表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、不正会計を暴きます ~地味な書記魔法の私ですが、辺境伯領を立て直したら冷徹辺境伯がなぜか離してくれません~  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/34

027 盟約結界、再起動

王家の復記印が届かないまま、公開記録帳への記載作業は始まった。


階段の中央に長机が追加され、王宮前広場そのものが巨大な記録室になる。これまで見たどんな会計処理よりも騒がしく、どんな宮廷儀礼よりも真剣な場だった。


「ベルメ村、代表ハンナ・ベルメ」


エリシアが読み上げ、ハンナが村印を押す。

横でエドガーが監査局確認印、ルシアンが辺境伯印を押した。続いてガルド、エルザ。遺族、納入者、証言者。印泥の赤が、白い頁に次々と増えていく。


「次、北境薬資未達被害者遺族」


「ここだ」


「次、橋修繕未払い工兵代表」


「私です」


もはや三村だけではない。消名によって連鎖的に削られた支払い、遅れた薬資、未達の備蓄まで、関連記録として一緒に紐づけていく。北境公開記録帳は頁をめくるごとに厚みを増し、ただの証拠ではなく、“戻すための仕組み”そのものになっていった。


遠隔水晶板の向こうでは、北境の霧がまだ渦巻いている。

銀爪の群れと、霧に紛れた獣影が時折ちらつくたびに、広場の空気がざわめいた。


「急げ」


サイラスが王都まで駆けつけていたわけではない。だがルシアンの声には、彼と同じ焦りがあった。


その時、階段脇の近衛が騒ぎ出した。

印箱係が見つかったという報告だ。だが運び込まれた箱は不自然に軽く、蓋を開けた侍従が青ざめる。


「空です……!」


広場が凍りつく。


誰かが抜いた。王家の復記印だけを。


バルタザールがなおも平静を装う。

「残念だが、印がなければ正式復記はできまい。ここは一度――」


「できます」


エリシアはその言葉を遮った。

自分でも驚くほど、声がよく通った。


「補遺二には、王家名代の立会いと復記意思の明示があれば、印は後追いでも仮復記成立とあります。公開の場で王が名を読み、記録官が書き、辺境伯と現認人が押している今、この帳簿はすでに動いています」


「詭弁だ!」

アルノルトが叫ぶ。


「では陛下、ご意思を」


エリシアは国王へ向き直った。


「ベルメ、フォーエン、サンティルを、王家の保護記録へ戻すとここでおっしゃってください」


広場の全員が、国王を見た。

王は長く沈黙した。その間にも遠隔水晶板の向こうでは、砦外縁で銀の影が増えている。


やがて老王は、ゆっくりと立ち上がった。

侍従の助けを振り払い、自分の足で長机の前へ来る。


「余は」


その声は震えていたが、確かに広場へ響いた。


「ベルメ、フォーエン、サンティル、および消名により不利益を受けた北境の民を、王家の保護記録へ戻す」


その瞬間、空気が鳴った。


本当に音がしたのだ。遠雷に似た、しかしもっと近い振動。長机の上の公開記録帳が微かに震え、インク壺の表面が揺れた。


ハンナが息を呑む。

エルザは杖を握りしめ、ミラは思わず「うわ」と声を漏らす。


「続けます!」


エリシアは頁を押さえた。

止めてはいけない。今こそ最後まで書き切る時だ。


その時だった。

階段上からバルタザールの側近が飛び出し、長机へ突っ込んできた。狙いは公開記録帳そのもの。抱えて逃げるか、最悪破る気だ。


「させるか!」


ミラが机へ身を投げ出し、帳簿を抱え込んだ。側近の手が帳簿の端を掴む。紙が嫌な音を立てる。


次の瞬間、エリシアの指先へ残響が走った。


――右から来る。油を撒いた。


とっさに帳簿の左端を引く。側近の懐から落ちた小瓶が石段で割れ、油が広がる。火をつけるつもりだったのだ。


「衛兵!」


ルシアンが剣の柄で男の腕を打ち、エドガーが倒れ込むようにして小瓶の残りを蹴り飛ばす。周囲の近衛が遅れて男を取り押さえた。


アルノルトが顔を歪めた。

「無能どもめ……!」


その失言を、広場の全員が聞いた。


一方、水晶板の向こうでは北境の空が裂けるように白く光り始めていた。

結界が壊れる前触れか、それとも――。


「次の頁!」


エリシアは叫ぶ。


「北境監視所、二番、三番、四番。記録上の優先補給復旧!」


ノエルはいない。だがここには王宮書記官も、監査局官吏もいる。全員を使う。

書記たちは最初戸惑ったが、国王が「書け」と命じると一斉に筆を走らせた。


「薬資復旧!」

「備蓄復旧!」

「橋修繕優先!」


一つずつ書き、現認人が確認し、印が重なる。

赤、黒、深緑、村ごとの色。秩序だった印の列は、まるで結界を縫い直す針目のようだった。


そして最後の欄に、国王が自ら名を書いた。


本来なら復記印が押される場所だ。

だが今はない。ならば名で代える。

王の筆跡そのものが、公開の場での責任になる。


その瞬間、遠隔水晶板の向こうで白い線が走った。

砦の上空に、まるで新しい地図を描くように光の格子が広がっていく。霧が裂け、銀爪の群れが弾かれる。北の山肌に沿って、古い石標が次々と淡く輝き始めた。


「……戻った」


ハンナが呆然と呟く。


ベルメへ続く山道。フォーエンの森。サンティルの旧薬草谷。正式図から消されていた北の線が、光となって現れている。


盟約結界が、再び動き始めたのだ。


広場は一瞬、声もなくその光景に見入った。


次いでどこからともなく歓声が上がる。遅れて別の場所からも。王都の真ん中で、辺境の光景へ歓声が上がるなど、誰が想像しただろう。


エリシアは帳簿を抱えたまま、しばらく息もできなかった。

書いた。読んだ。押した。たったそれだけなのに、世界が応えた。


ならばこれまで消されてきたものも、やはり人の都合で消されていただけなのだ。


戻せる。

戻せるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ