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醜と美そして陰謀論、を物語る。  作者: 神谷尚明
第二章 死を継ぐものたち
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妻を愛する夫の気持ち、その混沌

 

 やってしまったと十五世は震えあがる。


 怒鳴るのではないその静かな口調こそ真に恐ろしい。


 分からない奴は出て行け! ではないのだ。お前は何か知っているのか? という問いでもある。


 いいえなんでもありません、と十五世は答えようとするも肩を掴まれる。


 そして三男の瞳は好奇心によって鈍く輝いている。嘘はいかんぞアカメ、なんでもありませんでは済まされない。


「違うとは何だ、答えろ」

「あっああああ……うわあああああ……」


 この気が小さくて可哀想な男は恐くて泣いてしまった。


 それでも三男は肩から手を離しません。そもそも泣いたからって手を離す理由にはなりません。


 むしろなにか隠しているという気さえする。その涙はなにかの証拠だ。ならば手放さない。


 この三男、絶対のためなら容赦せん!!


 お前は何かを知っているに違いない、さぁ言え、白状せえ、言うまで帰らせないからね。


「あっああ……実は」


 彼は話した。実はうちにすごく綺麗な男の子がいるということを。




「何で話したの?」


 妻であるカツテの声に十五世は涙が出そうになるが堪えた。


 釈放され帰宅後に妻に恐る恐る事情を語ったところ詰められている最中である。


 こっちも泣いたって詰問が収まるわけではない。


 王子の時と一緒である。


 むしろこっちは泣いた方がより酷くなりそうだという予想は付いている。


 泣いて誤魔化そうとしている態度が気に喰わないしそんな無意味なことをしないでほしい。それともなに? 私が悪いっていうつもり?


 ミスに加えて態度も追及の対象になる非情さ。


 このカツテ、夫のミスについては容赦せん!!


 あらかじめ言っておくがこの二人の夫婦仲は悪くはないしかなり良い方だといえる。


 二人は恋愛結婚ではなく政略結婚的なもの。落ちぶれてからの婚姻とはいえカツテ側からしたら下方婚という意識があり不本意であり、ついに実権を握った妻がこれまでの仕打ちの復讐とばかりにといった虐待する展開も十分にあり得るがそれはなかった。


 カツテはこの十五世をミスについて怒ることは多々あれど恨みは少しもなかった。


 それはカツテがこの十五世に元からあまり期待していない点にも理由があった。


 人間関係は期待と落胆の差が大きいとその空いた分だけ憎悪が発生する。


 一万円のものを買ったのに実のところ千円程度の価値しか感じなかったらがっかり必至であり、そこに人間は怒りが湧くのだ。損したという気分が人を凶暴にさせる。


 自分は被害者だと思い込むことは他人を攻撃する理由を正当化させる。


 わがままで差額の九千円ぶんを埋めようとするがそんなことしても上手くできるはずもなく仲は悪化。


 人間の不満はこの「自分だけ損させられている」これに尽きる。


「あんたなんかと結婚して損をした! 私の人生を返してよ!」


 こういうこの世の終わりのような詰問をしてくるから恐ろしい。世界なんか滅びればいいのにね。


 恋愛結婚の場合は期待値がマックスで結ばれるためにこの現象が起きやすい。


 するとどうだろ? その後の生活にて減点法となる悲劇が待っている可能性が高い。


「こんな人だとは思っていなかった! あなたにはがっかり!」


 こんなことを言われたら相手はどう思うのか? 少しは人の心を考えてから言って貰いたいものだ。


 ではカツテはどうかというと彼女はこんな田舎のアカメ一族について全然期待してはいなかった。


 よって十五世がやらかしてもそれほどがっかりはしない。もともと期待値を低めに設定しているため、まぁ所詮こんなものだよなという反応を新婚当時からやっていた。


 だからかむしろ「意外とやるわね」と評価が上がるという現象がよくあったのだ。


 子供はちゃんと作れるし家の財産はちゃんとあるしなんか社会的地位もちゃんと高くて、なかなかやるじゃないのという具合だ。


 二千円で買ったけど四千円の価値を感じるわ、なやつ。


 お見合い結婚の理想のファンタジーとは「相手を徐々に好きになっていく」という点がそれになるだろう。もちろんずっと嫌いなパターンもあるから大変だね。


 カツテの場合は常に上から目線の移住してきた都会ものの視線であるが、嫌味にならないのはそこの文化に形式的に完全に染まりきっているからである。


 よって確認するがカツテが十五世に対して怒ったり憎んだりするときはあまりない。


 二人は良き夫婦であった。しかし時々怒る時がこういう場合である。


 とんでもないヘマをやらかした場合妻は鬼となる。まぁこの場合は誰もが鬼になるだろう。


「はっ話していないよ。テツが王の息子だなんて」


「当たり前でしょうが! そんなこと言ったらあんた! ただじゃ済まさないわよ!」


 もうただじゃ済んでいないよ、と十五世は心から思った。


 俺は妻に怒られるのがこの世で一番嫌いなんだ。


 二番目は王子のわがままに振り回されることで今日はなんという厄日なんだ!


 職場と家で上司に滅茶苦茶にされている! 前門の虎後門の狼によって串刺し状態だよ!


 それにしても、である。なんで自分の妻はあの問題にこんなに真摯に入れ込んでいるのだろう?


 十五世はこのことをいつも考えてしまう。彼にとってあの二人は厄介者でしかない。


 妻はこの二人のおかげで私たち一族の未来は揚げ揚げってわけよ! とみんなを納得させて二人を受け入れさせたが、彼だけは全然乗れなかった。


 バレたときのマイナスを考えたら下げ下げ萎え萎えだろうがこの時限爆弾。


 別にこの二人がいなくてもここでの生活は問題なく安泰じゃないか。


 そらさぁ君が来てくれたおかげでうちの事業の揚げ揚げよ。でもそれ以上はやる必要がないんじゃ? 下手なことはしないほうがよくない?


「そういう意気地のないことを言う人は嫌いだよ!」


 一喝されて黙らされついでに布団の上で平伏し謝罪した。


 妻に嫌われるのは嫌なのでその時以来やる気がある! ように見せかけているのが十五世。


 やる気があるよう見せかけるのだけは上手い、それがこの男であった。


 見た目は中々に立派で椅子に座らせておけば場が華やかになる、これが彼が親から教わった帝王学であった。


 公の場では黙って堂々としていろ、といった手堅い手法を教わりそれを生涯実践しているわけだ。


 そんなハリボテはカツテに即座に見抜かれたがむしろそれでよろしい。強者の理解をすぐに得られるのも悪くはない手である。


 徹底的に強い人とは争わず張り合わずに従いウマを合わせて勝ち馬に乗る、親からそのことだけを彼は教わった。


 ろくでもない親である。だがそれでいいのだ。息子の才能になどまるで期待しない。


 お家大事に既得権益を守るためだけの方法といったどんなバカ息子でも勤まることを教えそれを実践させているのである。


 自己実現とか目指してアホな事業を始めたり、ちやほやされて先物取引にひっかかり家を傾けさせないだけこの十五世はまだまともな部類な上澄み。


 しかしここで没落の危険が発生!


 テツの一件がバレたら一発でアウトの出禁どころか家宅捜査からの御家御取潰しと過酷な仕打ちによる破滅が待っているかもしれない。


 だからあれはかなりヤバいギャンブルであると十五世はいつも思っていた。


 王子をうちが匿う理由は皆無である。だからこれまで王側から一切疑われてこなかったのにやっている。


 どうしてそんなことをするのか……あれかなと十五世は内心で溜息をついた。


 妻は都に帰りたいのかなぁ、と。そりゃそうだよ、と間髪つけず自嘲する。


 こんな田舎の特に何も無いところに何が悲しくて都の一番地一丁目で暮らしていたご令嬢が骨を埋めなきゃならんのだよ。


 都にはここは島流しならぬ山流し伝説がある土地なのだ。千年経ったら妻は悲劇譚として語り継がれてしまうだろうに。


 しかも彼女は王子妃競争での最有力候補だったらしいじゃないか。


 つまりもしかしたら未来の王妃様になれたかもな人がうちにいるってわけだ。それがなんで俺の妻に? とたまに俺自身も不思議な気分になるわけだ。


 いまじゃすっかりとこの土地に馴染み染まっているけれど、身体についた汚れを拭えばやはり育ちや元が違うと思わざるをえない点がね、ああ好き、いつも新鮮。


 いくら自分ん家がこの地元で一番の資産家だとしても都会の名家から嫁を引っ張ってくることは至難の業だというのに、この通り様々な事情が絡み合って出来ているわけだ。


 俺は幸せ者だし本当にラッキーマンだよ。棚から牡丹餅どころか棚から資本景気だ。


 もっとも俺は資本景気なるものは食べたことは無く旅人から聴いただけだが、きっと都の人はそういう名の響きなものが好きなんだろうな。


 俺はこの日々に大満足していてずっと続けばいいと思っているが、けろどこの俺の天女様は故郷に帰りたがっているかもしれない。謂わば天の羽衣とはテツとサビであの二人は俺から天女様をとりあげる厄病神かもしれない。


 あいつらさえいなければ俺の妻はホームシックを自覚しないで済んだかもしれないというのに。


 そうだこれを機にあの二人を追い出して……そうしたら妻は永遠に俺の手元に残るという最高のプランよ。


 この十五世、妻との生活のためなら容赦せん!!


「これで二人があの事件の関係者だと判明して追及されたら……我が家はおしまいなのよ!」


 おっと現実を見ないと、十五世は鬼の形相となっている妻の顔を見ないように視線を下に逸らした。


 天女様のお怒りは正視できぬ。たとえその態度が妻の機嫌を悪化させてもだ。


「じゃっじゃあお断りをして」

「今更できるはずがないじゃないの!」


 だったらどうすればいいんだ、というか俺が望んでいることは妻が怒らないことであって、君はどうしたら怒るのをやめるんだ? そこだけ教えてくれないかな?


 でも駄目なんだよ。こうなると君は俺が何をしても何を言っても怒るしでさ。


 私の機嫌の問題じゃない! と怒るけどこっちからしたら君の機嫌の問題なんだけど。


 も~あれでしょ? ただ単に怒りたいだけなんでしょ? 解決する気とかないんでしょ?


 だったらいいよ好きなだけ怒っていればそのうち気でも済むでしょ。


 駄目だ……ところがこの問題については気が済まないとこれまでの経験で分かるんだ。


 こんなのがずっと続くとか嫌で嫌でたまらない……ああ誰か助け舟をだしてくれないかなぁ…………


「カツテさん、王子のお招きですが応じるのも手だと思います」


 サビは十五世に返事をするようにカツテに言った。


 このサビ、駄目な大人を容赦する。



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