を防ぎ、雨宿りスペースから抜け出ると灰司に向かって振り返った。
「灰司くんが隣にいれば、情けない気持ちも多少はスカッとするでしょ」
つまり、貴方を利用して優越感に浸らせてくださいという意味だ。ひかりは言った後に正直すぎたかと後悔するも、灰司の返事をじっと待った。
「わかった、せめて傘は僕に持たせて?」
灰司のぽかんとした顔が、意味を理解した途端に企んだ笑顔に変わると、おもむろに傘の取っ手を引ったくられる。
細かい雨が透明なビニールを打つ音に包まれながら、ひかりは灰司と隣同士でゆっくりと歩き出した。
もわっとした湿気の風がひかりの髪をうねらせる。対して灰司の髪はさらさらと靡き元の形に戻るだけだ、ひかりは視線を斜めに上げてご尊顔を盗み見た。
「胡桃先輩とそんな事があったんだ、大変だったね」
「え、ああ……大変だったっていうか、まあそうだね」
前を向いていたご尊顔がひかりの方へ向く。見惚れていたのがバレないように取り繕ってみるが、声が上ずってしまった。
帰り道の話題は学校のことだとか他愛もない話から始まった。委員長の仕事について、テストについて。
それがいつしか美化委員の話に変わり、蘭咲が倒れた話となり、気づけばひかりは今日の胡桃とのアレコレを灰司に吐露していた。ひかり自身が驚くほどスムーズに。
「でも胡桃先輩はなぁ……中学の時から不特定多数と付き合ってたから、相良さんの事もその一人だと思ってたのかもね」
「中学の時から?」
「うん。胡桃先輩は来るもの拒まずで有名だったからさ」
「もしかして……それって高校でも有名?」
「……まあね」
苦笑を浮かべる灰司にひかりの顔はカッと熱を持つ。灰司の顔に照れているからじゃない、己の恥に気付いたからだ。
――瞬間、次々とひかりの脳裏に映像が浮かび上がる。
『……胡桃先輩は、』
自分勝手なひかりに言い淀む蘭咲。
『知り合って全然経ってないのにすぐ映画に誘うってすごいね』
『どうでもいい人に心痛めてもしょうがないでしょ』
浮かれたひかりに棘を刺す憂。
『じゃあ俺たちデートだから』
平気でそう言う胡桃のハートは空っぽだった。ずっと、ずーっと。
"所詮ゲーム"という安易な気持ちと"恋は盲目"に、まんまとしてやられた。
ひかりは己の情けなさに立ち止まり、項垂れる。
「胡桃先輩はさ、ハートに穴があいてるんだよ。だから誰が注いでも満たされないんだ」
心の中を見透かされたかのような言葉に驚いて顔を上げれば「可哀想だよね」と複雑な表情を見せる灰司。その肩は雨で濡れていて、ひかりが濡れないように傘を傾けてくれている事に気づいた。
これが本物の王子様の力量か。ひかりは以前に胡桃のことを王子だと例えた事を悔やんだ。
だが、胡桃は悪役ではない。ひかりはぼんやりとした思考の中そう納得すれば、灰司に「ごめんね」と声をかけてまた歩き出した。




