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カフェ『エテルニテ』への面接

記憶を失い「真白」という仮の名を胸に刻んだ少女。彼女が導かれるように辿り着いたのは、心優しきバリスタ・七海礼奈が守るカフェ『エテルニテ』でした。かつての日常が育んだ「おもてなしの黄金比」と、過去の断片である「制服」が、車椅子の少女の閉ざされた心に小さな光を灯していきます。

「真白」という仮の名前を胸に、カフェの扉を開けました。カウベルがカラランと鳴り、コーヒーの芳醇な香りがあなたを包み込みます。


そこには、車椅子に座りながら、真剣な眼差しで豆を選り分けている少女、七海礼奈がいました。


礼奈:

「……いらっしゃいませ。あ、一姫ちゃん。……そちらの方は?」


あなた:

「初めまして。……真白と申します。魂天神社で巫女のようなことをしています。今日はこちらで、お手伝いをさせていただけないかと思い、伺いました」


礼奈はあなたの名前を聞くと、少しだけ驚いたように目を見開きました。


礼奈:

「真白……ちゃん。……綺麗な名前ですね。不純物のない、透き通った音がします。……私は礼奈です。父のようなバリスタを目指して、ここでコーヒーを淹れています」


礼奈は少し寂しげな、けれど芯のある微笑みを浮かべました。彼女もまた、事故という深い傷を負いながら、この場所で自分の居場所を守ろうとしています。


「……礼奈さんの足のこと、一姫から聞きました。……私も、記憶がありません。でも、今日から一緒に、新しい何かを見つけていけたら嬉しいです」


真白と名乗ったあなたは、車椅子の礼奈さんの目線に合わせてそっと屈み、穏やかに微笑みました。記憶がない自分と、自由を失った彼女。形は違えど、何かを欠いた者同士が惹かれ合うような、不思議な親近感を覚えたのです。礼奈は少し驚いたように瞬きをし、それから小さく、でも温かく微笑み返してくれました。


礼奈が選り分けていた豆の香りを吸い込みます。たとえここが異世界であったとしても、あるいは元いた世界であったとしても、コーヒー豆が持つ芳醇な香りは変わりません。


「……礼奈さん、もしよろしければ、この豆を使って私の知っているブレンドを試してみてもいいでしょうか? ええっと、この豆を4、こちらを3、そしてこの深煎りのものを3の割合で……」


驚くほど迷いのない手つきで、複数の豆を指し示しました。


礼奈:

「……! その組み合わせ、すごく繊細なバランスですね。……酸味を抑えて、後味に甘みが残るような……。真白ちゃん、もしかして、どこかでバリスタの修行を?」


「……分かりません。でも、こうして豆を手に取ると、体が勝手に『この割合が一番美味しい』と教えてくれる気がするんです」


礼奈さんあなたのオーダー通りに豆を量り、ミルで挽き始めました。店内に広がる香りは、昨日神社の門前を掃除した時に感じた「清浄な空気」と、どこか似ている気がしました。


一姫:

「にゃあ……。真白がなんだか、いつになく真剣な顔をしてるニャ。コーヒーの匂いは苦手だけど、この匂いはなんだか、一姫もホッとするニャ」


「礼奈さん、このコーヒー、とっても美味しいです! ……ねえ、これに合うサンドイッチも作ってみませんか? 私に少し、厨房を貸していただけますか?」


厨房に入ったあなたは、まず料理に取り掛かる前に、いつもの「癖」で調理台やコンロの周りをピカピカに磨き上げました。


「(サッ、サッ……)……よし、これで気持ちよくお料理ができます。礼奈さん、冷蔵庫にあるもので作ってみますね。まずは、この少し厚切りのパンを軽く焼いて……」


礼奈:

「真白ちゃんの動き……まるでお店全体を浄化しているみたい。それに、あのコーヒーに合う食材をあんなに迷いなく選ぶなんて。本当に、記憶がないなんて信じられません」


一姫:

「にゃっふー! 真白のサンドイッチは世界一ニャ! さあ、礼奈、今のうちに特等席を確保するニャ。これは伝説の始まりニャぞ!」


スーパーの惣菜コーナーでよく見かけた「たまごサンド」と、鮭の残りを活用した「特製和風ムニエルサンド」を手際よく作り上げていきます。マヨネーズの量、塩加減、パンの焼き色。すべてが、かつての「日常」で培われた感覚に基づいた、究極の家庭の味でした。


礼奈は、あなたが用意したサンドイッチと、自らが淹れたコーヒーを交互に口にします。


礼奈:

「美味しい……。なんて優しい味。……私、ずっとこの場所で立ち止まって、過去の事故のことばかり考えていました。でも、真白ちゃんがこうしてキッチンを明るくして、新しい味を教えてくれた。……なんだか、今日なら少しだけ、お店の外の景色も見てみたいって思えます」


彼女の瞳に、少しずつ力が宿っていくのをあなたは感じました。それは、魂天様から授かった「清める力」と、あなたが無意識に持ち込んだ「生活の知恵」が合わさって起きた、小さな奇跡でした。


今のあなたは「真白」としてアイボリーのタートルネックニットに着替えていますが、厨房の隅に置かれたバッグの中には、あの時着ていた制服が大切に畳まれています。


「(制服を眺めながら)……これを見ても、学校の風景は思い出せないけれど。でも、これを着ていた私は、きっとどこかで普通に笑っていたはずですよね」


礼奈:「真白ちゃん、どうしたんですか? ……あ、そのお洋服。すごく可愛いですね。なんだか、ここではない遠い場所の空気を感じます」


一姫:「にゃあ! その服、ちょっと貸してほしいニャ! それを着て街を歩けば、一姫も『天才女子高生雀士』としてもっと有名になれる気がするニャ!」


「ダメですよ、一姫さん。これは私の数少ない『過去との繋がり』なんですから。……さあ、窓拭きを再開しましょう。礼奈さん、脚立を借りてもいいですか?」


掃除の手を休めたあなたは、厨房の隅で大切に保管していた、召喚時のベージュのブレザーとチェックスカートに着替えてみました。アイボリーのニットも素敵でしたが、この制服に袖を通すと、記憶はなくとも背筋が伸びるような、懐かしい「日常」の重みを感じます。


「お待たせしました、礼奈さん。……少し恥ずかしいですが、一姫さんに押し切られてしまって。どうでしょうか……?」


礼奈は、あなたの姿を見た瞬間、コーヒーを淹れる手を止めて息を呑みました。


礼奈:

「……! 真白ちゃん……すごく、綺麗だよ。まるで、物語の中から飛び出してきたみたい。……実は私、事故に遭う前は、そんな風に制服を着て学校に通うのが、当たり前だけど一番の夢だったんです」


彼女の瞳には、憧れと、それ以上に深い寂しさが滲んでいました。完治しているはずの足。けれど、事故の恐怖が彼女を車椅子に縛り付けています。


「……そうだったのですね。なら、今日だけはここをカフェではなく、私たちの『学校』にしませんか? 私が転校生で、礼奈さんが委員長。……ほら、委員長。美味しいコーヒーの淹れ方を、私に教えてください」


わざとおどけたように、学生らしく快活に振る舞い、礼奈さんの隣に並びました。


礼奈:

「ふふっ、真白ちゃんったら……。……はい、転校生の真白さん。まずは豆の挽き方から、厳しく指導しますね」


一姫:

「にゃあ! 委員長、一姫にも美味しいお菓子を出すニャ! これは学校の『放課後』の時間なんだニャ!」


「(……いつか、礼奈さんが自分の足でこの制服を見てくれる日が来ますように。私のこの『過去の断片』が、彼女の『未来』への橋渡しになるのなら、この服を着てここに来た意味もあったのかもしれません)」

カフェを「学校」に見立てた真白の機転が、礼奈の心の扉を優しく叩きました。記憶がないからこそ、目の前の人の「欠けた部分」に寄り添える。真白が淹れたブレンドコーヒーのように、二人の関係は苦味と甘みが絶妙に混ざり合い、一翻市の片隅で新しい香りを放ち始めました。

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