西方の檻⑤
7/31:ルルナのヤンデレをややソフトに微調整。
「分かった。ただし、大勢は連れていけない」
アルドが短く告げると、ヴィッセン王は深く深く頭を下げた。王の背後で、宰相シュルトが速やかに手練れの護衛から二名を選出し、アルドの前に整列させる。
アルドは静かに頷き、自身の遊撃部隊を一度見渡してから言った。
「というわけだ。ヴィッセンと護衛の二人が加わる。だが、遊撃部隊に加わった以上は王ではなく、一隊員として扱う。それでいいな?」
「勿論です、アルド様。ご配慮に感謝いたします」
出立の準備が慌ただしく進むさなか、人混みの向こうから聞き覚えのある、調子のよい声が響いてきた。
「ささ、皆さま! お口に合うかと思います! ドワッフ王国とドルフ村の栄光を祝して、どうぞ召し上がって下さいませ」
見やれば、商人トレドが木の皮で出来た小さな包みを遊撃部隊の兵士たちに慌ただしく配り回っていた。そして、アルドの姿を視界に捉えるや否や、いかにも白々しい表情で手を打ち鳴らした。
「やや! これはアルド様。このような場所でお目にかかるとは、なんと奇遇なことでございましょう!」
「‥‥‥いや、最初から俺がいると分かっていたと思うが」
ちらちらとこちらの様子を伺っていた視線に気づいていたアルドは、内心で苦笑しながら、半眼で尋ねた。
「で、それはなんだ?」
「ははっ。私めも何かお役に立てればと、ドワッフ王国の従軍料理長とひざを突き合わせまして‥‥‥開発したのでございます!」
トレドの溢れんばかりの気迫に押され、アルドが思わず半歩ほど下がると、その掌に強引に包みが押し込まれた。
木の皮で包まれた、小ぶりなパンだ。
(この木の皮‥‥‥経木みたいだな。針葉樹が多いドワッフ王国ならではの工夫か)
アルドが興味深く観察していると、トレドが待ってましたとばかりに胸を張り、怒涛の口上を捲し立て始めた。
「アルド様のご慧眼の通りにございます! まさにドワッフ王国の伝統たる経木と、我がドルフ村が誇る食材が見事に融合いたしました。まさに新たな戦闘糧食の結実として、これ以上のものはございません――」
とめどなく溢れだす商人としての宣伝句を横から覗き込んだココミが、ぱっと顔を輝かせて手を叩いた。
「あ! トレドさん、完成したんですね! ドワッフ王国の木の皮に私の特製抗菌剤を施して、栄養満点の糖パンを保存するアイデア‥‥‥私はちょっとだけアドバイスをしただけ――もぐもぐ。この奥深い甘みを引き出したのは――もぐもぐ。やっぱりトレドさんに任せて正解でした」
言い終わると同時に、ココミは二個目のパンに手を伸ばしている。感心しているのか味見をしているのか、怪しいところだが‥‥‥表情を見る限り大満足のようだ。
(糖パンか。いわゆる保存食だよな‥‥‥確かに、甘みと塩分のバランスが絶妙で、疲れた体に染み渡る)
トレドが引いて来た馬には、まだ膨大な数の包みが積まれている。どんな状況下でも利益の目を見逃さないその商魂には、感心を通り越えてあきれざるを得ない。
――だが、
殺伐とした戦場において手軽で美味い食事がもたらす影響は大きい。何よりトレドの手腕の流れは見事だ。一般兵士に調味料を配って胃袋を掴み、そして兵たちの間で噂を作ったうえで、こうして新作の戦闘糧食として王のもとに届ける。王が毒見もなしに口に運んだのは、使徒であるアルドの同行者という信用もあるだろうが、それ以上にトレドが完璧に下地を作ったからに他ならない。
(『将を射んと欲すれば、まずは馬を射よ』か。トレドは商いにおいては完全に「戦術家」だな)
「上手いな、トレド。大したもんだよ」
「ははっ! アルド様ほどではございません! ですが、至上の誉れにございます」
謙遜しつつも抜け目のない表情を浮かべるトレドに、アルドは感服した。彼が示した商人としての「戦いぶり」は、これから死地に向かうアルドの背中にぴしゃりと発破をかけてくれたのだ。
(俺も、ぬるい戦いはできないな)
アルドは気を引き締め直し、トレドに向き直った。
「トレド、分かっていると思うが‥‥‥お前はここまでだ。ドルフ村に戻れ」
「いえ、私はこの補給地に留まります!」
「駄目だ。出稼ぎの者たちと共に、ドルフ村に帰るべきだ」
「いいえ! 私はアルド様、ココミ様そして皆さまを信じております。‥‥‥といいますか、この千載一遇の機を逃すわけにはまいりませんっ! ここが私の商機《戦場》なのですからっ!!」
「く、ははははっ!!」
アルドは思わず声を上げて笑ってしまった。この命がけの状況で、自分たちに全幅の信頼と全財産を掛けてみせると言い切ったのだ。まったく如才ない男だよ、トレド。
「分かった、トレド。この地にて吉報を待て」
「はっ、アルド様に御武運があらんことを! 女神と聖霊の祝福が常に共にあらんことを――!」
トレドの深い一礼を背に受けながら、アルドは遊撃部隊に向き直り、腹の底から号令を放った。
「準備は済んだかっ!」
「「「はっ、いつでもいけます!」」」
力強い唱和が響く。よし、と頷いたアルドは、自らの馬をヴィッセン王の傍らに寄せた。早馬に慣れていないだろう王を、自分の馬に同乗させようと考えたのだ。
――だが、次の瞬間。
背筋が凍りつくような、粘着質な冷気が首筋を撫で上げた。
慌てて背後を見やるが、誰もいない。ドワッフ王国の軍勢の音が遠くに聞こえるだけ。
『‥‥‥マスター』
(ルルナ!? ど、どうした?)
脳内に響く声は、普段の冷静な凛とした美しさを放つものとは決定的に異なっていた。絶対零度の静寂のなかに、ドロリとした熱を秘めた、逃げ場のない圧迫感。
『アルド様のすぐ隣に‥‥‥誰を乗せるおつもりですか?』
(そりゃあ、馬に乗れなさそうなヴィッセン王を‥‥‥)
『ダメです』
即答だった。思考を挟む隙すら与えない拒絶。
(え? いや、でも、急ぎの旅だし‥‥‥男性だし問題ないだろう? ほら、ココミさんだって前に乗せたし)
『ココミさんは‥‥‥特別です』
(特別? どういう意味‥‥‥だ?)
『ココミさんは私が認めた例外です。ですが、他の何者であろうと‥‥‥たとえ男であろうと、王であろうと、アルド様の体に触れる‥‥‥っ、私以外の存在がその腕の中に収まるなど‥‥‥許せるはずがありません』
(ル、ルルナ。そ、その、どうしたんだ?)
『マスターの体は、マスターの命は、私が千年の時をかけて再構築した『私だけのもの』です。誰にも触れさせません。もしその男を乗せるというのなら‥‥‥あの男を医学的に騎乗が不可能な体にしてしまえば、同乗の必要はなくなります。‥‥‥ご安心ください。後遺症は残しません』
(え? せ、聖霊ってのは、どうにも言葉が物騒でいけない。‥‥‥いや、そうか。解呪だの、再構築だの、医者ってのは大抵、口の利き方に容赦がないものだからな)
脳裏に直接流れ込んでくるのは重すぎる執着の奔流。アルドは背中に冷や汗をかいた。‥‥‥そうか、ドルフ村にいる本体のルルナに寂しい思いをさせてしまっているのかもしれないな。分体越しに声を聞くばかりで、こちらから何かを返してやれたことがあっただろうか。そうか、そうだな。
(分かった! 分かったから、ルルナ。落ち着いてくれ。ヴィッセン王については別の方法を考えるから)
胸の奥で、ルルナの甘く歪んだ溜息が聞こえた気がした。
アルドは少し慌てながら、ヴィッセン王の周囲を固めている護衛兵に視線を向けた。王直属の護衛ならば、当然に人乗せの馬術にも長けているはずだ。彼らに任せるのが安全面でも、王の面目にとっても一番だ。
(そういうことで問題ないな、ルルナ?)
返事はない。だが、魂の回線は繋がったままだ。沈黙のまま、こちらの挙動をじっと見つめている気配が伝わってくる。
(ルルナ? 通信は繋がっているんだろ?)
『‥‥‥私のマスターは、こんなにもお近くにいるのに‥‥‥どうして、私の手で直接触れられないのでしょうか。村に残るなんて選択、しなければよかった‥‥‥今すぐそちらに飛んで行って、マスターを私だけの籠の中に閉じ込めてしまいたい‥‥‥』
(っ!?)
『それに、あの場所へ行けば、マスターは‥‥‥っ』
ルルナは一瞬言い淀み、
『‥‥‥いえ、なんでもありません。マスター』
(‥‥‥分かった。今は聞かない)
『‥‥‥』
よほど独りにさせてしまったのだと思いながら、 アルドは冷や汗を拭った。
(大丈夫だ。こうしてルルナの声を聴いているだけで、俺は落ち着くよ)
『っ! はい。私のすべてを、私の存在のすべてを捧げて、マスターをお守りいたします‥‥‥絶対です』
あまりに重く熱い言葉に一瞬息をのんだが、アルドは「頼りにしているよ」と心の中で返した。さきほどルルナが言い淀んだ、あの場所で俺に何かが起こるのだろう。それでも行かないという選択肢はない。この戦いが終わったら、ルルナとしっかり向き合って二人きりで話をしよう。俺たちのこれからについても。
それから、遊撃部隊は昼夜を分かたず早馬を乗り継ぎ、疾走を続けた。
――丸一日。
一行はついに、目的の西部研究所を視界に捉えた。
丘陵の切れ目、乾いた谷の底に、それは沈んでいる。
石造りの巨大な塊だった。窓は数えるほどしかなく、代わりに三本の煙突が灰色の煙を絶え間なく空へ吐き出していた。風向きのせいか、ここまでかすかに焦げたような臭いが鼻孔を刺し、思わず眉をひそめる。その研究施設を囲む石壁の内側には荷を積んだ馬車が幾列も並び、豆粒ほどの人影が忙しなく行き交っているのが見えた。
――何も、起きていない。
国土が亜獣に食い荒らされているというのに、あの施設だけが平時と何ひとつ変わらない。まるでここだけ別の国であるかのように、粛々と稼働を続けていた。
ヴィッセン王が馬から降りてアルドのもとに足を運び、深く息を吐く。
「聖霊の使徒様。‥‥‥ここまで、何もお尋ねにならなかったことに、感謝いたします」
王はまた頭を下げる。その所作の丁寧さが、かえって胸に引っかかった。この男は、いったい何を見に行こうとしているのか。
「いや‥‥‥それより、ひとつ確認したい。あの施設に入る際、俺たちはどんな格好をすることになる?」
「防護の装束を着ます。塗料の工程では毒が出ますので、全身を完全に覆い隠すのです」
顔まで隠せる防護装束というのは、都合が良い。いや、良すぎるほどだ。
だから、アルドはそれ以上聞かなかった。聞けば、聞いてしまう気がしたのだ――毒が出るのに、人が働いている‥‥‥その意味を。
街道の向こうに、砂塵が上がっているのに気付いた。
幌を深くかぶせた大型の荷馬車が、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくる。西部研究所へ向かう、今日の分の「材料」を運ぶ便だ。
「来ました」
ヴィッセン王がフードを深く被り直す。その手が、わずかに震えていた。
アルドは何も言わず、腰の刀の柄に軽く触れ、
「――行くぞ」
余談:この物語では、①戦闘と②政策(町づくり)に主軸を置いています。あと③世界の謎解き。
世界地図も作成しているのですが、どうやって提示すれば良いのか分からぬる。
読んで下さいまして、ありがとうございます。
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