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迎える準備、一筋の足音

美味しい朝食のあとの二度寝を夢見ていた一姫でしたが、真白の「主」としての静かな圧に抗えず、渋々ながらも台所へ。二人並んでの皿洗いは、まるで本当の家族のような温かな空気を生み出します。しかし、真白が気づいたのは、この立派な神社に欠けている「活気」。かつては雀士たちの聖域だった魂天神社の現状と、それでも前を向く真白の決意が、新たな奇跡を呼び寄せようとしていました。

食事が終わると、一姫が満足げにお腹をさすりながら、ちらりと神社の門の方を見ました。


「にゃ、にゃあ!? せっかく美味しいご飯でお腹がいっぱいになって、幸せな二度寝タイムに突入しようと思っていたのに……代理主さんは、鬼か悪魔か、はたまた一姫の天敵かニャ……」


一姫は耳を力なく垂らし、床に転がってジタバタと抵抗の意志を見せますが、あなたの「主」としての静かな、しかし有無を言わせぬ視線に気づくと、結局「うぅ、わかったニャ……」とすごすごと立ち上がりました。


一姫を台所へと促し、二人で並んで食器を洗うことにしました。真っ白な巫女服の袖を汚さないよう、一姫がどこからか持ってきた可愛らしい柄の「たすき」でしっかりと固定し、準備は万全です。


「いいですか、一姫さん。『働かざる者食うべからず』ですよ。美味しいご飯を食べた後は、感謝を込めて後片付けをする。これがこの神社の新しいルールです。ほら、そこにお皿を置いてください。私がすすぎますから」


一姫:「……なんだか、一姫より一姫のお母ちゃん(先代)に似てきた気がするニャ。でも、こうして二人で並んでると、なんだか本当の家族みたいで……。あ、いや、なんでもないニャ! ほら、次のお皿行くニャ!」


一姫は照れ隠しに勢いよく泡を立て、小さな手で一生懸命にお皿をこすり始めます。その様子を、ワン次郎たちは縁側から温かな目で見守っていました。


ワン次郎:「……ふむ。一姫がここまで甲斐甲斐しく働く姿、数百年ぶりかもしれんワン。お嬢さんの存在が、この怠惰な猫の魂を浄化しているようだワン。実に喜ばしい光景だワン」


二階堂美樹:「ふふっ、本当にいいコンビね。一姫のあの奔放さを、彼女のあの『静かな芯の強さ』が上手く手綱を握っているわ。……これなら、これからの神社の運営も案外上手くいくかもしれないわね」


水仕事の冷たさが心地よく感じられるほど、台所には柔らかな朝日が差し込んでいます。あなたは泡だらけの手を動かしながら、ふと思い出したように一姫に尋ねました。


「一姫さん。……私、昨日ここに来る前の記憶が全くないんです。でも、こうしてお皿を洗ったり、お供え物を替えたりしていると、なんだか体が勝手に動くというか……。もしかして私、どこかの神社で同じようなことをしていたのでしょうか?」


一姫:「……記憶、かニャ。……一姫も詳しくはわからないニャ。でも、あんたがこの鏡を磨いた時のあの『気』の通り方は、ただの人間には真似できないものだったニャ。……まあ、記憶なんてあってもなくても、今ここで一緒に肉まん……じゃなくて、ご飯を食べて笑ってれば、それでいいんじゃないかニャ?」


ピカピカに磨き上げられた食器を棚に収め、一息ついたところで、彼女はふと静まり返った境内を見渡しました。朝の光は美しいものの、聞こえてくるのは風に揺れる木々の音と鳥のさえずりだけ。そこには、およそ「街の信仰を集める場所」としての活気が欠けているように思えました。


「……ねえ、一姫さん。ずっと気になっていたのですが……。この神社、もしかして参拝客の方はあまり来ないんじゃないですか? こんなに広くて立派なのに、なんだか寂しい気がして……」


真白の率直な問いに、一姫はピクッと耳を動かし、洗い終わったばかりの皿を拭く手を止めて、どこか遠い目をして口を開きました。


一姫:

「……にゃ。……痛いところを突くニャ。正直に言うと、今は『絶賛・開店休業中』に近い状態なんだニャ。昔はもっと賑わってたらしいけど、今の一翻市は……ほら、昨日の奴らみたいに『勝てば官軍、負ければゴミ』みたいな、殺伐とした空気になっちゃったんだニャ」


二階堂美樹:

「そうね。今のこの街の人たちが求めているのは、神聖な祈りじゃなくて、目の前の卓で勝つための『強運』や、相手をハメるための『イカサマの技術』……。一姫みたいな、のんびりした(というか、だらしない)神社の使いじゃ、時代についていけなかったのよ。みんな、もっと派手な雀荘や、勝負の神様を謳う新興の賭場へ流れていっちゃったわ」


ワン次郎:

「……おまけに、境内にカビた肉まんが転がっていたり、主が昼寝ばかりしていれば、まともな参拝客も足が遠のくというものだワン。かつての魂天神社は、打牌に迷った雀士たちが『心の平穏』を求めて訪れる聖域だったのだが……」


一姫は、窓から見える荒れた庭の隅を寂しそうに見つめます。


一姫:

「参拝に来るとしても、昨日の幹部たちみたいに『借金のカタに土地を奪いに来る』奴らか、あるいは……もう他に行く場所がなくなった、ボロボロの負け雀士が、藁にもすがる思いで迷い込んでくるくらいだニャ。……でも、そんな奴らに一姫がしてあげられることなんて、何もなかったんだニャ」


彼女の小さな背中には、昨日までの「怠慢」の裏に隠されていた、寂しさと無力感が滲み出ていました。神社を守りたいという気持ちはあるけれど、街の荒んだ空気に飲み込まれ、彼女自身も諦めかけていたのです。


しかし、琳琅があなたの肩にふわりと飛び乗り、黄金色の瞳を輝かせてこう言いました。


琳琅(幼龍):

「でも、今日は違うよ! だって、真白……きみがここをピカピカにしてくれたし、あの神鏡だってあんなに輝いてる。それに、きみのあの『背水の強さ』があれば、街の人たちも放っておかないはずだよ!」


「……それなら、今日から変えていきましょう。派手な雀荘にはなれなくても、ここに来れば『本当の自分』に戻れる……そんな神社に」


真白は、襷をギュッと結び直し、決意を新たにします。客が来ないなら、まずは自分たちが「迎える準備」を完璧にすることから始めるしかありません。


「……よし。まずは門の周りからですね。一姫さん、茶器の場所を教えておいてください。もし誰かが迷い込んできたら、せめて温かいお茶くらいはお出ししたいですから」


真白は慣れた手つきで、古びているけれど質の良い竹箒たけぼうきを手に取りました。自分でも不思議なほど、箒の重みや柄の感触がしっくりと手に馴染みます。記憶を失う前、あなたは日常的にこうして「場を清める」ことを大切にしていたのかもしれません。


一姫から教わった茶器は、奥の棚に埃を被って眠っていましたが、あなたはそれも手際よく洗い上げ、いつでも使えるように準備を整えました。そして、いよいよ神社の顔である「門」へと向かいます。


一歩外へ出ると、案の定、門の前は吹き溜まった落ち葉や砂利にまみれていました。参拝客がいないことを象徴するかのような荒れ具合でしたが、あなたは嫌な顔ひとつせず、むしろ「磨き甲斐がある」とばかりに瞳を輝かせます。


「(サッ、サッ……)」

無心に箒を動かす。乱れていた落ち葉が、魔法のように等間隔の山になっていく。その動作には一点の無駄もなく、流れるような美しさがありました。


一姫:

「にゃあ……。あんた、本当に掃除が好きなんだニャ。一姫なら三秒で飽きて、落ち葉の山にダイブして寝ちゃうところニャ……。でも、あんたが掃いた後だけ、地面が光って見えるのは気のせいかニャ?」

(門柱に寄りかかり、あなたの職人技とも言える掃除っぷりに呆然とする)


ワン次郎:

「……いや、気のせいではないワン。彼女の『気』が、箒を通じて大地に伝わっているのだワン。見てみろ、あの落ち葉の集め方。まるで一つの大きな陣を描いているかのように、淀みがないワン」

真白は一時間ほどかけて、門の前から参道へと続く石畳を徹底的に磨き上げました。落ち葉は一箇所にまとめられ、乱れていた砂利は綺麗に整えられています。かつてこの神社が持っていたであろう「凛とした静寂」が、あなたの手によって少しずつ取り戻されていきました。


ふと顔を上げると、通りかかる人は誰もいません。一翻市の喧騒はこの高台にある神社までは届かず、ただ穏やかな風が巫女服の袖を揺らします。


「……ふぅ。やっぱり、綺麗になると気持ちがいいですね。一姫さん、お茶の準備もできていますし、あとはいつでも大丈夫ですよ。……たとえ、今日誰も来なかったとしても」


二階堂美樹:

「……誰も来ない、ね。ふふっ、どうかしらね。この一翻市で、これほど『澄んだ空気』を放っている場所は他にないわ。敏感な雀士なら、その違和感に気づいて足を止めるはずよ。まるで、嵐の前の静けさのような……あるいは、本当の救済がここにあると直感してね」


最後の一掃きを終え、額の汗を拭ったその時。

綺麗になったばかりの石畳を、カツン、カツンとゆっくり踏みしめる足音が聞こえてきました。

真白の真心が箒を通じて大地に伝わり、死んでいた神社に再び「呼吸」が宿りました。一姫が諦めかけていた未来が、真白の日常的な「清める」という行為によって、少しずつ輪郭を取り戻していきます。石畳を叩くその足音の主は、果たしてこの澄み切った空気に何を求めてやってきたのでしょうか。

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