第16話 再会は、評価の上で
――“基準”だ。
その言葉が、まだ耳に残っている。
けれど。
わたくしの足は、すでに動いていた。
戻る。
あの空間から。
現実へ。
廊下の空気が、やけに軽い。
まるで、何も起きていないかのように。
だが。
違う。
すべてが、変わっている。
「ルナ様……」
ミレイアが、小さく呼ぶ。
その声は、少しだけ変わっていた。
震えはある。
だが。
――芯がある。
「どうしたのかしら」
「……本当に、変わりました」
そう言って、自分の手を見る。
何も変わっていない。
けれど。
「分かるの?」
「はい」
迷いなく、頷く。
「見られている感じが、違います」
わたくしは、少しだけ目を細めた。
いい感覚だ。
それが、“主体”。
「では、次の段階ですわね」
「……次?」
「ええ」
軽く頷く。
「“見せる”のです」
その言葉に、ミレイアが戸惑う。
「見せる……?」
「ええ」
わたくしは、ゆっくりと歩き出す。
向かう先は、決まっている。
――人のいる場所。
評価は、“見られることで成立する”。
ならば。
変えたものは、見せなければ意味がない。
中庭へ出る。
数人の生徒が、まだ残っている。
雑談。
軽い笑い声。
平和な光景。
その中に。
「……あ」
見つける。
当然、いると思っていた。
そこに。
彼が。
「ルナ……?」
元婚約者。
その声は、わずかに揺れていた。
信じられないものを見るような顔。
当然だろう。
断罪した相手が、目の前にいるのだから。
「お久しぶりですわね」
わたくしは、微笑む。
丁寧に。
何事もなかったかのように。
「なぜ……ここに」
言葉が続かない。
混乱している。
いい。
そのままで。
「少し、確認をしていただきたくて」
「確認……?」
「ええ」
ミレイアの手を、軽く引く。
彼女を前に出す。
「この子の評価を」
その瞬間。
周囲の空気が、わずかに変わる。
ざわつき。
視線が集まる。
彼も、ミレイアを見る。
「……下がっていたはずだ」
ぽつりと呟く。
正確な認識。
だが。
「ええ」
頷く。
「“下がっていました”」
わざと、過去形で言う。
「……どういう意味だ」
わたくしは、ゆっくりと掲示板を指差す。
「ご覧になって」
彼は、ためらいながらも視線を向ける。
そして。
止まる。
「……なぜ」
声が、低くなる。
驚きと、困惑。
ミレイアの評価は。
確実に。
上がっている。
「そんなはずは……」
「あるのですわ」
あっさりと言う。
「わたくしが変えました」
その言葉に。
場が凍る。
沈黙。
短い。
だが、重い。
「……何を言っている」
彼が、低く言う。
否定。
理解の拒絶。
「評価は、変えられるものではない」
「いいえ」
わたくしは、首を横に振る。
「変えられます」
「そんなことは……!」
声が強くなる。
だが。
わたくしは動じない。
「では、説明していただけるかしら」
一歩、近づく。
「なぜ、この子の評価が上がったのか」
「それは……」
言葉が止まる。
答えられない。
当然だ。
理由がないのだから。
「ねえ」
少しだけ、声を落とす。
「あなたは、どうやって評価を信じていたの?」
問いかける。
核心を突く。
「……決まっている」
彼は言う。
「正しいからだ」
「誰にとって?」
即座に返す。
彼は、答えられない。
沈黙。
その沈黙が。
すべてを語っている。
「あなたは」
さらに踏み込む。
「“正しいとされているもの”を信じていただけ」
その一言で。
彼の表情が、揺れる。
「違う……!」
否定する。
だが、弱い。
「違わないわ」
静かに言う。
「あなたは、見ていなかった」
その瞬間。
空気が、変わる。
重く。
深く。
「……何を」
「この子を」
ミレイアを見る。
「そして」
少しだけ、間を置く。
「わたくしを」
沈黙。
完全な沈黙。
彼の目が、わずかに揺れる。
理解し始めている。
だが。
まだ、認められない。
「……それでも」
彼は言う。
「評価は、正しい」
しがみつくように。
その言葉に。
わたくしは、ほんの少しだけ笑った。
「では」
指を立てる。
「もう一つ、見せて差し上げましょう」
その瞬間。
カイゼルが、わずかに息を止めた。
「……おい」
低い声。
警告。
だが。
止めない。
「やめた方がいい」
「なぜ?」
「それをやると――」
「――戻れないのでしょう?」
先ほどの言葉をなぞる。
カイゼルは、少しだけ黙る。
そして。
「……好きにしろ」
諦めたように言う。
いい判断だ。
「では」
わたくしは、元婚約者を見る。
まっすぐに。
「あなたの評価を、確認しましょう」
「……は?」
理解が追いつかない顔。
当然だ。
だが。
もう遅い。
わたくしは、彼に近づく。
そして。
静かに言う。
「あなた、本当に“正しい側”かしら」
その瞬間。
空気が、揺れた。
ほんのわずかに。
だが、確かに。
――彼の評価が。
揺らいだ。
ついに元婚約者との再会です。
ここからは“構造”ではなく、“人間”の話になります。
そして、ルナはついに他人の評価だけでなく、“対立相手そのもの”に触れ始めました。
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次話では、この“揺れた評価”がどうなるのかを描いていきます。




