表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、不正会計を暴きます ~地味な書記魔法の私ですが、辺境伯領を立て直したら冷徹辺境伯がなぜか離してくれません~  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/39

035 初雪前の公開棚卸し

北境に最初の雪の匂いが降りてきた頃、公開記録室では“初雪前の公開棚卸し”が始まった。


名前の通り、冬に入る前の備蓄を住民立会いで数える行事である。

王都の役人なら眉をしかめそうな催しだが、エリシアに言わせれば、むしろこれをやらずに冬へ入る方が正気ではない。


前庭の長机には今日だけ特別に品目表が並ぶ。

穀粉、塩肉、乾燥豆、薬草束、包帯、薪券、橋補修用釘、ベルメ携行焼き。住民代表、監視所代表、村代表、工兵、遺族会、そして希望者が立ち会い、倉から出した数をその場で確認していく。


「本当に全部見せるのかい」


王都から来た若い会計官が呆れたように言った。

研修扱いで派遣されてきたらしいが、初日から顔に“こんなの非効率だ”と書いてある。


「はい」


エリシアは当然のように答える。


「隠した方が、後で時間がかかりますので」


彼は半信半疑のまま、公開棚卸し表の余白を覗き込む。

余白には“立会人異議欄”と“現地体感欄”がある。倉庫内温度、湿気、袋の匂い、虫食いの有無。数だけでは見えないものを、後で責任逃れされないように先に書くのだ。


「そこまで必要ですか」


「去年なら必要でした」


一言で黙る。

実例があると強い。


倉を開けると、今年の備蓄は去年より目に見えて整っていた。袋の積み方が揃い、品目ごとの札がつき、受払表が表に出ている。誰がどの便で何を受け取ったか、その場で見える。


「二番監視所、薬草束二十」


「確認」


「ベルメ携行焼き、一二〇〇枚」


「待った、それ昨日追加した分も入ってるだろ」


「入ってます」

とミラ。


彼女は今や、記録見習いから正式な補給記録補佐へ昇格していた。靴の減りは相変わらず早いが、字の伸びも同じくらい早い。


「だからこそ別欄です。補給便追加分、ここ」


指差された欄には、たしかに追記があり、追加便を運んだ工兵とベルメ組合の副印まで押してある。

若い会計官は絶句し、ハンナは誇らしげに鼻を鳴らした。


「うちの焼き菓子、もうごまかせないだろ」


「ごまかしたくないです」


「言ったね」


ベルメ携行焼きは、結局そのまま正式名称になった。候補の中では一番ましだったからだ。王都ではまだ“兵糧菓子”と呼ぶ人間もいるが、北境では皆この名で通じる。


棚卸しが進むうち、予定外の問題も見つかった。

第四倉の毛布箱が二箱ぶん、帳簿より少ないのだ。

周囲の空気が少しだけ張る。去年までなら、ここで曖昧な咳払いが起きて終わっていただろう。


だが今は違う。


「止めます」


エリシアが言うと、誰も反対しなかった。

その場で箱札、搬入票、貸出記録、補修回収欄を照合する。ノエルが一覧を出し、ミラが貸出先候補を走って確認し、工兵の一人が「あ」と手を挙げた。


「橋工事の仮宿舎へ回した分、返却票を書いてませんでした」


「何箱」


「二箱です」


「理由欄」


「夜の冷え込みが想定以上で、急ぎだったので」


エリシアはその男を睨まなかった。

必要なのは責めることではなく、痕跡を埋めることだ。


「次回からは急ぎ便欄を使ってください」


「はい」


「今回は現認済として、今ここで追記します」


若い会計官がぽかんとする。


「それで終わりですか?」


「終わりです」


「叱責とか」


「必要なら後でやります。でも今は冬の準備が先です」


帳簿の問題は、見つけた時点で半分終わっている。隠さず、その場で直せるならそれが一番いい。前世ではそれが難しかった。誰も“問題が見つかったこと”を自分の評価へ傷として嫌がったからだ。

でもここでは少しずつ違ってきた。


昼過ぎ、棚卸しが一段落すると、前庭に大鍋が出た。

今日の汁は豆と山羊乳、それにサンティルで増やし始めた薬草が少し。橋工事の人足も、監視所の兵も、村代表も、王都から来た若い会計官まで同じ鍋を囲む。


「変な感じです」


その若い会計官がぽつりと言った。


「何が」

とエリシア。


「帳簿って、もっと閉じたものだと思っていました。見るのは上の人だけで、現場の人には読ませないものだと」


「そうしている場所も多いです」


「でもこっちでは、鍋の横にある」


たしかに、その通りだった。

今日の棚卸し表は鍋のすぐ脇に立てかけてあり、誰でも覗き込める。数字と生活が同じ距離にある。


エリシアは少しだけ考えてから答えた。


「帳簿は閉じてもいいんです。原本や証拠は守らなければならないので。でも、閉じる場所を間違えると、人まで閉じ込めてしまいます」


若い会計官は真剣な顔で頷いた。

たぶん今日のことを王都へ持ち帰るだろう。それだけでも十分だ。


夕方、棚卸しが無事終わり、公開表が掲示板へ貼り出された。

穀粉充分、薬草束十分、毛布差額解消、橋補修用釘追加発注、ベルメ携行焼き今季増産決定。

住民たちがその前で足を止め、指をさし、質問し、笑う。


ルシアンは少し離れた場所からその光景を見ていた。


「順調ですね」


エリシアが隣へ立つと、彼は頷く。


「去年の冬とは違う」


「ええ」


「来年はもっと違う」


そう言い切られると、こちらまでそう思えてくる。


空からは、細かな初雪がちらつき始めていた。

新しい靴のつま先に白が乗る。すぐに溶けたが、その一瞬だけ冬の始まりを告げる印みたいだった。


公開記録室の仕事は、きっとこれからも終わらない。

でも終わらないからこそ、積み上がるものもある。

今日数えた袋も、直した返却票も、鍋の横で交わされた質問も、全部が次の冬を少しずつましにしていくのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ