気遣いも度が過ぎれば己の妄想との闘いとなり相手を悪魔化させる。
こういう話である。首や足にかかっていた鎖から解き放たれよ! さぁ奴隷農場から自由にどこへでもどうぞ! と解放されてもそこに留まり『いやぁここで前よりかは良い待遇を受けられてマイペースで畑仕事が出来て僕ぁは幸せだなぁ~』
ぐらいがリスクを取らずに己の人生だが人任せに生きたい凡夫にはちょうどいいのだ。そういうリスクをとりたくないメンタルの人に自律性の高い違う仕事をさせても辛いだけ。
君は明日からスーツを着て人の不安を煽り本当は必要ないものを売るセールスマンとなってビジネス界で闘うのだ! という訴えに乗ったが最後、どうやって仕事をサボるのかに悩み頑張って仕事をするふりに頭を使う悲惨な人生が待っているだけ。
このアカメとかいう男の心理は例えればこれと似ている。母親の言いなりから次は妻の言いなりでそのご機嫌を重視しての人生。
そんな彼に向かって馬鹿かお前は、いいか? 男なら妻を怒鳴ったり殴ったりして従わせろ! とか煽っても彼は絶対に不幸になる。そんなことできはしないし出来たとしても幸せではない。
偉い人の言うことに従って生きるという方法こそが彼にとっての最適解かつ自分に合った生き方なのだ。言葉にもあるではないか、母に従い妻に従い老いては娘に従えと、だからこの三人には徹底的に心を尽くして将来の安泰を願うのみなのである。
ほらあの御土産の山。一緒に連れてきた下男に買えるだけ買わせたのだ。もちろん自分で買うわけがない。なんでこんなの買ったの? と言われた際に人のせいにすることができるからである。
こういう男なのだ。もはや改善するはずもないがこれもまたひとつと男の肖像であろう。所詮男も女も幸せのルートはほとんど似通っているに過ぎない。あの会議での人が変わったかのような活躍も、自分のこの幸福のために全力を尽くしたためであり人間やればできるというひとつの姿でもあった。
そんなこんなでアカメは予定した日にきっちりと帰ってきた。遅すぎても駄目だが早すぎても駄目というそんな塩梅。
「あらお帰りなさい。早かったわねぇ~もっとゆっくりしてくればよかったのに」
カツテは心からそう言ったがアカメはそう受け取らない。将来どころか明日にも何かあった際にこれを前言撤回してなんであの時早かったのor遅かったの、で攻撃してくるという予想しての時間厳守である。
妻が有利となる材料や口実は与えない……こやつ妻のことを信頼していないし嫌っていない? という声も聞こえてきそうだがそんなこたぁない。怖いけど愛しているは成立するし心としてはこの二つは近いところが密接にくっついている気もする。
怖いから愛さないとやってられないとかいう人間心理。現実が恐ろしいからアルコールとかいう怖いものを愛する気持ちのように。旧約聖書に出てくるヤハウェに対する人間の感情に近いかもしれない、ひとつの運命なのだ。
「君の顔が早く見たくて」
「なに言ってるのやら」
カツテは御世辞とかお惚気として簡単に処理したがアカメは心の底からそう言った。君の顔色が見たくて気が気でなかったよというところが正確だ。
ゆっくりしてくればいい? そんなことを言っているがそれは早く帰ってきたからそう言っているだけであり、もしも本当にゆっくりしていったらどうなるのだろう? 私のいない時に一人だけ楽しく遊んでいるだなんて……御自慢の被害妄想がむくむくと育っていきいつかモンスターとなることは疑う余地がない。
そのモンスターはやがてカツテの中にある優しさを喰い殺してその中ににすっぽりと収まりそして夫をいびりだすのだ。優しかった君はどこに行ったの? それはねあなたの不義理によって死んじゃったの、あなたが、殺したの。こういった他責思考があちこちで繰り広げられている不幸なのだ。
そうならないようにアカメは都で遊ぶという幸せを放棄しいわば不幸を選んだのだがカツテはそこを評価している……と期待しての行動と、言語化するとこうなるがこれが将来どうなるのかは不明なものの、とりあえず可能性は一つ潰せたのでアカメの努力は実ったといって良いだろう。
伴侶が怖くならない、素晴らしい可能性である、明るい未来のための条件だ。もっとも、全部が全部アカメ御自慢の妄想力なのだが、彼は自分が妄想していることに気づかない真の意味での空想家であった。
「兄さん! おかえりなさいませ!」
サビの声にアカメはびくりとした。作者もサビの台詞を久しぶりに書いてびくりとした。こうなると読者もサビの声を久々に聞いてびくりとしただろう。
8月21日以来の22回ぶりのも登場となるからつまり9月はお休みだったわけだ。雨が多かったしね。いつも人を驚かせる男だ。そういうのは顔だけにしてくださいよぉ、存在も驚かられたら歩くびっくりマンではないか。まぁ彼だけは驚いてはいない。彼は「やる夫が空気だお~」などといった昔懐かしのメタな主人公自虐ネタなどしない。
「別に俺は存在しなくて良かった。ましてや伯母が俺を庇って死ぬとかあってはならないことだったから、俺はその死と犠牲を否定するために今日も頑張って俺が望む美の神話造りにいそしんでいるわけだ。
テツが王となるその美が勝利する世界の完成形には醜い存在のために死んだ美なんてノイズでしかない。なぜ? でしかないものはこれからの世界にあってはならない、だから消す。
世界はノイズを消去してスッキリとしたものを目指している。雑音なき完璧に調和のとれた美。俺の神話では雑音やノイズ、そういったものを消し去り、そしてそれは世界に受け入れられる。
なぜなら世界は分からなさの『なさ』を消そうと今日も頑張っているのだ。だから俺は分かりやすく醜の御楯となって殉教した母のように生き皆がこの醜さに望む復讐鬼という姿をしよう。
それが醜い俺という存在の世界への貢献であり、世界と統合された存在となれる。そしてテツよ……お前は美しい母親が庇ってくれたおかげで生きているんだ。分かりやすいこの話を信じるのだ。その母親の想いを受け止め背負い王になるのだ」
おさらいまでにサビのここまでの設定を書いたが、彼はこういうキャラである。
そんな彼が大急ぎでアカメに駆け寄り跪いた。礼儀正しくそして隙の無い入り身である。恐れをなしてアカメは一歩後ずさった。気圧されたのだ、サビの期待感とそれと己の罪深さに。
サビはアカメの動きに違和感を抱く。足元に跪いた際に彼の目の前にはアカメの足がある。その足が下がったのだ。今までにない動きだ、いつもと違うことをする、それはひとつの根拠の材料となる。
サビの脳内が稼働し始める。アカメにとって妻との戦いの次はこれとなる。
次回「実は俺がテツを王にならないようにしたのだが許せよサビ、と言ったら下手しなくても殺されるよなとアカメは怯えている」




