美を愛し醜を憎む娘
いま一度確認するがサビの願いとはテツが王の座に就くことであり、カツテの願いは王子の義母として都に一族を連れて帰ること。
両者の夢が一致していることによりその肝心なテツには帝王教育が開始されることとなった。
「王となるのだからこの頃から教育を始めなきゃいけないわね」
ということでカツテは昔取った杵柄とばかりに帝王学ならぬ幼児教育を開始する。
彼女の知識はお妃受験時代のものであるがそれの応用である。知識や礼儀作法を習わせ理想の王子を育成するのだ。
「ちょっと手伝ってちょうだい」
呼ばれたのは彼女の二人の子でまず紹介する娘の名は『紅』である。以下クレナイとする。長女であり妹だ。
カツテには二人の子供がおり長男が次期当主となる予定の十六世であり以下ジュロとする。
ジュロはサビより三つ年上でありクレナイはサビの一つ下となる。
子供の年齢差は誰もが知っているようにかなりシビアなものとなりがちで身体的にも心理的にも繊細なものとなる。
誰が同い年で誰が年上で誰が年下かで人間関係の機微が決まってしまうしそれが己の運命となる。
たとえば「あいつが年上だったら最悪だったな」という同期と先輩の評価は後輩にとって災難といえるものだ。たかが一年違うだけで理不尽なことは多々あるその懐かしさ。
この場合においてもしもサビと同い年になるは苦しいものとなるであろうが。
競い合い助け合う関係になるが、あまりにも彼が強く上になるのは分かり切っているので競い合うよりも結局は支援に回るタイプしか残らなくなる。
これもまぁ元気が有り余って男同士戦うのが好きなタイプでないなら良い関係かもしれない。
確実に最悪なのは一つ年上あたりである。
強すぎる年下に対して半端な立ち位置にいるとどうしていいか分からなくなる。力を見せつけなければならないのだがこいつ強い! という場合にどうする?
そもそもどうするとかいう判断が出てくるあたり既にもう動揺している。
無駄にエバリ散らして従わせようとすると逆襲を喰らい頬を抓られ足を踏みつけられる羽目に陥る。
年上の面子を捨てて従う代わりに暴力を許してもらうしか生きる術はないだろう。
ところが三つ以上離れると事情は大きく違う。小学三年生と中学一年生は絡む理由があまりなくなる。
これぐらい離れると自然かつ対立が発生せずに理想的な関係を築けるであろう。
それにここはいわばサビにとって転校先でありよその土地。もっと言うと都会っ子が田舎に越してきた状況でもある。
逆ではないためにジュロの立場は圧倒的に上であった。
「うわっ! やっぱり凄い顔をしてんなお前。いつもみんなびっくりするから覆面とかを被った方がいいんじゃね?」
年上の男の子らしく年下の男の子にはっきりとこんなことを言ってくれる。カツテはそんなこと言うんじゃありませんと言い掛けたが、止めた。
正直なところ見るたびに内心びくりとするため可能だったら常時覆面をして欲しいとは思っている。
「分かった。俺の顔を知っている人がやってきたらバレてしまうから外出する際は基本的にした方が良いな」
家にいる時も頼む! とは言えないが外にいるときは是非ともして欲しいのでカツテはそこを了承した。
家族以外にはあまり人に見せないもの、それが彼の醜い顔というもの。これが彼の醜さについて大きな変化となる。
「おいサビ。ここらへんのことで分からないことがあったら俺に言えよ。俺に知らないことなんて何も無いんだからさ」
世界観が狭い田舎の少年らしい屈託のなさを示してくれたことにサビは安堵した。
この地で一番の家の子がとてもまともそうなうえに家長らしさを振り回すのを見て助かったと感じた。
これが争ってきたりやたら競ったりしてくるタイプであったら大変だと。たとえばテツのことで揉めて来るタイプだったら……一大事だ。
自分は運が良いと彼は感じた。不幸はあったがその後は幸いが続く、これぞ不幸中の幸いだ。
こういう風にしてサビはジュロの方を見ていたが……背後にあるものに目をくれていないのが不幸となる。
見なかったもの、見えなかったもの、見ようとしなかったものに人は討たれるのだ。
ジュロの後ろにいる妹のクレナイはサビの一つ下、ほぼ同い年の彼女もまたサビを見ないでテツを見つめている。
なんて綺麗な子だろうと。いつもの感想を抱くしこの先に永遠に変わらぬ想いを心のうちに秘めている。
この子がいる空間で呼吸するだけで心が清められ幸福な気分だと。
このクレナイという子に母であるカツテは少し不安があった。大人しいな、と。
ちょっと引っ込み思案と言うか物静か。手のかからないのは良いがそれにしては元気がない。
自分の子供の頃と違うがこれは父親にそっくりということか?
夫である十五世はどちらかというと大人しいのでそこに似ていると?
言われてみると息子の方が自分の性格に似ていよう。けれど女の子も強くないと将来不安になるし。
そもそも顔や体格は自分に似て小柄なのだからせめて気が強くないと将来苦労してしまうのに。
こんなことをカツテは母親らしい悲観的な見方で娘の将来を心配しているものの、テツを見つめるその眼の光は母親そっくりであった。
都という故郷を思い偲ぶ際の目の光をそのまま宿している。
それからクレナイはサビに気づかれぬ角度でその顔をじっと見つめて思うことはひとつ……こいつさえいなければ……この醜いやつがいなければ……
これもまたあの妄想に憑りつかれた際のカツテの目の色と同じなのだ。
暴力と狂気の闇を宿した赤眼。だがそれをサビは見なかった。そしてこれからも見ない。クレナイは見せないようにし続ける。
その紅き意思こそがやがてサビに災厄をもたらすがそんなことはまだ分からない時。
かくして彼らの子供時代が始まる。




