表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、不正会計を暴きます ~地味な書記魔法の私ですが、辺境伯領を立て直したら冷徹辺境伯がなぜか離してくれません~  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/30

014 黄色い糸で綴じた嘘

西町の縫製工房を回るのに、丸一日とかからなかった。


黄色い糸は珍しいものではない。だが、エドガーの言う“規格が違う”というのは本当だった。普通の衣類用ではなく、文書綴じ用に蝋を引いた細糸で、しかも湿気に強い。そういうものを扱う工房は限られる。


「この糸ねえ」


糸商の老婆は、エリシアが見本として持ってきた端切れを摘んで言った。


「町ではほとんど売れないよ。服には向かないし、荷札にも贅沢だ。買うのは役所筋か、大きな商会の文書係くらいさ」


「どこへ卸していますか」


老婆は渋い顔をしたが、ルシアン不在の間も通じる銀印章を見せると、あっさり観念した。


「王都東区の縫製組合を通した注文が大半だね。こっちではグレイフォード税所と、あとフェルナー商会がたまに」


「フェルナー商会」


ノエルが控え帳へ書きつける。

その商会は西町では中堅だが、蜂蜜税事件の帳簿にも仲介名義で何度か出てきた。


次に当たったのは、町の郵便受け整理を担う未亡人たちの組合だった。

辺境では軍便や商便が混ざるため、細かな仕分けを女たちが請け負っている。彼女たちは男の役人より、日々どんな封書がどこへ流れているかをよく知っていた。


「黄色い糸の封書?」


組合長のクララが腕を組む。

四十代半ば、背の高い女で、視線が鋭い。


「あるわね。王都から来るわ。税所や商会に混じって、時々フェルナー商会の倉へ直で流れる」


「差出人は」


「空欄。だけど封蝋の残り方が役所っぽいのよ。丁寧すぎるから」


前世にもいた。無記名なのに、書類の作り方でどこの役所か分かる人たちが。


クララはさらに、ここ数か月で黄糸封書の量が増えていると教えてくれた。蜂蜜税の収支が膨らみ、修繕費の再計算が増えた時期と一致する。


「倉で中継してるなら、記録も残るはずです」


エリシアが言うと、クララは口の端を上げた。


「残してなければ、誰かの仕事が雑ってことね」


「ええ。そして私は、そういう雑さを見つけるのが得意です」


午後、フェルナー商会の倉へ向かった。

表向きは乾物と布地を扱う、特に怪しくもない商会だ。だが、荷札台帳と入出庫票を突き合わせると、積荷の数より封書箱の回転が多い。

しかも箱代として計上されている木箱の大きさが、実際の倉にあるものと合っていない。


「箱の中身は文書ですね」


ノエルが小声で言う。


「たぶん」


エリシアは倉番へ帳票提示を求めたが、相手はのらりくらりとかわした。

こういう時に便利なのが、前庭窓口で作った人脈である。

ちょうどそこへ、郵便組合のクララと養蜂家の女たち、それに西町の若い縫い子たちがやって来た。


「うちの請求書、ここで止まってるって聞いたけど?」

「黄色い糸の注文分、支払い控え見せてもらえる?」

「荷札の再発行費、二重取りされてるわよね?」


一気に複数方面から詰められ、倉番の男はあっという間に青くなる。

女たちの情報網は本当に侮れない。


「……開けなさい」


エリシアが静かに言うと、男はついに観念した。


倉の奥から運び出された木箱の中には、黄糸綴じの薄い台帳が七冊あった。

通常台帳より細く、持ち運びしやすい。だが中身は濃い。死んだはずの役人名義の給与受領記録、削除済み村からの蜂蜜納入、門税差額、修繕費差し替え。複数の不正を一か所で精算するための“中継簿”だ。


「ずいぶん親切ですね」


エリシアはぱらぱらと頁をめくる。

「これだけ綺麗にまとめてくださるなんて」


倉番は震えながら言い訳した。

「お、俺は運ぶだけで……」


「運ぶだけでも、受領印は押しますよね」


見せられた指はインクで汚れていた。

運ぶだけの手ではない。


黄糸台帳の末尾に、見覚えのある署名を見つけた瞬間、エリシアの瞳が冷える。


“現地再確認済 セドリック・ヴァンデル”


やはり来た。

兵糧庫、土手修繕、蜂蜜税。全部に彼の署名が点々とある。

しかも確認年月が多すぎる。同じ月に王都と辺境の複数箇所を回るのは物理的に不可能だ。


「自分で見てもいないのに、よく書けたものですね」


呟きながら紙へ触れる。


――報告だけ上げろ。俺が印を押す。

――現地確認は?

――必要ない。どうせエリシアが帳尻を合わせる。


前世の疲労が、一瞬だけ蘇る。机に積まれた修正指示、雑に押しつけられる丸投げ、最後に責任だけが残る感覚。

だが今は違う。

ここでは、その署名を捨てずに武器へ変えられる。


「全部写します」


エリシアが言うと、クララが腕をまくった。


「女手は足りてる?」


「むしろ足りなかったところです」


そうして、西町の倉は即席の写本工房になった。縫い子たちが頁を押さえ、郵便組合の女たちが帳簿番号を転記し、ノエルが一覧化し、ミラが砦と商会を走り回る。

前世で欲しかったのは、こういう連携だったのかもしれないとエリシアは思う。肩書ではなく、必要な時に必要な手が集まること。


日暮れ前、最後の台帳を閉じたところで、クララがぽつりと言った。


「ねえ、ローウェル嬢」


「はい」


「あなたが来る前、私たちはずっと“仕方ない”で済ませてたのよ」


彼女は黄糸台帳を指先で弾く。


「どうせ王都だし、どうせ辺境だし、どうせ女の言うことなんて届かないって。でもこうして紙に並べると、嘘って案外みっともないのね」


エリシアは少しだけ微笑んだ。


「はい。だから私は、紙に並べるのが好きなんです」


みっともない嘘ほど、一覧にするとよく映える。


その夜、砦へ戻ってからオズワルドと突き合わせると、黄糸台帳の中に一枚だけ不自然に薄い紙が挟まっていた。水に弱い紙質だが、端に古い測量印がある。


「地図塔の紙だ」


オズワルドが言う。


「昔、北部測量の原図を保管していた塔がある。今は半ば物置だが」


「なぜそこに」


「消えた村の位置を改める時、元図が必要だったのでしょう」


エリシアはその紙へ触れた。


――北を折れ。

――このままだと三村が図上に残ります。

――折り込んで外せ。正式図は別に起こす。


「北を、折る」


白鐘の補遺二、黄糸台帳、そして地図塔。

点がまた線になる。


消えた村は、帳簿だけでなく地図からも“折り畳まれて”消されたのだ。


ならば次に行くべき場所は決まっている。


記録塔――北部測量図の眠る塔だ。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも先が気になったら、評価や応援をいただけるととても嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ