評判や世間体を人質にとれ!
危険な存在であるとサビは十五世を見ずに思った。
出会った頃から十五世はサビをしょっちゅうチラチラ見ている。彼は人の視線をいつも気にしているが自分からの視線には無頓着であった。
そんなことあるの? ある。自分はジロジロ見られるのはイヤだが自分はジロジロ見たいというやつ。
ジッと見ている人を見返すとそれはこう答える「なに見てんだよ」と。「そっちが見てたんだろ」「見てねーよ」とかいう不毛な争いが生じてしまう。
視線は権力である。上の俺は見て良いが下のお前は見たら悪い、ほら頭を下げろ。そうであるからサビは十五世を見ない。そして見なくても良い。
彼のこちらへの感想はすっかり了解しているのからである。そのアラ探しの視線、こちらの醜さを堪えてまで見たがるのはそういうことである。
あの馬車の日からサビは覚悟をしていた。これから引き取られる家でどのような扱いを受けるか。
たとえ自分が奴隷のように働かされてもテツさえ無事なら良く、もしもテツに手を出すというのなら力で以って対抗してやる。あの母の養父母のようにな。
これからきっと意地悪な養父母による陰湿ないじめが起こるだろう。だが俺は負けない! ところがあにはからんや、みんな良い人でした、ほんとうにめでたしめでたしだ。
養母となるカツテは音頭を取っての大歓迎で客分あつかいという破格の扱い。
ありがたいがあまりにも都合が良すぎる。もちろんこの幸運は享受すべきだがしかし! どこかに落とし穴や悪意があるはず。そう、光が生まれれば闇も生まれ、光が強ければ闇もまた濃くなるのは必然であり運命である。
そしてそれはなにか? その隠された悪に気づかなければならない。
そうだ偉大な詩人の言葉のように、生きることそれは美しいものに出会うということであり同時に隠された悪を注意深く拒むことでもあるのだ。
それが十五世であるとサビは早いうちに気づきだした。カツテという光のその陰の闇が彼となる。
自分が都のことを詳細に話すとカツテさんが熱心に聞いているその隣の十五世は冷ややかな目でこちらを見ていた。
まるで「おいやめろ」という合図のようでいて、試しに「ところで」と違う話をしようとすると十五世は微かに頷くも「そういえばさっきのさ」とカツテさんが話を蒸し返してそこをまた繰り返すと十五世はまたさっきと同じ目をしてきた。
このことでサビには様々なことが了解できた。十五世は妻の都への郷愁を嫌っているがそれをやめろとは言えないので自分に対して目配せする人物。
つまり人に対してはっきりとものは言えないが悪意はちゃんと向けてくるというものだ。
危険だとサビは思う。これはある日突然に爆発するタイプでもあるはずだ。
いちいち怒るタイプはその場で爆発すれば怒りが収まって……とは必ずしも言えなく粘着性持ちもいるが、そこまで溜め込まないタイプならダメージはまだ軽微だ。
ところが怒りを溜め込み続けるタイプはある日突然爆発して恐怖させる。なんで怒っているの? とだが怒ったものは己にしたら正当なる怒りの理屈を持ち出す。
十年前のあの時からずっと溜め続けてきた怒り! この間の遺恨、覚えたるか! と絶叫されながら眉間を切られたとしても、あとでどう考えても思い出せないから困ったものだ。
おまけにこの男は妻への注意をしないところからも、妻に対する不満もこちらに無自覚に上乗せしてくるマイホーム主義者特有の独善的凶悪さも有している。
まるで妻の浮気を間男に全部負わせて解決させようとする女からしたら都合の良い男の権化状態。
だってお前がいなくなれば妻は元の状態に戻って楽しい家庭に戻れるじゃないか。だったら妻を攻撃する必要とかないんじゃない? 嫌われたくないしさ。
そうだとも君はこの邪悪な色魔に騙されていただけとしたら丸く収まるだけの話じゃないか。
という公平感や正義感をかなぐり捨てた自分の都合の良い方に持っていくスタイル、腐れ家長しぐさ。
だからカツテが自分がこれから都に行く計画を立てたり考えたりしているだけで、こちらの罪業は二人分の×2となっていく。
よって彼の自分にしようとしていることは一つ『追放』であろうとサビは覚悟した。
だがそのためには口実が必要だ。観察の結果サビは十五世の性格をさらに把握していく。
彼は自分から主体となり積極的に何かをしない。もとの性格に加えて境遇もそうさせた。権力者の家で生まれたタイプにありがちだが、自分で何かしなくても周りが何かをしてくれるものである。
「俺は何々がしたい!」とはあまり言わないように躾けられがち。
なぜなら大抵のことは出来てしまうからであり危険なのだ。例えればそれは大砲を撃つようなもの。
出来るが出来ればやめていただきたいと。必要な時が来ましたら撃ってくださいまし。ということで彼は大砲を撃つことは滅多になくその砲弾というのが『口実』である。
「お前が何々という悪いことをしたから不本意ながら俺は大砲を撃つことした」
こういうことである。他律の極みであるが権力者として立派な振る舞いのひとつであろう。
死刑宣告という口実からの処刑と同じことだ。正当な理由がないとできないという権力の制限。
そのように俺は狙われているサビは十五世の視線に警戒している。彼にとって自分は厄介者であり利害関係はなにひとつとして発生しない。あちらにとって自分が味方の顔をした敵なら、こちらにとっても同然。
現在の地位に満足し権力も安泰なものにとってこちらの野望など無価値。
ならばここは……物語を使用し提供する! 俺とお前が神話となるんだよ! そんな具合に無理矢理に巻き込み合体させる。
十五世は『親の仇を討とうと努力する孝行息子を庇護するもの』こうなるものにする。
もちろんこれに十五世自身がこの物語に感動して乗って来ることを願ってなどいない。そんなの興味ないしこっちには関係ないと吐き捨てることは彼にはできる。
容易にできる……だが周りのものはどう見るかな! 一族郎党の評判や世間体はどうなるだろうか?
既得権益に凝り固まったものが大損やマイナスな評判に耐えられるか? いいや耐えられない!
自分では増やせない財産の管理者は大きく目減りすることを極端に嫌う。少しずつの減少は目をつぶれるが大きな減少には気絶する。親から貰った財産で生きるしかないものの苦しみよ。
鏡を見たらいきなり十歳老けたら誰でも発狂するのと同じこと。彼にとって美とは財産であり評判という既得権益なのである。
「あんなことするなんてね……」「お父さんは立派だったのにねぇ……」
こう言われるのを避けようとするのが彼みたいな田舎貴族あるいは郷原のサガである。そうだとも他者からの評判だけを気にするもの「郷原とは徳の賊なり」とはまさにこのこと。
この評判を人質にとることによって自分は追放されず目的を達成させる。よってサビが選択するのは品行方正な礼儀正しき男である。
母みたいな粗暴さは封印し生存選択として良い子を採用する。するとどうだろう、十五世は自分に手も足も出なくなる。
もちろん素行不良による証拠も握らせずに日々清廉潔白を徹底する。十五世に対しては礼儀の限りを尽くし彼を身動き取れなくさせる。口実は与えない、
頑迷固陋な権威主義者は礼儀知らずは迫害しても良いという判断で動けるが、逆に立場を弁えたものに対して守るという性質を持っている。
よく「あれは良いところがあるんだよ」とチンピラを庇う人物が出て来るが、あの良いところとは自分には礼を尽くす、自分の言うことをきく、自分にとって都合の良い存在という意味である。
これで凶悪犯でもケダモノでも「でもあいつは礼儀正しくて律義者だから」と評価してくれる。
反対にどれだけ善良な人でも自分にだけ礼儀知らずで言うことをきかなかったら良いところがあるとは言われない。
これは挨拶をちゃんとしてゴミをきちんと出すというのと変わりはない。その二点を守れば良い人という評価になる。要は近所にいて欲しいタイプであるかどうかなのだ。
どんなに良い人でも……いや違うな、その二点が守れないと良い人という評判にはならない。これが人間のひとつの真実である。挨拶しないしゴミ出しが汚いは問答無用で悪人である。
礼儀知らずで言うことをきかないも排除される悪となる。
話は戻して礼儀正しい若者を十五世は不当には扱えない。たとえどんなに厄介ごとを抱え込んだ醜くて迷惑な存在でもである。
ある意味で媚びを売りつつ下手に出て支配するこの構図。いわゆる「キンタマを握る」状態のままサビの日々は続いていった。
今回の件だってサビにとっては許容範囲。愚かものであるのだから愚行は必須。
テツを王の息子と言わなかっただけでも評価しているところ。いきなりテツを売り払うとかでない限り打つ手はあるし危機を回避できる自信がある。
そんなこんなでテツは三男の元へと挨拶へ赴くこととなる。アカメ夫妻とテツとサビの兄弟、揃って王子様のもとへと参内。
次回は信仰した天女の息子との再会。




