約束された破滅への計画
クレナイは心中における葛藤を超越しながら司会を続ける。好きな男の婿入り計画、言うまでもなく自分のところではなく見たことの無い知らない女の元にである。
時折発作的にやってくる「冗談じゃない! 」と机をひっくり返す衝動を抑えながらクレナイは淡々と語る。誰がその心中を知る? 誰もいない、神と読者以外にはである。
「現在王族には男子はなんと一人しかいなく、しかもそれは王となりました長男のジンのもとにのみとのこと。
これは次の王は自動的にジン王の息子となります。よってここを突いていこうと考えます。調査した結果、イン王子には王になりたいという欲望が強いと推測。
イン王子には初婚と再婚の妻との間に子が産まれていません。石女ということで二人とも離縁して里に帰らせています。」
「二人続けてってことは、それって畑が悪いのではなくて鍬が悪かってことよね」
母であるカツテの冗談に娘のクレナイは表情を崩さない。
「お母さん、そういう茶々を入れないで。原因は不明ですがイン側に問題もあるだろうね。そして第三夫人を連れて来ましたが女の子を産んで死亡。
そして第四第五と新たな夫人を迎え入れても女の子ばかりで四人目と。いくらなんでも女の子が多すぎる作り過ぎ。
どうしてこんなことをするのかというと男の子がいないと王位指名を受ける可能性が著しく低下するからと推測。一代限りなら次は自分の子ではなくなります」
「悪あがきよね。そんなことをしてもジン君にはかないっこないというのにさ」
カツテのひとりごとに対してみんなは反応しない。これはこの家庭の一つのルールである。
カツテが王家の長男であるジンについて語っている時は反応しない。それは純粋に昔を懐かしんでいるのだから邪魔をしない。
母の昔の恋仲の相手に対して子としては何も言うことは無い。それは夫のアカメもそうだ。
そんな昔の男の話なんかするなよ、とか妻に言ってはならない夫のたしなみ。おいコラやめろとか言ってもそんなのは不毛地帯そのもので無益の極み。
他人の思い出について触れるのはとても危険でもある。
「そして実際に王位指名を受けたのは長男のジン王子となりました。
さて、ここで果たしてインが簡単に諦めるのかは不明。可能性として……この交代時の混乱を突いてクーデタを発動させる可能性があります。実際に3年間も時間がありました。何か準備をしていてもおかしくなはなく、母である王妃様も亡くなられました、これは機会かもしれないと捉えるかも」
「インは卑小な男よ。ジン君が光ならインは闇といってもいいでしょうね。何をしても兄に勝てないからこそ小細工でどうにかしようとする男よ。昔からそういう評判だったし。
王になるためならなんでもするだろうし、その手段を探るでしょう」
……ここで読者諸君に問う。さてカツテのこの兄弟評に読者は少し違和感を覚えているかもしれない。
もちろんその違和感は正しい。イン(銀)が弱くてジン(金)が強い?
そうであるカツテは見誤っている。実際はこの兄弟の構図は馬鹿な兄と賢い弟という関係性なのだ。ずっとそう描かれてきた。
これまでも二人の描写でそこは描いてきたもののそれは作者と読者にしか知らないものである。この物語の登場人物たちはそんなことは知らない。
特にカツテなどは娘時代に数年間過ごした王宮生活の中での印象だけである。
恋するジンはきらびやかに輝いて見えているがその弟のインなど風采のあがらぬ地味男でグズグズにくすんで見えてしまうのは必定。
年頃の娘ならば恋する男以外はゴミクズにしか見えないというのはむしろ貞女の鑑とも言える態度でありまさしく乙女の条件であったろう。
この世で最も保守的な存在とは10代の娘であり、その恋心という自然現象によってその当時の記憶は永遠に脳裏に焼き付いて離れないのである。
だからこそ多くの人が10代の娘の保護に熱心となり宝物として扱いがちとなり、そして扱いに失敗して実家の肥やしにしてしまう不幸も発生しがちなのだ。
さて、話を戻してそうである。その時の印象でカツテはいまを見ているのだ。
インとはどうしようもない存在だと絶対的な自信で以って語るものに対して誰が反対できようか?
それってあなたの印象ですよね? とか某ヒロユキ的な物言いは家族のものは誰も言えない。なんたって実際に会っていないし見てもいないのだ。アカメだって印象を語らない。彼にとってどうでもいい存在であったので印象に、ない! そもそも知っていても妻に意見などできない。
だがしかしここが罠となり、実際に会わなかったサビの母は長男と次男の能力の読み違いによって滅んでしまったのが第一章。
世評や印象を根拠によっての陰謀は逆手に取られてしまった。これは一つの教訓なのだ。そして今回は実際に会っているし知っているというカツテの読みもまた誤りとなってしまっている。
しかも十五年以上前のことだというのにまだ今もそうだと思い込んでいる。だがこれを人は笑えるのか? 誰かを語る際はあの頃と変わらぬことを前提で語ってしまわないか?
十五年も経ったのだからあいつも変わっただろう、からのお前は相変わらずだな~はお馴染みのコンボではないか。
これもまた知っているが見えていないといういつもの罠である。目の前に手をかざせばその手しか見えない。
この手とは自らの思い込みなのだ。思い込みを捨てれば素直で真っ直ぐとした事実そのものを見ることが出来る。
人間はいつだって目の前にある事実を見ようとはせず、かざした自分の掌ばかりを見てしまう。
掌から見えるものは自分の掌でありそこから対象を語ろうとすれば自らの掌しか話せないだろう。その自分の中にあるいわば虚像だ。
その掌を除けることこそが真の知であるがカツテはそうはなっていない。そしてこのことを前提とした計画が立てられているのだから読者諸君は戦慄を覚え始めているかもしれない。
前提が誤っていたら全て間違えているのである。戦略のミスは戦術の成功では補えないということだ。
つまり雑魚だと侮っている次男のインを取り込んで王家入りという、相手の実体を考えれば目を疑うような計画が練られているのであった。
クレナイの説明に戻ろう。
「この計画はテツ君がインの娘と結婚するというもの。これは娘しかいないインにとっては魅力的なものとなると思われます。娘しかいない状態では自分の血縁者は王になる可能性が断たれますが、テツ君の血によって自分の孫が王になる可能性が浮上するわけです。
これが一縷の希望となりクーデタより確実なものになるはず。ただしこれは……サビ、いいかな?」
その場にいるものたちは全員サビの方を見た。その復讐鬼……という設定の男を。
「次回。復讐なんてしても死んだ人間は生き返らない。いつまでもそんなことに拘らないで日銭を稼いで静かに暮らして次第に忘れればいい。
だがしかし、この設定を利用してこの権力争いという空っぽな人間同士の戦いに身を投じる我らが醜男」




