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失われた記憶、塗り替えられた箱庭

一翻市の丘の上に佇む瑞鳳宮。かつて、魂天神社があったという記憶は、人々の意識から綺麗に消去されていた。神の威光を独占する瑞鳳宮の静寂の中、参拝に訪れていたかぐや姫と二階堂美樹の前に、異形の影一姫が駆け込む。

「おい! 二人とも大変にゃ! 真白が一姫様のことを忘れたにゃー!」


息を切らして叫ぶ一姫を、かぐや姫は冷ややかな瞳で見下ろした。


「……何のことかと思えば、ちんちくりん。お主、麻雀で負けすぎて頭が沸騰したか? 妾は忙しいのじゃ」


「一姫ちゃん、落ち着いて? 真白様なら今頃、学院で勉学に励んでいらっしゃるわよ」


二階堂美樹が優しく諭すが、一姫は食い下がる。


「違うにゃ! 真白は魂天神社の居候だったにゃ! 神社での日々を忘れるなんて……!」


その言葉に、かぐや姫は呆れ返った。


「神社? この一翻市に瑞鳳宮以外に神社などあるはずなかろう。お主、闇雀荘の主でありながら、妄想に逃げ込むとは情けないのう」


天界のモニター越しにそれを見ていた女神たちは、肩をすくめて笑い合う。


調和の桃子(養護):

「私たちが手を下さずとも、人間の記憶なんて勝手に都合よく塗り替わるものよ」


創造の女神(担任):

「一姫、あなたが余計な買い占めをして家電量販店で騒いだせいで、真白の神格が中途半端に覚醒したのよ。記憶がないのはあなたのせいね」


知恵のソフィア(書記):

「そもそも魂天神社を雀荘に改装しなければ残っていたでしょうに。天界の掟の期限ギリギリで、強制書き換えの手間が省けて助かりましたわ」


美のヴィーナス(副会長):

「あの子の作る春巻き、美味しそうね……。少し分けてくれないかしら」


勝負の女神(1年):

「願いが叶うなんて嘘の神社より、本物の神がいらっしゃる今の瑞鳳宮の方がよっぽどご利益があるっす!」


豊穣のデメテル(会計):

「学院は窮屈? とんでもない。今や旅館並みの快適空間ですわ」


芸術の女神(2年):

「そう、真白自身が提案したのよ。タッチ決済の自販機に、卓球台、最新スマホの配布まで。さすが生徒会長ね」


慈愛の女神(3年):

「本当、至れり尽くせりだわ」


龍神の翠(役員):

「一姫の困惑する顔、最高じゃな!」


箱庭の真実


一姫は目を剥いて叫んだ。


「にゃ、にゃあ!? じゃあお前たちは、学院は仮の姿で、中では贅沢三昧しているのかにゃ!?」


女神たちは思念で返答する。

「贅沢? 違うわ。あの子は今、外では神様、中では一人のお嬢様として品格を磨く修行中なの。今は先輩に教わって、必死にヴァイオリンを練習しているのよ」


「にゃあぁ!? あんなの弾けるはずがないにゃ! いつ覚えたにゃ!?」


女神たちは涼しい顔で答える。

「何を言っているの? あの子は天才よ。独学で覚えたに決まっているじゃない」


一姫はかぐや姫と二階堂にすがりつく。


「ま、真白がヴァイオリンを覚えたにゃーっ!!」


かぐや姫は鼻で笑った。


「お嬢様なら楽器の一つや二つ嗜むのは当たり前。お主、真白様が文化交流会に参加される噂も知らぬのか? 学力だけでなく芸術にも精通しておられるのだ。妾たちも聴きたかったが、生徒限定なのが残念でならぬわ」


「そうね、本当に残念。真白様の演奏……聴いてみたかったわ」


二階堂がうっとりと語るのを横目に、一姫は頭を抱えて崩れ落ちた。


「そ、そんな……いつの間にあいつはお嬢様になったにゃ……にゃあぁ……!」

魂天神社の記憶も、一姫というかつての友の存在も、今や瑞鳳宮という聖域の前では過去の残滓に過ぎない。女神たちが作り上げた「お嬢様・瑞鳳真白」という物語は、人々の意識に深く定着し、疑う余地のない真実となっていた。真白が音楽室で奏でる音色は、神の力ではない。彼女がその身を投じた「学院という箱庭」で培った、血の滲むような努力の結晶なのである。

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