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醜と美そして陰謀論、を物語る。  作者: 神谷尚明
第二章 死を継ぐものたち
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字は何のために覚えるのか? 始めに何を書くためのものか?

 

 サビだが彼は字が読めず書けなかった。言葉と字が離れ共に無かった。


 はじめに言葉があり、言葉は神と共にあり、言葉は神であるように彼は障害を感じさせずに喋れても読み書きがまるで出来ずにいた。あたかも背くかのように。


 カツテは学んでいないだけでしょと教えても彼は首を振るばかり。


「いや、俺には必要ないから別にいいよ」


「いや、良くないでしょ。教えるから覚えなさい」


 それでも覚えないし読めないし書けない。


「問題ない。俺はそんな高級な仕事はこの先しないよ」


「いやいや困るでしょ、あなたの将来で字が読めないというハンデも抱えちゃ」


 だがいくらやっても駄目であった。筆を持たせて線を引かせるとあらぬ方向に動き字にはならない。読ませようとしても沈黙したままである。


 これが馬鹿な男の子だったらふざけているのだろうと叱るところだが、サビはそういう子ではないとカツテも分かっているのでこちらは首を捻るばかり。


 こんなことがあるのかと。喋れば子供とは思えないほど賢さを現してくるというのに、読み書きを教えても出来ないだなんて。


 そういうこともあるのかもしれない、だがこれは何かの呪いのようにもカツテは思えた。何かこの子の内面の事情によるのではないか? 字を拒絶しなければならない事情……醜いから?


 なるほど、顔が醜いのは人ではないという可能性があるということか。人の言葉はギリギリ話せるが他のはできないと。そういうことにとりあえずしておくか、その顔ならなんだか納得。


 なんとも酷めな納得感だがサビは勉強ができない。これは彼の今後にとって重要な点となる。


 また何度も述べることになるから心の片隅にでも置いておいてもらいたい。


 これは転生した異世界先の字がまるで読めない状態だと考えてよろしい。言語的な意思疎通は出来るが文書的な意思疎通が出来ない。


 これも当然のちに約束された不幸の理由となる。


 その代わりに彼が熱心に学んだのは武術や格闘技であった。母も己の強さに頼り切ったのではなく武術や格闘技を学んでいたからこそ自分達を守りきれたのだ。


 だからそこを見習いテツを守るためにさらに強くならないといけない。自分は読み書きなんかしない。そんなものは必要ない。そもそも字とは何のためと言われたらそれは……


 俺はそれをもう……捨てたのだから……


 この覆面を被った少年がジュロや他の男の子たちと稽古を積んでいる間にテツは家の奥にて勉学に勤しんでいく。


 物心つく前から彼は未来の王となるべく様々なことをカツテによって教え込まれていた。


 王としての歩き方から振る舞い方、それは夫になるはずだった王子である長男をイメージしてのこと。理想の王子としての歩きかたに座りかたなどなど型をはめていくのだ。


 そう王妃になれなかったのなら王の義母となってやるという復讐心が彼女の心を奮い立たせる。


 そして自分をハメてここに落としたあの偽妃を引きずり降ろしてやる! ついでにお前の悪辣な過去の陰謀も暴いて夫婦仲もめちゃくちゃにさせてやれ。


 最悪離縁となるがそこは究極的にあなたがあの人に愛されていたかどうかの結果だから私のせいじゃないのよ、結局はあなたの、せい、うへへ、私は悪くないも出来てとても気持ちが良い。仕返ししても悪役にならないというのが肝心なのよね。


 復讐と妄想が合体したらそれはとどまることを知らなくなる。今日も今日とてネットにはその脳内ポルノによる成果物が溢れて止まらない。


 さて、そんなお母さんの傍らには娘のクレナイがいた。勉強中のテツの世話をする係であり義姉としてここにいる。


 するとある人は予感を働かせるかもしれない。


 なるほどカツテは自分が王妃になれなかったから娘をテツの王妃にしようとして、その夢を叶えるつもりであるのか、と。


 先に正解を述べておくとカツテは全くもってそんなことは考えてはいなかった。


 彼女の夫や息子がそう思っているところだし彼女ももしかしたらそうかもね、とお茶を濁しているがそんなつもりはさらさらない。


 なんで? 自分の娘を王妃にしたらアカメ一族も大喜びだしやらない手はないだろうに。


 保護者であり親族のサビもそれを断る立場にないし、むしろその暗黙の了解があるから匿ったのではないのか?


 読者のかたはお分かりのようにカツテは都に戻るのが目的なので王妃問題は二の次である。


 だいたいのところさぁ、とカツテはこのことを考えるといつもこめかみが痙攣する。


 なんで自分が出来なかったことを娘にさせないとならないの?


 これである。しかもこんな大人しくてやる気のない子にそんなことさせるつもりはない。


 そうそうクレナイもクレナイであまりそういうのに興味が無いように見えるわね。


 そこは野心が薄い淡泊な夫に近いのかも。それに大きくなるにつれてテツの尋常ではない綺麗さは光を帯びている。


 危険な美と言っても過言ではなく的確な表現。人を狂わせる美だ


 このあいだ、間違えて年頃の女の子と鉢合わせてしまったら黄色い嬌声をあげていた。


 一目見ただけであの反応、危険だ。デンジャラスビューティーは名作。ミスコンを通じての女たちの友情が描かれていて偏見を含め色々なものの見方が変わる一作。


 そうそうテツも外出時は覆面か傘で顔を隠さなければならないが、カツテはそこは兄弟だなぁと思う。


 他人に見せてはならないという点でこの醜と美は似ているかもしれない。


 似ていないのに性質は似ている、か。やはり兄弟という属性に似通っている。


 やたら人に見せてはならない。それは人の意思に強い影響を与えてしまうからである。


 サビの周りには女の子は集まらないし来ても覆面の下の顔を見たら悲鳴を上げて逃げ出し二度と近づかない。


 テツの方は嬌声を娘たちが上げて近づいてくるが二度目はない。


 そうなったら出禁とする。残酷なようだけど仕方がないこと。ここをサビに任せたら良いのだろうけど、あの顔を見せて追っ払ったりするのは人を殴ったりして追い出すようなものだから我が家の立場としてはあまりさせたくはない。


 よってテツと会える女の子は厳選しないとならない。年頃の娘は出来るだけ避けて歳が離れた大人の婦人が良いがそれでも何が起こるか分かったものではない。


 それにしてもとカツテは苦笑いする。自分はテツは綺麗だと思うがあまり惹かれないのだなと。


 義母や教師という役割を担っているから義理の息子や生徒に対してそんな気は起こらないのは確かだろう。


 そう考えるとクレナイも義姉の役目を担っているからテツに対して冷静沈着な態度でいられるのだろう。


 その態度は母親としてとても嬉しい限りである。


 発情した娘が男に夢中になっている姿は見苦しいものだ。ましてやそれが自分の娘ならなおさらだ。


 それに自分のような感情や思考だとしたらクレナイがテツに恋心を抱くはずもなく未来の王妃になりたいなど言うはずもないだろう。


 この点はカツテは安堵した。自分の娘の頼りになるところと未来に対して不安を抱かなくて済む点についてである。


 ……ところが違うとはカツテは知らないところ。親は子を実は見えていないという一例。知っているが実は知らないがゆえの悲劇が始まっている。


 読者も以前の回で知っていようがクレナイはテツが大好きである。


 幼馴染として義姉として彼だけを見つめる人生となる。鉄に狂わされた栄えある女一号ことクレナイとなる。


 そこは後々いくらでも話すので今日も家の奥では礼儀作法や勉学がカツテによって教えられている。


 家の外ではサビが修行を積み来る日を待つ日々であった。流れていく時、そしてそれは関係の破滅を約束するような未来を待つ日々でもあった。


 次回、例の三男のその後を見る。打ち砕かれた信仰、神と共にいられなくなったもの、現実を捨てたもののその後。

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