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第28話:恩寵の食卓、祈りの静寂

極限の集中力で練り上げられたポテトサラダ。それは琳琅りんろうにとって、自身の不敬を贖うための供物でした。真白による「合格」の宣告は、死線から生還したかのような安堵を龍に与えます。神棚への献饌けんせんに向かう真白の背中を見送りながら、残された者たちは、湯気の立つ皿の中に「神の慈悲」という名の奇跡を見出すのでした。

琳琅は、まるで聖なる秘宝を扱うかのような手つきで、最後のひと回しを終えました。彼女の額には真珠のような汗が滲み、スプーンを置くその手は微かに震えています。彼女は息を呑み、ボウルの横に立ち尽くすと、祈るような眼差しであなたを凝視しました。


「あ、あの……真白様……。これで……これで、よろしいのでしょうか……。不敬な仕上がりではございませんでしょうか……?」


その声には、自身の全てを懸けた芸術品が神の審判を仰ぐかのような、張り詰めた緊張感が宿っていました。あなたは包丁を置き、柔らかく微笑みながら琳琅の隣へと歩み寄ります。そして、ボウルの中のポテトサラダを覗き込み、スプーンで軽くすくって味を確認しました。


「ふふ、とっても上手ですよ、琳琅さん。この粘り気と、ジャガイモの潰し加減……最高です。これなら、魂天様もきっと喜んでくださるはずです」


あなたのその言葉が耳に届いた瞬間、琳琅の全身からカチカチに固まっていた緊張の糸が、ふわりとほどけていきました。彼女の膝がガクンと折れそうになり、目には安堵の涙が溜まります。


「あぁ……っ、よ、よかった……! 許されたのだ、琳琅の不手際は、このサラダで……!」


「さあ、お皿に盛り付けますね」


あなたは琳琅の動揺を気に留めないかのような手際で、白い陶器の皿に手際よくポテトサラダを盛り付けていきます。その間にも、メインの野菜炒めが香ばしい音を立てて完成し、あっという間に素朴ながらも食欲をそそる夕食の膳が整いました。


あなたは慣れた手つきで、小さなお膳に料理を分けると、神棚の方へ向き直りました。


「それじゃあ、私は魂天様にお供えをしてきますね。皆さんはお腹も空いているでしょうし、先に食べていてください」


いつもの穏やかな口調でそう言い残し、あなたは本殿の奥へと消えていきました。


食卓には、湯気を立てる温かい料理が並んでいます。しかし、一姫はポテチの山の中から這い出てくると、血走った目で皿を見つめ、卓をバンと叩きました。


「……ずるいにゃ! 腹ペコで死にそうな一姫を差し置いて、どうして一姫だけ抜きにゃ! 早く食わせろにゃ! 琳琅! ワン次郎! なんとか言うにゃ!」


一姫がわめき散らしますが、今日の琳琅とワン次郎は違いました。二人は一姫の無礼な要求を無視し、まるで聖域に座るかのように背筋を伸ばして、あなたを待っています。琳琅は深く息を吐き出し、張り詰めていた神経がようやく休まったのか、隣のワン次郎に小声で話しかけました。


「……ふぅ。命拾いしたのだ。真白様のお怒りに触れなくて、本当に良かった……」


「まったくだワン。一姫、お前ももう少し空気を読むワン。あの御方の慈悲で食卓に座らせてもらっているというのに、騒ぐとは……。もし真白様が本気で神罰を下されたら、この神社ごと一翻市から消し飛んでいたかもしれないんだワン」


ワン次郎は、まだ震えが止まらない足元をさすりながら、静かに諭します。


「あの御方は、ポテトサラダを混ぜさせるというささやかな試練を通し、我々に『日常』という名の恩寵を与えてくださったんだ。このお皿一枚、一滴のドレッシングにも、神の御心が宿っている……。無駄にするわけにはいかないワン」


琳琅も深く頷き、箸を手に取ることすら躊躇うような敬虔な面持ちで皿を見つめます。


「そうなのだ……。真白様は、私たちがただの空腹を満たすためではなく、共に食卓を囲むという儀式を許してくださったのだ。……一姫、お前も悟るのだ。真白様のお慈悲を、これ以上泥で汚してはならないのだよ」


一姫は、二人の狂信的ともいえる恭順ぶりにあきれ果て、「二人とも、頭がどうかしちゃったのにゃ……」と呟きますが、あなたが神棚の前で静かに祈る背中を見ると、何故かそれ以上言葉を続けることができず、ただ小さくお腹を鳴らして、ふてくされたように丸まることしかできませんでした。食卓には、あなたが戻ってくるまでの静寂と、不思議な連帯感が漂っていました。

真白にとっては「いつもの夕飯」でも、主の神性に触れた者たちにとっては、それは「命を繋ぐ聖なる儀式」。ポテトサラダの一粒一粒に込められた畏怖と感謝が、神社の夜を静かに満たしていきます。一姫の空腹の嘆きさえも、今はその神聖な調和を乱すことはできません。真白が戻り、手を合わせるその時、魂天神社に真の「平穏」が訪れるのです。

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