記憶の終焉、祝杯の夜
覚醒の刻は終わりを告げ、真白はいつもの「しっかり者の生徒会長」へと戻った。しかし、その瞳の奥には、女神たちが懸命に塗り固めた「偽りの神話」が絶対的な真実として刻み込まれている。恥じらいと困惑、そして神としての矜持が混ざり合う、記憶改竄の完成日。
「はっ……もしかして、私、寝ていました?」
会議室の空気は、女神たちの安堵で満ちていました。私は不思議そうに首を傾げ、周囲を見渡します。
「皆様、なぜそんなに安心した顔をしているのですか? まさか……私、無意識のうちに何か粗相を?」
そう尋ねると、女神たちは誇らしげに、先ほど私が書いた金粉入りの色紙をひらひらと見せつけてきました。
「えっ、こ、これは……? 今度は皆様にサインをしたのですか?」
「そうよ、真白。あなたは寝ぼけていたけれど、心の底では私たちに感謝していたのね。本当に素直じゃないんだから」
女神たちの言葉に、私は眉をひそめました。
「はぁ? 皆様に私が感謝? いつも皆様に振り回されているこの私が、感謝するわけないじゃないですか!」
(調和の女神・桃子):
「ふふ、否定すればするほど可愛いですわ。素直にならなくても、サインという証拠があるのですもの」
(創造の女神・担任):
「いいえ、確かにあなたは感謝していたわ。あなたが手渡す時、一人一人に『いつもありがとうございます』って……」
(知恵のソフィア・書記):
「ええ、あの時の瞳の輝きと『大事にしてくださいね』という視線……あれは紛れもない愛の表現でしたわ」
(美のヴィーナス・副会長):
「寝言にしてはあまりに美しく、神聖なひと時でしたわね」
(勝負の女神・1年):
「先輩、今となっては照れ隠しっすね! 隠さなくていいんすよ!」
(豊穣のデメテル・会計):
「あの時の真白様の表情、目に焼き付いて離れませんわ」
(芸術の女神・2年):
「君のツンとした言葉より、あの時のサインの筆跡がすべてを物語っている」
(慈愛の女神・3年):
「もう、本当に可愛い真白ちゃん……」
(龍神の翠・役員):
「照れ隠しをする必要はないぞ、真白!」
その瞬間、女神たちが口にした言葉が映像のように頭の中によみがえりました。筆を握る私の手、温かな眼差し、そして「大事にしてください」と囁くビジョン――。
「――っ!!」
恥ずかしさのあまり、顔が沸騰するように真っ赤になります。
「もう、知りません!! 晩御飯の買い出しに行ってきます!!」
私は逃げるように第一会議室を飛び出しました。しかし、通路で足が止まります。頭のもやもやが晴れ、瑞鳳宮の主としての冷徹さが戻ります。
(いけません。瑞鳳宮の主として、しっかりしないと。あの方たちはすぐに調子に乗るんですから……!)
私が立ち止まった瞬間、背後から女神たちが呼び止めました。
「ちょっと待ちなさい、真白! 最後にもう一度だけ確認させて!」
女神たちはニヤリと笑い、最後のアリバイ作りを強行します。
「あなた、人間だった記憶は? この瑞鳳宮の由来は? それに……魂天神社の『一姫』って知ってる?」
私は振り返り、呆れ果てた表情で溜息をつきました。
「……はぁ? 人間だった? 何百年前の話をされているのですか! 私はこの蒼天女学院で、ずっと生徒として過ごしているんですよ?」
「由来も、巻物に書いてある通り、私がこの地を耕したものです。……それより、その『魂天神社』とか『一姫』という名前、なんですかそのへんてこな名前は。……また何かのゲームですか? 全くもう!!」
恥ずかしさの名残で顔を紅潮させながら、私は今度こそ本当にお買い物へと駆け出していきました。
真白の背中を見送り、女神たちは顔を見合わせて歓喜の声を上げました。
(調和の女神・桃子):
「やったわ……! ついに、人間だった記憶は完全に消滅したわ!」
(創造の女神・担任):
「ええ、もう彼女は完全なる瑞鳳宮の主。私たち側の人よ!」
(知恵のソフィア・書記):
「天界祝杯の準備をしましょう。歴史は事実になりました」
(美のヴィーナス・副会長):
「人間たちが語り継ぐ神話よりも、今の真白様の存在の方がよほど事実ね!」
(勝負の女神・1年・緑):
「今日はお酒が止まらないっすね!」
(豊穣のデメテル・会計):
「真白様にも、天界の特上のお酒を飲ませてあげないと!」
(芸術の女神・2年):
「偽りも、ここまでくれば真実だ」
(慈愛の女神・3年):
「本当に良かった……。これで真白ちゃんは誰にも奪われない」
(龍神の翠・役員):
「さあ、宴の始まりじゃ!!」
真白の記憶から「人間」としての成分は完全に蒸発した。彼女はもう瑞鳳宮の主であり、女神たちの愛しい生徒会長でしかない。今夜の天界は、真白の「偽りの神話」の完成を祝う、最高の酒の味がすることだろう。




