表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、不正会計を暴きます ~地味な書記魔法の私ですが、辺境伯領を立て直したら冷徹辺境伯がなぜか離してくれません~  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/39

023 王都の階段で名前を読む

王都へ入る門の前で、エリシアは一度だけ立ち止まった。


高い城壁。磨かれた石畳。整然と並ぶ衛兵。春の陽に照らされた塔は美しい。何も知らなければ、ここが国の中心だと素直に信じられるだろう。


だがエリシアにとっては、帳簿の上だけ綺麗に整えられた場所にしか見えなかった。


「顔、怖いですよ」


ミラに小声で言われ、深呼吸する。


「そうでしょうね」


検問では、エドガーの通行札が効いた。

監査局特例の赤印を見た衛兵は露骨に眉をひそめたが、止めはしない。第一王子名でエリシアの立入は禁止されていたはずだ。にもかかわらず通れてしまうのは、命令同士がぶつかると現場が弱い方へ従う、いかにも役所らしい構造のせいだった。


「あなた、本当に役所向きですね」


エルザが皮肉混じりに言う。


「褒め言葉として受け取ります」


王宮前広場には、すでに人が集まり始めていた。

公開監査会と銘打たれたせいで、貴族だけでなく商人、役人、記者まがいの書き手まで集まっている。階段の上には第一王子側の近衛と、王直属の近衛が別々に並び、空気がぎすぎすしていた。


ルシアンは上段にいた。

王都滞在のせいか軍装ではなく礼装だが、顔つきは白鐘の夜と変わらない。こちらを見つけた瞬間、その目にほんの一瞬だけ強い安堵が差した。


それだけで、喉の奥が少し熱くなる。


「来たか」


階段の途中まで降りてきたエドガーが、平然とした顔で言う。


「五分で始まります。その前に、できれば騒ぎを起こさないでください」


「それは難しい相談です」


エリシアが答えた時、上段から嫌味な声が降ってきた。


「誰の許しで、そこにいる」


第一王子アルノルトだった。

以前大広間で見た時より、やつれて見える。だが目つきの険しさは増していた。


「立入は禁止したはずだぞ、エリシア・ローウェル」


広場がしんとする。

王子が直々に名指ししたのだ。皆、次の言葉を待っている。


エリシアは階段の下で一礼した。


「監査局特例通行札に基づき、公開監査会の証人として参りました」


「証人?」


アルノルトが見下ろす。


「そんな辺境の民がか」


その“そんな”で、後ろに立つハンナの眉が跳ねた。エルザは杖を握り、ガルドは無表情のまま一歩前へ出る。


エリシアは静かに台帳を開いた。


「はい。辺境の民です。そして、記録から消されていた民でもあります」


階段の下で読んでしまおう、とその瞬間に決めた。

会が始まるのを待っていたら、形式に飲まれる。先に空気を変える必要がある。


「ベルメ村、ハンナ・ベルメ」


名前を読み上げる。

ハンナが前へ出て、村印を掲げた。


「フォーエン村、ガルド・フォーエン」


「サンティル旧村、エルザ・サンティル」


名前が階段へ、広場へ、王都の空へ響く。

ざわめきが広がる。記録から消えたはずの村。そこに実際の人間が立ち、印を持ち、声を持っている。


「何の真似だ」

アルノルトが苛立った声を上げる。


「公開記録です」


エリシアは続けた。


「この三村は、税だけを取り立てられ、補助と保護の記録から外されていました。補遺二に基づき、現認人としてここに立っています。公開監査会の前提条件は満たされました」


ざわめきはもう止まらない。

商人が隣へ囁き、記録係が慌てて筆を走らせ、役人たちが顔を見合わせる。


そして、その階段の最上段に、もう一つ新しい動きがあった。


王が出てきたのだ。


老いた国王は、侍従に支えられながらも自分の足で階段上へ立った。普段は病を理由に公の場へあまり出ない人物だと聞いていたが、今回ばかりは無視できなかったのだろう。


「……名を、もう一度」


しわがれた声が降りてくる。


エリシアは驚いたが、すぐに姿勢を正した。


「ベルメ村、ハンナ・ベルメ」

「フォーエン村、ガルド・フォーエン」

「サンティル旧村、エルザ・サンティル」


国王はゆっくりと目を閉じた。

その顔には、少なくとも無関心はなかった。


アルノルトが何か言いかけるより早く、ルシアンが一歩前へ出る。


「陛下。公開監査会を、予定通りここで」


王は頷いた。


「始めよう」


その一言で、階段の上も下も完全に逆転した。

追い返されるはずだったエリシアたちは、いまや公開監査会の中心になっている。


エドガーが小さく囁く。

「あなた、本当に騒ぎを起こしましたね」


「控えめにしたつもりでした」


「監査局に欲しい逸材です」


「以前も伺いました」


そんなやりとりをしている間にも、広場の熱は増していく。

王都の階段で、消された名前が読まれた。

その事実だけで、もう後戻りは難しい。


そしてエリシアは知っていた。

ここから先は、紙と声と署名で王都を削る時間だと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ