第17話 あなたは、本当に正しかったのか
――彼の評価が、揺らいだ。
それは、目に見えるものではない。
だが。
確かに、分かる。
空気が、変わった。
「……何を、した」
元婚約者の声が低くなる。
怒りではない。
困惑。
そして。
――恐れ。
「何もしていませんわ」
わたくしは、静かに微笑む。
「ただ、問いかけただけです」
「問い……?」
「ええ」
一歩、近づく。
逃げない距離まで。
「あなたは、本当に“正しい側”だったのかしら」
その一言で。
彼の表情が、明確に歪む。
「……当然だ」
即答。
だが。
速すぎる。
「そう」
わたくしは、頷く。
「では、確認しましょう」
視線を、掲示板へ向ける。
彼の名前。
その横にある評価。
高い。
誰が見ても、“優秀”。
「あなたは、この評価を信じているのよね」
「当たり前だ」
「理由は?」
間。
ほんの一瞬。
だが。
それで十分。
「……実績がある」
絞り出すように答える。
「努力もしてきた」
「そう」
わたくしは、もう一度頷く。
「では、その実績と努力を、誰が見ていたの?」
「……それは」
言葉が止まる。
まただ。
同じ場所で、止まる。
わたくしは、ほんの少しだけ笑った。
「ねえ」
声を落とす。
「あなたは、“見られていたから価値がある”と思っているの?」
彼の目が、揺れる。
はっきりと。
「違う……!」
強く否定する。
だが。
その声には、確信がない。
「では、見られなかったら?」
さらに踏み込む。
「誰にも評価されなかったら」
「……それは」
「価値がないの?」
沈黙。
完全な沈黙。
周囲のざわめきが、少しだけ大きくなる。
誰もが、聞いている。
そして。
彼は、答えられない。
「……そんなことはない」
ようやく出た言葉。
だが。
弱い。
「ええ」
わたくしは、優しく頷く。
「その通りですわ」
一歩、さらに近づく。
「では、なぜ」
目を逸らさせない。
「わたくしを、“評価で切り捨てたのかしら”」
その瞬間。
彼の顔が、強く歪んだ。
「……それは」
言葉が出ない。
呼吸が、乱れる。
初めてだ。
この男が、こんな顔をするのは。
「あなたは」
静かに続ける。
「わたくしを見た?」
沈黙。
だが。
その沈黙が、すべてを語る。
「見ていないわ」
言い切る。
「評価を見ただけ」
その一言で。
空気が、決定的に変わる。
「……違う」
彼が、かすれた声で言う。
「違う……!」
「では、何が違うの?」
逃がさない。
問い続ける。
彼は、答えられない。
完全に、詰まっている。
「ねえ」
少しだけ、声を柔らかくする。
「あなたは、“正しいことをしたい人”だったのよね」
彼の目が、わずかに上がる。
そこに、わずかな救いを見る。
「……そうだ」
小さく、答える。
「では」
わたくしは、ゆっくりと言う。
「その“正しさ”は、誰のものだったのかしら」
沈黙。
長い。
今までで、一番長い。
そして。
「……分からない」
彼が、初めて認めた。
その一言で。
何かが、崩れた。
――評価が。
掲示板を見る。
彼の数値が。
わずかに。
下がる。
「……!」
周囲がざわつく。
はっきりと、見えたからだ。
「なぜ……」
彼が、呟く。
理解できない。
当然だ。
「簡単ですわ」
わたくしは、静かに答える。
「あなたが、“自分で選んでいない”から」
その一言で。
彼は、完全に言葉を失った。
そして。
ミレイアが、わたくしの後ろで小さく息を呑む。
分かっている。
何が起きたのか。
「……評価は」
わたくしは、ゆっくりと言う。
「結果ではありません」
視線を、全員に向ける。
「選択です」
その言葉が、場に落ちる。
重く。
確かに。
「誰かに決められるものではなく」
一歩、下がる。
「自分で、選び続けるもの」
沈黙。
だが。
今度は違う。
理解しようとする沈黙。
「……それは」
カイゼルが、低く言う。
「危険だ」
「ええ」
あっさりと頷く。
「だから、面白いのです」
その瞬間。
空気が、また揺れた。
今度は。
上から。
圧ではない。
――“視線”。
「……来たか」
カイゼルが、小さく呟く。
わたくしは、空を見上げる。
何も見えない。
だが。
確かに、感じる。
「――観測対象の再定義を確認」
声が、降りてくる。
今までとは違う。
もっと上。
もっと遠い。
「……これは」
カイゼルの声が、わずかに変わる。
「まずいな」
わたくしは、静かに笑う。
「ようやくですわね」
そして。
その声が、はっきりと告げる。
「対象:ルナ・ローゼ」
間。
そして。
「評価不能から、評価対象へ移行」
その一言で。
すべてが、変わった。
ついに「元婚約者の評価」が揺れました。
そして同時に、ルナ自身にも大きな変化が起きます。
“評価されない存在”から、“評価される対象”へ。
ここからは、完全に別のステージです。
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次話では、この“評価対象化”が何を意味するのかを描きます。




