拝殿の告白と真の巫女の姿
商店街で手に入れた特売のメンチカツが、神社の台所に温かな灯をともします。一姫と琳琅の賑やかな夕食を横目に、真白は一人、夜の拝殿へと向かいました。記憶のない自分、そして「外で働く」という選択。揺れる心の内を魂天様に打ち明けた彼女を待っていたのは、静寂の中に響く、心強い守護犬の言葉でした。
『エテルニテ』からの帰りに商店街で購入した特売のメンチカツを、手際よくキッチンで仕上げました。千切りにしたキャベツの鮮やかな色合いと、黄金色に揚げ直された衣の香ばしい匂いが、神社の生活感のない台所を温かく満たしていきます。
「一姫さん、琳琅ちゃん。先に食べててください。メンチカツは熱いうちが一番ですよ」
食いしん坊の二人が歓声を上げて箸を伸ばすのを見届け、あなたは制服の乱れをそっと整えました。そして、賑やかな声が響く居間を背に、一人静かに拝殿へと向かいました。
拝殿の前に立ち、深い礼を捧げました。賽銭箱に静かに硬貨を滑り込ませ、鈴を鳴らす。その澄んだ音が、一翻市の夜空に吸い込まれていきます。
「魂天様。未熟な巫女見習いの真白です。今日の出来事を、ご報告にあがりました」
目を閉じ、心の中で魂天様に語りかけました。
「神職としての務めだけでは、この神社を守り、一姫さんたちを養っていくのが難しいこと……どうかお許しください。今日から大人気カフェ『エテルニテ』でアルバイトを始めました。神様の側近くに仕える身でありながら、外の世界で働く不届きをお許しください。ですが、この街で生きていくためには必要なことなのです」
礼奈への感謝と絆
「そして……感謝を。記憶喪失で、自分が何者かも分からない私を、店主の礼奈さんは温かく受け入れてくださいました。彼女もまた心に傷を負いながら、懸命に『エテルニテ』という場所を守っています。彼女の笑顔を支えることが、私の新しい役目の一つだと感じています」
記憶への願い、そして今を生きる覚悟
「……いつか記憶が戻る日が来るのか、それは私には分かりません。でも、もしこのまま思い出せなかったとしても。私はこの世界で、一姫さんや礼奈さん、そして琳琅ちゃんたちと共に、一歩ずつ歩んでいきたいのです。未熟な私ですが、この街を、この神社を、そして関わる人々の心を少しでも清めることができるよう、どうぞお見守りください」
祈りを終えたあなたが顔を上げると、夜の境内には不思議な静寂が満ちていました。先ほど琳琅が見つけてくれた「ウサギの綿毛」のような白い光の粒子が、月の光に照らされて舞っているように見えました。
ふと、足元に温かい気配を感じて視線を落とすと、そこには神社の守護犬であるワン次郎が、あなたの心の内を見透かしたような、深く穏やかな眼差しで座っていました。
「……ワン次郎さん。起きていたのですか。ふふっ、魂天様にも、今日のメンチカツのお裾分け、持っていきましょうか。少しだけ庶民的すぎますかね」
自嘲気味な問いかけに、ワン次郎は小さく、短く吠えてから、静かに言葉を紡ぎました。
「お嬢さん。自分を過小評価することはないワン。巫女の資格というのは、血筋や記憶の有無ではなく、その心がどれほど澄んでいるかで決まるもの。……見てみるがいいワン。あの食いしん坊で怠け者の『一姫』でさえ、一応はこの神社の巫女として、今日まで何とか務まって(?)いたのだワン」
ワン次郎は居間のほうから聞こえてくる「真白の分のメンチカツも食べちゃうニャ!」という一姫の騒がしい声に耳をそばだて、少しだけ呆れたように鼻を鳴らしました。
「あやつに比べれば、お嬢さんのように日々を慈しみ、掃除を怠らず、見知らぬ誰かのために祈れる者こそ、まさに魂天様がお望みになった真の巫女の姿だと言えるワン。自信を持つがいい。お嬢さんが『エテルニテ』で誰かを笑顔にすることも、ここを掃き清めることも、すべては等しく尊い神職なのだワン」
その言葉は、冷え込み始めた夜の空気にさらされていた彼女の心に、じんわりと温かく染み渡っていきました。
「……ありがとうございます、ワン次郎さん。一姫さんでも務まるのなら、私にも少しは希望があるかもしれませんね。そう思うと、なんだか肩の力が抜けました」
巫女装束の袖を整え、改めて魂天様に一礼しました。未熟な巫女見習い。記憶のない転校生。けれど、この神社に、そして『エテルニテ』に、自分の居場所は確かにある。そう信じられるようになったのは、今日出会った人々の笑顔があったからこそでした。
「巫女の資格は、その心がどれほど澄んでいるかで決まる」。ワン次郎の言葉は、真白が抱えていた「偽り」への後ろめたさを、そっと光に変えてくれました。神社の守護犬すら認めるその清廉さは、明日、彼女が『エテルニテ』の扉を開けるとき、さらなる輝きを放つことでしょう。




