12.無視ではなくイベントです
「いらっしゃいませー」
男性店員の声が店内に響き渡る。
時間帯に恵まれたおかげか、立ち寄ったコンビニには幸運にも客は一人しか見当たらなかった。今のひかりの精神衛生上、静かな場所はありがたい。
スイーツコーナーをうろちょろする客の後ろ姿を一瞥し、ひかりは入口を曲がってすぐにある傘売り場のビニール傘を手に取った。
(……どうせならういちゃんの好きそうなスイーツでも買って帰ろう)
そして、先ほど起こった出来事を笑い飛ばして話してやろう。
そう息巻いたひかりはカゴを片手にぐるりと店内を一周する事にした。
カゴを埋める身体に悪そうな色のジュース、グミ、チョコレート、変わり種のカップラーメン。今回のデートのために取っておいたなけなしのお小遣いを此処で使ってやる、やけくそ以外の何ものでもない。
(それにしてもこの帰り道は必要なさそうだけど、スキップしないのかな……ナナコなりの配慮?)
スイーツコーナーに差し掛かったところで、ふと疑問に思ったことをナナコに問いかけてみる。
当然のようにナナコからの返事はない。最近になってようやく気付いてきたが、彼女は意外に無視をする。ナビゲーターとはなんなのか。
それでも、この無視にはそれなりの理由がある事もひかりは薄々気付いてた。
「あれ、相良さん? こんな所で奇遇だね」
「……灰司くん?」
今回の理由は王子と遭遇する場面だから。
突然の灰司棗の登場にひかりは驚いて固まってしまう。そんなひかりの反応に灰司は何を誤解したのか、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「や、勉強の休憩に甘いものでも食べようと思って来たんだけどさ……はは」
そう笑う彼の両手にはエクレアとシュークリーム。そのどちらのパッケージにも"クリームたっぷり!"とありがちな宣伝文句が主張されている。憂が喜びそうな文字だ。
選ぶ姿ひとつでさえも品がある灰司。ひかりはちっぽけなプライドを守るため、即座にカゴを後ろ手に隠した。
「そ、それでずっと悩んでたの?」
慌てたせいで舌がうまく回らない。
「いや、それもあるけど……傘を持ってくるの忘れちゃって」
「……」
灰司が遠くを向いたのと一緒に顔を動かせば、コンビニの外はひかりが入ってくるより雨脚が強くなっていた。屋根から滝のように流れ落ちる雨水が、その激しさを物語っている。
「だから多少雨が落ち着くまで、エクレアかシュークリームかで悩ませてもらってるんだ」
「傘買わないの?」
「な、情けないけど……スイーツ分の小銭しか持ってきてないから」
王子の可愛いミス。イベント名はこれだろう。
目を細めてひたすらに照れ笑いで誤魔化す灰司は、知性が40にも満たないひかりには可愛いと表現する他なかった。
「相良さんは?」
「えっと……やけ食いしようと思ったんだけど、やっぱりやめる」
「そうなの?」
「そうなの。お小遣いもったいないから、妹のスイーツだけ買って帰ることにするよ」
灰司の癒しの波動にひかりのプライドは完全にどうでも良くなり、隠していたカゴを灰司に差し出して見せる。灰司は物珍しそうにカゴの中を覗いた後、完璧な王子スマイルをひかりに向けた。
「それならおすすめのスイーツ紹介するよ! ここ和スイーツもあるし、相良さんが気にいるものもあるはず」
そう言って灰司はカゴの商品をひかりと共に元に戻してから、おすすめのスイーツを片っ端から饒舌に紹介してくれた。




