達筆のサインと分家たちの聖域
庭園の喧騒は、真白が自ら参拝客のもとへ歩み寄ったことで、新たな局面を迎えた。彼女の漂わせる春の陽だまりのような香りと、生徒会長としての凛とした態度。そして、差し出された一枚の色紙は、神と人とを繋ぐ新たな奇跡となって、白百合の庭園に歴史を刻む。
「少し、失礼しますね」
私は優雅に席を立つと、フェンス越しにこちらを覗いていた参拝客の女子高生たちへ歩み寄りました。150cm台の小さな体で、私は丁寧に頭を下げます。
「先ほどは、少し騒がしかったでしょうか? ご心配をおかけして申し訳ありません」
「えぇっ!? 本物の真白様!? しかも……なんかすごくいい匂いするし、小さくて可愛い……!」
「ちょっと待って、急いでカバンから色紙出すから! サインください!」
「あっ、ずるい! 私も欲しい!」
私は目を丸くしました。
「えっ、サインですか? あの……名前を書けばいいのでしょうか?」
その瞬間、背後から音もなく専属メイドが現れ、私の耳元で囁きました。
「真白様、こちらをどうぞ」
「ひゃっ!?」
あまりの登場の速さに可愛い悲鳴を上げながら、差し出された筆と色紙を受け取ります。私は慣れた手つきで筆を走らせました。
「~さんですね、分かりました。『~さんへ 瑞鳳 真白』……このような感じでよろしいでしょうか?」
「ヤバい! 書道部の先輩より達筆じゃん! 帰りに額縁買って宝物にする!」
(調和の女神・養護・桃子):
「金と暴力で支配しようとした一姫と、筆一つで心を通わせる真白。この差は圧倒的ね」
(創造の女神・担任):
「あら、私たちも書いてもらおうかしら? あんな可愛い姿で達筆なんて、仕事が捗るに違いないわ」
(知恵のソフィア・書記):
「飾っておくだけで『お仕事頑張って』という声が聞こえてきそうですわね」
(美のヴィーナス・副会長):
「真白の書く文字には、彼女自身の神聖なエネルギーが宿っているのよ」
(勝負の女神・1年):
「サインまで達筆って、先輩、欠点とかあるんすか?」
(豊穣のデメテル・会計):
「あの色紙、将来的に学院の博物館で展示すれば莫大な価値がつきますわ」
(芸術の女神・2年):
「文字の跳ね一つに命が宿っている……。素晴らしい芸術品だ」
(慈愛の女神・3年):
「真白ちゃんが一生懸命書いてる姿、本当に尊いわ」
(龍神の翠・役員):
「一姫、見ておるか! これが本物の神のカリスマじゃ!」
参拝客と別れ、席に戻る途中でメイドが私に言いました。
「先ほどは失礼いたしました。真白様は、古風な神話のお姫様のような神様の気配がいたしますゆえ、ボールペンよりも筆がふさわしいかと……」
「あ、ありがとうございます。まあ……確かに、洋風よりも和風ですしね」
私は内心で(……はぁ。この子たち、自我が芽生えて本心でそう言っているのか、それとも女神様たちが作った設定なのか……)と、いつもの水晶玉でこちらを面白おかしく監視している女神たちに、こっそりとジト目を向けました。
席に戻ると、お嬢様方が私を囲みます。
「真白様、お戻りなさいませ。メイドの教育も行き届いておりませんで……。わたくしたちも、真白様を見習って精進いたしますわ」
「おっしゃる通りです。真白様の手本があればこそ、わたくしたちもこうして振る舞えるのです」
「恐縮です。ですが、私もまだまだメイド長によく注意されてしまいますから」
と謙遜すると、お嬢様方は目を見開きました。
「まあ! 真白様ほどの方が!? それは全生徒の手本として、より高くを目指されている証拠ですわ!」
その時、メイドが私のスカートの端をそっと摘みました。
「真白様、失礼いたします。スカートにゴミが付いておりました……。先ほど立たれた際に付着したようで。メイド長様でしたら厳しく注意されますので、お気をつけください」
私は顔を赤らめながら「す、すみません……!」と確認します。
その様子をモニター越しに見ている女神たちに、私は念で思念を飛ばしました。
(……ねえ、皆様。この子たちのこの完璧な反応、女神様の力ですよね? 必死にお嬢様演技してる私、なんだか気恥ずかしいんですけど……)
(女神9人の思念返信):「(全員一致)自我よ、真白。あなたがお嬢様として振る舞うのが一番の学びなの。後で私たちにも金粉入りの色紙にサインちょうだいね!」
「えっ……私の筆跡なんて、知恵の女神様ならいくらでも再現できるじゃないですか!」
(知恵のソフィアの思念):「いいえ、真白さん。あれはデータに基づく筆跡に過ぎません。あなたが心を込めて書いてこそ意味があるのですわ」
「……お嬢様方に合わせるだけで、もう精一杯ですよ……」
私は溜息をつきつつも、再び紅茶を一口飲み、最高の気品ある笑顔をお嬢様たちに向けました。
家電量販店での一件を乗り越え、真白は蒼天女学院の生徒会長として、圧倒的な気品と達筆で周囲を魅了しました。女神たちの仕掛けた「お嬢様設定」を完璧にこなす真白の姿に、監視する女神たちも大満足。邪神一姫がゴミ箱で絶叫している間にも、真白の周囲には、春の陽だまりのような温かな時間が穏やかに流れていくのでした。




