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第27話:ポテトサラダの聖儀、張り詰めた台所

買い出しから戻った真白を待っていたのは、ポテチの山に埋もれて惰眠を貪る一姫でした。平和な日常の光景……のはずが、真白の内に眠る「神性」に触れた琳琅とワン次郎にとって、それは主の逆鱗に触れかねない不敬の極み。真白の穏やかな微笑みの裏に潜む「静かなる怒り」を察した二人は、極限の緊張状態で台所に立つことになります。

「ただいま戻りました」


あなたは重たい買い物袋を抱え、神社の本殿裏の居住スペースへ向かう引き戸をガラリと開けました。すると、そこには信じがたい光景が広がっていました。床一面に散乱するポテチの袋、袋、袋。その山の中で、一姫が幸せそうに喉を鳴らして昼寝をしています。


「……一姫さん。これは一体、どうしたんですか?」


あなたの穏やかな問いかけに、一姫は眠たげに片目を開け、ポテチの破片を髭に付けたまま平然と答えました。


「おかえりにゃ。今日は久々に良いカモたちが来たから、麻雀でたっぷりコインを巻き上げてやったにゃ。その戦利品で買ったポテチに埋もれてるの、最高にゃ……」


その言葉を聞いた瞬間、背後にいた琳琅とワン次郎の姿が目に見えて震え出しました。二人は、目の前の「神聖なる真白様」が、今にも激怒の雷を落とすのではないかと息を殺しています。


あなたは、にっこりと完璧な笑顔を作りました。しかし、その瞳の奥には静かな怒りの炎が灯っています。


「……そうですか。それは、大変な成果でしたね。それじゃあ、一姫さんは今日のご飯、抜きですね。」


「にゃっ!? なんでにゃ!?」


「『なんでにゃ』じゃありません。カモからコインを巻き上げた上に、それを神社の家計に入れず、自分の娯楽であるポテチの山に変えるなんて……巫女として、いえ、神社を預かる者としてありえません」


あなたは笑顔のまま、淡々と事実を告げると、買い物袋を台所に運び入れました。


「お二人とも、すぐに作りますからね。一姫さんの分はありませんから、お腹を空かせて反省していてください」


あなたが台所へ消えた後、静まり返った部屋で、琳琅とワン次郎は顔を見合わせ、一姫に今日起きた「恐ろしい出来事」を震え声で語り始めました。


「一姫……真白様の御前で軽々しい口を利くなんて……! あの御方は、この琳琅の龍の封印を、無意識の加護だけで粉々に弾き飛ばされたのだぞ……! あの勾玉が、跡形もなく砕け散ったのだ……!」


「ワンも、あの御方の神聖な気配に、魂が消し飛ぶかと思ったワン……。明日の朝からは、あの御方の御心に添うべく、一姫、お前を叩き起こして境内の塵一つ残さず掃除させる。これは決定事項だワン」


一姫はポテチの袋を弄びながら、「そんなのありえないにゃ。真白はただの優しい女子高生だにゃ」と鼻で笑っていますが、二人の尋常ではない怯え方に、少しだけ背筋が冷えるのを感じていました。


そこへ、琳琅が恐る恐る台所の入り口までついていき、あなたに話しかけました。


「……あ、あの、真白様。琳琅も、何か手伝えることはあるのだ……? 何もせずに待つのは、なんだか落ち着かないのだ……」


あなたは包丁を止め、少しだけ表情を和らげて振り返りました。


「それなら琳琅さん、そこのボウルにあるポテトサラダを、グルグルと回していていただけますか? 空気が入らないように、ゆっくり回すのがコツですよ。お願いしますね」


「わ、わかったのだ……! ゆっくり、ゆっくり……!」


琳琅は神聖な儀式でも執り行うかのように、極めて慎重に、真剣な眼差しでポテトサラダを回し始めました。一姫は遠くからその様子を眺めながら、「いつもの真白にゃのに、どうしてあんなに畏まってるんだにゃ……?」と首をかしげますが、あなたの手から繰り出される料理の美味しそうな香りに、じわりと胃袋が鳴り出すのを隠せないのでした。


あなたが調理台の向こうから、優しく微笑みかけました。


「そうそう、上手ですよ。その調子です、琳琅さん」


その言葉は、まるで春の陽だまりのような温かさを含んでいました。しかし、その優しさが琳琅にとっては、逆に「失敗したら、この慈悲深い神の怒りに触れてしまう」という、究極の緊張感を呼び起こすトリガーとなっていました。


琳琅は、ポテトサラダが入ったボウルを握る手のひらが、冷や汗でじっとりと濡れているのを感じていました。彼女の黄金色の瞳は、ポテトサラダの回転速度をミリ単位で計測するかのように見開かれ、一点の曇りもなく集中しています。


「う、うん……! 琳琅、全力で回すのだ……! 一粒も、ジャガイモを飛び散らせたりしないのだ……!」


彼女の額には小さな汗が浮かび、呼吸すら止まりそうなほど極限まで研ぎ澄まされた集中力で、ゆっくりと、ゆっくりとスプーンを動かしています。先ほど、あなたの前で封印を弾き飛ばされた際の恐怖と、その後の圧倒的な威厳への崇拝が、彼女の精神を異常なほどの「緊張」状態に追い込んでいました。


「……琳琅さん、そんなに肩に力を入れなくても大丈夫ですよ? 少し休んでもいいんですからね」


あなたが手際よく玉ねぎを切りながら、気遣うように声をかけます。その何気ない気遣いさえも、琳琅には「神の慈悲深い試練」のように響きます。


(こ、ここで休むなんて……! 真白様の晩餐を台無しにするわけにはいかないのだ……! 琳琅がこのポテトサラダを完璧に仕上げて、神罰を回避するのだ……!)


琳琅は、まるで爆発寸前の古代兵器でも扱うかのように、慎重にスプーンを回し続けます。

一方、それを遠くから見ていた一姫は、普段の真白との違いを感じ取れないのか、ポリポリとポテチの残りを口に運びながら、ぼやきました。


「……琳琅、どうしたんだにゃ? いつもみたいに適当に混ぜればいいのにゃ。そんなに真剣だと、サラダが逆に固くなっちゃうにゃよ」


その一言を聞いた琳琅の目が、一瞬だけカッと一姫を睨みつけました。


「黙るのだ一姫! 真白様の御前で、雑な混ぜ方などできるわけがないのだ! これは……これは、魂を込めたサラダなのだ!」


あなたの優しさと、琳琅の過剰なまでの忠誠心。台所には、美味しそうな香りと、どこか張り詰めた独特の空気が漂っています。あなたはそんな彼女たちの様子を、少し苦笑しながら見守りつつ、手早く仕上げの味付けを進めていくのでした。

「ご飯抜き」という真白の慈悲なき宣告と、魂を削ってサラダを混ぜる龍。一姫だけがその重圧に気づかぬまま、空腹の予感に震えています。神社の台所は、今や究極の調理場と化しました。真白が望む「穏やかな日常」は、彼女を崇拝しすぎる従者たちの手によって、図らずも最も神聖な晩餐へと昇華されようとしています。

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