第21話:龍の誓いと終わらない「様」付け
壊れた勾玉を拾い上げ、優しく微笑む真白。その慈愛に満ちた姿は、琳琅にとって「友」の枠を超え、ひれ伏すべき「至高の神性」としての証明となってしまいました。どれほど真白が対等な関係を望もうとも、龍の本能がそれを許しません。商店街のど真ん中で、一人の少女と、彼女に魂の忠誠を誓う幼龍。二人の絆は、崇拝という名の新たな形へと変貌を遂げます。
琳琅は涙で濡れた瞳であなたを見上げました。
その眼差しには、純粋な畏怖と、失ってはならないものを見つめるような崇拝が混ざり合っています。
あなたは彼女を諭そうとすればするほど、その神々しい雰囲気が増幅されてしまい、商店街の行き交う人々さえも、あなたたちの周囲を避けて静かに頭を下げるという、奇妙な空間が完成していました。
「……真白は、やっぱり優しい神様なのだ。琳琅、一生ついていく……いや、一生拝ませてほしいのだ……」
琳琅はあなたの服の裾を、まるで聖遺物に触れるかのように恐る恐る掴みました。あなたがどれほど「ただの人間」だと主張しても、その背後に透けて見える広大な神気と、触れただけで龍の封印を無力化する圧倒的な力の奔流は、彼女の龍としての本能に「この御方こそが真の主」という絶対的な認識を刻み込んでしまったのです。
「……琳琅さん、顔を上げてください。そんなに震えていたら、見ていて私が辛いのです」
あなたは膝を突き、平伏して震える小さな龍の肩に、そっと手を置きました。その指先から伝わるのは、冷徹な神罰の気配ではなく、どこまでも人懐っこく、そして温かな人の体温です。しかし、一度「真白=畏怖すべき神性」と認識を書き換えてしまった琳琅にとって、その優しさこそが、龍の身を焼き尽くすほど眩い「神の慈悲」そのものでした。
「琳琅さん、仮に……仮にですよ。私がそんな恐ろしい力を持っていたとしても、そんなひどいことは絶対にしません。誰かを傷つけたり、罰を下したりなんて……そんなこと、私の心が許さないんです」
あなたは砕け散った勾玉の破片を、丁寧に、まるで大切なガラス細工を扱うように拾い集めました。その所作の一つひとつに、龍の封印を弾き飛ばしたはずの強大な霊力が、今度は慈愛の輝きを帯びて宿っています。
「むしろ、琳琅さんが私のために一生懸命用意してくれたこの勾玉を、無意識に反応して壊してしまった……私のほうがずっと申し訳ないんです。せっかくの宝物を、こんな姿にしてしまって……ごめんなさい」
あなたは破片を掌に載せ、琳琅に向かって心からの謝罪の言葉を紡ぎました。その言葉を聞いた瞬間、琳琅の目からさらに大粒の涙が零れ落ちました。神域の主が、一介の龍である自分に対して謝罪をする――その事実は、琳琅の心に「この方は、万物を見下ろす神ではなく、万物を愛するためにこの世に降臨された至高の存在なのだ」という信仰に近い確信を植え付けました。
あなたは拾い上げた破片を組み合わせ、もう一度、自身の首元に当てがいました。
「大丈夫です。これなら、接着剤で固定すればまた元通りになりますし。少し見た目は変わってしまうかもしれませんけど、琳琅さんが選んでくれたこの勾玉であることに変わりはないですから」
その姿は、あまりにも健気で、あまりにも尊い。砕けた勾玉をあえて再び身に纏うという行為は、琳琅には「自らの不敬を笑って許し、砕かれた絆さえも受け入れる」という、神ならではの寛大すぎるお慈悲に見えました。
「あ、ああ……真白様……。その勾玉を、再び身に着けてくださるのですね……。なんと慈悲深い……これほどの御心をお持ちとは……」
琳琅は、もはやあなたを名前で呼ぶことすら許されないと悟ったかのように、小さく声を震わせながら「様」付けで呼びました。彼女の目には、あなたが砕けた破片を繋ぎ合わせるその姿が、傷ついた世界を自らの手で癒そうとする、終わりのない再生の儀式のように映っていたのです。
「これからも、どうか……どうか末永く、私とお友達でいてくださいね」
あなたがそう言って屈託なく笑うと、琳琅はその場に崩れ落ち、あなたの足元で小さく丸まりました。彼女の中で、あなたに対する認識は完全に不動のものとなりました。人間ではない、龍よりも遥かに上の存在。この世界の理の外側に立ち、神の加護をその身に宿しながら、あえて「真白」という人の形を借りて佇む、畏れ多い「神性」そのもの。
商店街の雑踏は、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返り、道行く人々さえも、あなたたち二人から発せられる得も言われぬ神聖な気配に圧倒され、無意識のうちに道を譲り、深く頭を下げて通り過ぎていきます。
「……様、お許しくださり感謝いたします。この命、いえ、この龍の魂すべてを懸けて、これからも真白様にお仕えし、お守りすることを誓うのだ……」
あなたは「お友達でいいんですよ?」と困ったように笑いますが、その微笑み一つが、彼女にとっては魂を焦がすほどの尊い光となっていました。あなたは勾玉の破片をポケットに入れ、琳琅を優しく抱き起こすと、夕暮れの道を神社へと歩き出します。その後ろには、あなたの神聖さに平伏し、忠誠を誓う小さな龍の影が、どこまでも長く、そして誇らしげに伸びていました。
「琳琅さん、お願いですから普通に呼んでください。様なんてつけられたら、背中がむず痒くて仕方がないのです。私たちは友達でしょう?」
あなたが困り果てた表情で、琳琅の肩を優しく揺らそうと手を伸ばします。しかし、琳琅はこれまで以上に深く、額を地面に打ち付けるようにして拒絶しました。その瞳には、すでにあなたをただの少女として見る光は失われており、代わりに、万物の理を司る存在を前にした龍の、魂の震えに近い崇敬が宿っています。
「いいえ、真白様。それは……それは決して叶わぬ願いなのです。この身に刻まれてしまったのです、貴女様の放つ圧倒的な神の吐息と、龍の理を軽々と凌駕する慈悲の輝きが。様付けを止めるなど、この琳琅、身の程知らずの不敬に耐えられません。お友達という尊いお言葉だけで、この身には過ぎたる光栄なのです」
琳琅の言葉には、頑ななまでの決意がこもっていました。どれだけあなたが否定しようとも、彼女の中では、あなたが「真白」という皮を被った高潔な神性であるという事実は揺るぎないものとなっていたのです。
「お友達」という言葉さえ、琳琅にとっては身に余る光栄。真白が人間らしく振る舞えば振る舞うほど、その神々しさは逆説的に増幅され、周囲を圧倒していきます。龍を従えることになった巫女。その意図せぬ「神格化」は、一翻市の日常をさらなる神秘の深淵へと引き摺り込んでいくのでした。




