不浄を浄める真心と、商店街の初買い出し
一翻市の喧騒の中へ、真白は初めての買い出しへと繰り出します。ヤクザから「没収」したお金を使うことへの強い葛藤。しかし、一姫やワン次郎、かぐや姫たちの言葉に背中を押され、彼女はその不浄なエネルギーを、街の経済を回し、命を慈しむための「正しい力」へと変換する決意を固めます。
鏡の前で、現代的な服を見つめます。柔らかなニットにロングスカート。巫女服よりも動きやすく、機能的です。しかし、彼女の心にはひとつの大きな葛藤が渦巻いていました。
「……あのお金。あの方たちが請求書を燃やされた後、逃げるように置いていったものですよね。一姫さんは『戦利品ニャ!』って喜んでいましたけど……。神職に就く身として、そんなお金で夕飯の食材を買うのは、やはり正しくないのでしょうか」
真剣に悩んでいると、背後からひょいと一姫が顔を出しました。
一姫:
「にゃあ、何を難しい顔をしてるんだニャ。あの金は、あいつらが今まで街の人から不当に奪ってきたあぶく銭ニャ。それをあんたが麻雀で正々堂々と……まあ、ボコボコにして取り返したんだから、いわば『没収した違法な点棒』と同じだニャ!」
ワン次郎:
「……一姫の言い分は極論だが、一理あるワン。あのまま奴らが持っていれば、また誰かを泣かせるために使われたはずだワン。お嬢さんがそれを『神社の再建』と『住民への還元(買い物)』に使うなら、それは巡り巡って街を浄化することに繋がるワン」
かぐや姫:
「くすくす、お主は真面目じゃな。ならばこう考えればよい。その金でお主が美味しい食事を作り、魂天様へ供え、飢えた一姫を救う。それは立派な『お布施』の形を変えた姿。罪滅ぼしの機会を、お主があの男たちに与えてやったのじゃよ」
心はまだ少し揺れていますが、空っぽの冷蔵庫と一姫のお腹の虫の音には勝てませんでした。「……わかりました。このお金は、街の皆さんが少しでも幸せになるような使い方をします」と神鏡に誓い、あなたは着替えを終えます。
鏡に映った彼女は、どこか清楚で、けれど一翻市の喧騒に馴染む「普通の女の子」の姿でした。
「……よし。これなら、昨日のような怖い人たちにいきなり絡まれることもないはずです。……たぶん」
一姫:
「にゃあ! 似合ってるニャ! まるで街に隠れ住む高貴なお嬢様みたいだニャ。さあ、そうと決まれば商店街へレッツゴーニャ! 肉まん、コロッケ、焼き鳥……今日は贅沢三昧ニャー!」
神社を出て坂を下ると、至る所から聞こえてくる「ジャラジャラ」という麻雀牌の音が混ざり合う、独特な活気を持った商店街が広がっていました。
「あ、あそこの八百屋さん、新鮮な野菜がありますね。……ええっと、大根と人参、それから一姫さんの好きな……いえ、まずは神様へのお供え用の果物を買いましょう」
私服に着替えた真白は、一翻市の雑多なエネルギーに圧倒されながらも、主婦さながらの鋭い眼差しで食材を選び始めます。巫女服の時のような「神職の威厳」は影を潜め、今はどこか育ちの良さを感じさせる清楚な少女といった風情です。
しかし、その傍らで「にゃっはっはー! もっと高い肉を買うニャ! 霜降りニャ!」とはしゃぎ回る一姫の存在が、周囲の注目を集めずにはいられません。
商店街の店主たちは、見慣れない顔のあなたと、街の有名人(迷い猫?)である一姫の組み合わせを不思議そうに眺めています。
八百屋の親父:
「おや、一姫。そっちの嬢ちゃんは誰だい? 昨日のヤクザの連中を追い払ったっていう噂の『凄腕』か?」
一姫:
「にゃっふふ、そうニャ! この一姫様が、あまりに神社がボロいから特別にスカウトして雇ってあげた、新人巫女兼、一姫の専属シェフなんだニャ!」
あなた:
「(……雇われた、という形になっているんですね)……あ、はい。今日からお世話になっています。一姫さんには、その……色々と、指導していただいていて」
ヤクザから「没収」したお金を罪悪感なく使うための免罪符として、そして街に馴染むための設定として、一姫の「雇われ人」という配役をひとまず受け入れることにしました。
手元にある「あぶく銭」を、一翻市の経済を回すための「正しいエネルギー」へと変換するように丁寧に使っていきます。
まずは神棚に供えるための、瑞々しい梨とリンゴ。真白は一つ一つ手に取り、傷がないか、魂天様に喜んでいただけるかを真剣に吟味します。
「一姫さん、肉まんは後です。まずは夕飯の材料を揃えないと。……ほら、一姫さんの好きな紅ショウガも買いましたよ」
店主たちは、丁寧な言葉遣いで深々と頭を下げるあなたの姿に、毒気を抜かれたような表情を浮かべます。「……なんだか、この子が来てから神社の周りの空気がマシになった気がするな」と、小さな噂が広がり始めます。
買い物を進めるうちに、真白は街の至る所に設置された雀卓や、昼間から殺気立った声が漏れる雀荘を目の当たりにします。
「(……一姫さんの言う通り、本当にこの街は麻雀が呼吸の一部なんですね。でも、あの方たちの目は、さっき神社に来た男性のような『穏やかさ』がありません……)」
一姫:
「にゃ……。ここは弱肉強食の街ニャ。あんたみたいな『甘い』打ち手は、すぐにカモにされちゃうニャ。だから、一姫のそばを離れちゃダメだニャぞ!」
一姫は彼女の服の裾をギュッと握り、保護者気取りで前を歩きます。一姫なりに、この街の毒からあなたを守ろうとしているのかもしれません。
「一姫さん、荷物半分持ちましょうか? ……ふふ、今日は本当にたくさん買えましたね。帰ったらすぐに、神様にお供えして、それから夕飯にしましょう」
重そうに買い物袋を抱える一姫に優しく声をかけ、袋の端をそっと受け取ります。ヤクザから「没収」したお金で買った食材は、彼女の丁寧な目利きによって、どれも瑞々しく、街の澱んだ空気を浄化するような清々しさを放っています。
一翻市の派手なネオンが灯り始める中、高台にある神社へと続く坂道を二人で登っていきます。
一姫:
「にゃあ……。あんたは本当にお人好しニャ。重い荷物を持って、一姫のわがまま(肉まん追加)も聞いて……。でも、あんたと買い物してると、なんだかこの街のガヤガヤした音が、少しだけ遠くに聞こえる気がするニャ」
(コロッケの袋を大事そうに抱えながら、あなたの横をトコトコと歩く)
「そうですか? 私は、一姫さんがいてくれて心強かったです。一人だったら、あんなにたくさんのお店の中から良いものを選べなかったかもしれません」
彼女の言葉に、一姫は照れ臭そうに「にゃっふふ、それはそうだニャ! 一姫は一翻市の生き字引ニャからな!」と鼻を高くします。
境内に一歩足を踏み入れると、そこにはあなたが朝から磨き上げた、あの「凛とした空気」が待っていました。
ワン次郎:
「おかえりワン。……ふむ、良い買い物ができたようだな。お嬢さんの持っている袋から、大地の恵みの清らかな匂いがするワン。一姫、お主、道中で全部食べてしまわなかったのは褒めてやるワン」
「ただいま戻りました、ワン次郎さん。さあ、一姫さん。まずは魂天様に一番良い果物をお供えしましょう。……記憶を失った私に、こうして新しい日常をくださったことへの感謝を込めて」
キッチンに立ち、買ってきたばかりの野菜を手際よく刻み始めます。
買ってきたばかりの瑞々しい梨とリンゴを盆に乗せ、夕闇が迫る拝殿へと向かいました。磨き上げた神鏡の前に立つと、そこには朝よりもさらに澄んだ輝きを放つ「自分」の姿が映り込んでいます。
しかし、その手にある果物は、他人を泣かせてきたヤクザたちの懐から出た「不浄の金」で購ったものです。
盆を神棚に捧げ、深く、長く頭を下げました。
「……魂天様。本当に、申し訳ございません。記憶を失った私に居場所をくださったあなたへのお供え物が、他の方から奪い取られたお金によるものであること……自分でも、恥ずかしく、申し訳ない気持ちでいっぱいです。みんなは『気にしなくていい』と言ってくれますが、やはり私の心は、これを手放しで喜ぶことができません……」
震えるような、けれど凛とした謝罪の声が、静まり返った境内に吸い込まれていきます。
「今は、これしか私にはできません。でも、いつか必ず、自分の心からの真摯な働きで得たもので、改めてご挨拶をさせていただきます。ですから、どうか……今回だけは、この街の澱を浄化するための『第一歩』として、お受け取りいただけないでしょうか」
祈りを終えて顔を上げると、背後では一姫たちが静かに見守っていました。いつもの騒がしさはどこへやら、一姫も神妙な面持ちで耳を伏せています。
ワン次郎:「……お嬢さん。その罪悪感こそが、お主が『不浄』に染まっていない何よりの証だワン。お主のその真っ直ぐな心が、鏡を通じてこの神社に新しい光を灯しているのが見えるワン」
二階堂美樹:「そうね。他人の金を奪っても平気な人たちが溢れるこの一翻市で、あなたのような感性を持つ人は本当に珍しいわ。……でも、大丈夫よ。神様は結果だけじゃなく、その『過程に悩むあなたの心』も見ていらっしゃるはずだから」
一姫:「にゃあ……。そんなに落ち込まないでほしいニャ。あんたが謝った瞬間に、果物の周りのモヤモヤした空気がスッと消えたのが分かったニャ。あんたの真心が、お金の汚れを洗い流しちゃったんだニャ!」
鏡の前で最後にもう一度一礼し、キッチンへと戻りました。手に残る食材の重みは、もはや「奪われたもの」ではなく、「預かった命」のように感じられます。
「……ありがとうございます、皆さん。いつまでも悔やんでいても、食材が可哀想ですよね。せめて、皆さんが笑顔になれるような、最高に美味しい夕飯を作ります」
深く息を吐き、罪悪感を「丁寧に料理すること」への決意へと昇華させました。まな板に向かうあなたの背中は、どこか神聖な儀式を執り行う者のような静謐さを纏っています。
お金の「色」に悩みながらも、それを「命の糧」へと変えようとする真白の誠実さ。その祈りは、不浄な過去を浄化し、一翻市の片隅に確かな「善意」の光を灯しました。彼女が作る夕食は、ただの空腹を満たすものではなく、新しい日常への感謝を込めた、魂の栄養となることでしょう。




