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醜と美そして陰謀論、を物語る。  作者: 神谷尚明
第二章 死を継ぐものたち
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めんぐい芸術家の肖像

 

 愛していた人の顔を思い出してって? もちろんはっきりと思い浮かべられたよ! 


 という人は案外に少ないのではないか?


 一枚絵な画像や写真は思い浮かべられても、想像の中で少し動かしてみたり泣いたり怒ったり笑ったりさせるとどうだろう?


 どちらかというとちょっと曖昧で他の誰かの顔と混ざって違う人のように見えて……


 あっちょっと待ったもう一度画像で確認させてくれ。これで大丈夫、ちょいと混乱したがこのように顔を見ればすぐに分かる、となるのではないか?


 待ってくれ! でも上手くイメージできなくてもその思いは本当なんだよ! と主張したいかもしれない。


 愛は本物だと分かっております。薄情だと疑ってなどいない話。


 ただ正確に思い浮かべられるのとその心の思いが一致するとは限らないということ。書くとなるともっと違う。


 愛すれば愛するほど思い出しにくくなるというちょっとした逆説もあるというもの。


 プルーストもそう書いていて腑に落ちたものだ。彼の小説のヒロインの顔は特に描写されていないのでぼんやりとしている。


 愛するものは神々しいのだから光々しく見えてしまう。光って見えるのだから正確に見えてはいない、だが輝いて見えるのは間違いない。


 人はその光を愛するのだ。だから逆に光っては見えない相手の顔はよく思い出せる。


 はっきり見えていることは警戒の現れでもある。敵を見誤るな。


 そういう嫌いなあいつの顔はよく覚えている。不味い食い物はすぐに思い出せるのと同様な脳の機能だろう。


 身の危険や精神的苦痛や命に関わることは真っ先に覚えておかねばならぬ仕組み。


 快感は忘れやすいが不快は忘れにくい。美は忘れやすいが醜いは忘れがたい。


 しかし人はこういった認識には至れぬ。愛するものの顔を覚えていないなんてそんな馬鹿なあり得ない! となる。


 愛しているのだから全部知っていなくてはならないというそんな思い込みも働いて彼の心はぐっちゃぐちゃ。


 どうしてだ? 思い出せないということに恐慌に覚えた彼は筆を取り線を描くとすぐさま筆を放り投げた。


「違う!」


 ろくに思い出せないのに線だけで違いが分かるというのはおかしくないか?


 いいやおかしくはない。思い出せなくても本物と偽物の違いは人には何故か分かる。


 知り合いに似ているが違う人物の写真を見たら別人だと人はだいたい分かるだろう。


 違いはすぐに分かる、だが思い出して書くことができない。


 厄介で難儀であるが彼はその道を選んだのだ。


 彼女のついての人物画など無いし写真も画像も動画もない。


 ネットの隅から隅まで見渡してもあの美の証拠は残ってはいない。


 参考資料は記憶または陽の光のみである。


 どうする三男? やめる? 現実に戻ろうよ、おーい水島一緒に日本に帰ろうよ。


 だが彼はもはや現実には見切りをつけた、自分はあの天女を描くしかない。


 そうだともここがロードス島だ、ここで跳ぶ!


 美を、追い求めるしか己の生はないのだ。そんな風に自分を追い詰めるのは彼なりの償いかもしれない。


 彼女が残したものはこの世にもはや何も無い。テツは生きてはいるものの三男自身は生きているとは思っていないし諦めている。


 そんな世界において彼が取るべきことは自殺もしくは殉教となる。


 ならば自分は彼女を再びこの世界に甦らせる、その己の手によって。


 彼の挑戦が始まる。情熱的かつ積極的な現実逃避である。


 絵の技術を以前以上に学び天女をキャンバスに何とか描こうとするも、駄目。


 違う違う違う違う違う、何かが違う。


 その何かとは何か? その何かを求めるため彼はAmazonならぬ本物のジャングルに向かう。


 大自然の中での神秘的な光や闇を見たり生命の危機を体験したらその何かが分かるかもしれない。出会ったあの時と同じ霊感というインスピレーションを得るやもしれぬ。


 もはや修行の域であるが作家とはあらゆる体験を作品に生かせるものなのだ。文鳥を飼った経緯の体験を書いたら名作になるとかもそのひとつ。


 この探検もそうだし山頂に登り日の出を睨んで見たりしたのも全て彼の美への探求といえる。


 絶対への探求! キャンバスに赤の一線のみを描くのはもしかしたら答えはこれかもしれないという試みである。


 または黄色で丸を描き斑に描く抽象画もそこに天女がいるかもしれないという賭けである。


 知られざる傑作のようなカオスそのものなキャンバスに絵の具を殴りつけた無秩序さに絶対が潜んでいるのかもしれない。


 その思い出せない絶対的な美。彼は知らないのではない。


 知っているからこそ違うとはっきりと言える。失われた美を求めているだけなのだ。


 だからこそ出口はひとつしかなく試行錯誤の地獄へと落ちた。


 これが俺の罰で地獄なのだしかしだからこそ天国へ行ける辿り着ける! 


 己自身を奮い立たせ今日も彼女を探す旅を続ける。最近では道具も自家製にし紙だって自分で草を研究し濾したりして作り上げている。


 もしかしたらここに天女がいるかもしれないという妄想に憑りつかれているからだ。


 お分かりのようにこんなことをしても辿り着けないのだ。美はもういないじゃない。そうか、よかった。ではない。


 彼が求めているのは実のところ彼女とその彼女が取り巻く環境そのものであったのだ。


 あなたが愛したのはそれだけではなく『その時』でもあった。


 もうあの頃とは違うのだ。ごめんね、あの頃には戻れないの、イヤだぁ!! 例えば高校生の頃に戻りたいという願望は身体のみそうなっても……すっごく嬉しいが微妙にそういうことではないということである。


 あの頃の生活環境含めて戻りたいということ。逆にいまの身体であの頃に戻ってもちょっと困る話と同じ。


 これじゃ足りないってセットで頼むよセットでさ。トンカツ定食を描くのにトンカツだけ書いたらそれは『違う』よね。


 つまり三男はそういうことをしているのだ。それでは事件は迷宮入りだ。


 そんなこんなで今日も今日とて彼の部屋には常人には意味が不明なみょうちきりんな前衛的な絵が転がっている。


 始めの頃は分かりやすくもの凄い美人画を描いており絶世の美女ですねと伝えると彼は烈火のごとく怒りだして怒鳴ったものである。


「そんなものは美じゃない! 偽者だ!」


 本当に気難しい芸術家である。


 満足のいかない壺は叩き割りまくるのも不本意なものを後世に残すのは芸術家として良くないということなのだ。


 彼にとって美の出来損ないはただのゴミであり興味のないもの。自画自賛なんて出来ない芸術家。


 さて、長々とめんぐい芸術家となった彼の話を書いてきたが彼は為政者であるもこんな人間に統治能力など当然ながら無い。


 歌とか芸術系のコミュニケーションを取るという目的なら、それは政治に役に立つが己の世界に没頭しているものにそんなことは出来はしない。


「生活? そんなものは召使に任せておけばいい!」という台詞を引用しての丸投げ。


 芸術家と宗教家は政治家をやってはいけないということだ。一方で似非芸術家と生臭坊主は良い政治家になりそうだが政治屋・詐欺師に近い存在。


 よって代理となるものがこの地区をまとめるわけだが、そこにアカメ一族のものがいた。


 カツテの夫である十五世は三男のお目付け役の一人であり、この地における土豪であり地主であり農家であり政治家であり顔役である。


 美に狂った三男に代わり政治をとりしきっているわけだ。


 そんな彼はある日のこと、ひとつの美人画を見て驚愕した。似ている、と。


 そうテツとそっくりなのだ。彼の整い過ぎている顔とこの絵の女の顔が瓜二つなのだ。


 あれから十年が経った。日に日にテツは母に似ていっている。


 だったら完成してね? と思うだろう。第三者から見たらこれでもう良いじゃないですか。


 ほらこれを美の究極だとして世に広めて売りましょう、と勧めてそれに乗る芸術家はいるだろう。


 まだまだ究極とは言えないが仕方がない、これまで金もかかっているし少しは元は取らないと次が無いからな。


 そんな風に自分は不本意であるがやむを得ず、ということで販売し出資したパトロンは元を取ったり利益を得て、また彼に出資するというそれが普通の流れである。


 この作者がちょっと不本意だと思っていた作品が彼の代表作となることになったり、これが俺の最高傑作だという意気込みに反して評価が芳しくないとなりがちだから世の中は思い通りにならぬもの。


 だがここは異常空間。真の芸術家になってしまった彼はそんなことは考えない。


 心から納得するものを描けなければ気が済まない。金なら唸るほどあるわい! 俺は風流天子なんだよ! 生涯で一作でも心から満足できるものが出来ればいいではないか! と芸術家の本願を本気で叶えようとしているのである。


 だがそんな心などまるで分からない地に足の着いた現実を生きるちゃんとした人はそんなことには理解が遠く及ばない。


 こんなにあの息子であるテツに似ているのにいったい何が不満なのだろうと十五世は考える。


 自分には芸術は分からないけどあの三男様という芸術家が違うというのなら違うのだろうが……なんだろう? そしてこんなことを口走る。


「何が違うんだろうか?」


 三男の手が止る。それは聞き捨てならぬ言葉である。


 こんなに美なのか、こんなに上手いのに、これで完成ですよ、こんな言葉は履いて捨てるほど聞いてきた。


 そんな世迷い言は振り返らずに分からぬやつだと裏拳で粉砕してそれで終わりである。


 だが……違うとは何だ? 彼は裏拳をせずに自らの頭で振り返った。


「アカメ……違うとは何だ?」




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