唸り声④
2月の投稿は不定期となります。(ですが、できるだけ投稿していきます!)
◇
アルドは、重い足取りで本営へと歩を進めていた。
合流した本営陣は、戦時下特有の殺気立った慌ただしさに包まれている。第八連隊が誘導されたのは、高台に設けられた仮設の作戦本部だった。テントを張る余裕さえなかったのか、地図や通信魔動器が剥き出しのまま並ぶ露天の陣が敷かれている。
アルドは無機質な本営の様子を視界の端に捉えながら、先ほどココミが繋いでくれたギルド通信の内容を反芻する。
「『黒の信徒』・・・か」
新たな勢力。その不穏な影は、ここドワッフ王国の外―――遠く離れた国境都市マジルにおいても、同様に蠢いているという。
「黒い薔薇の紋章」。秘密結社にありがちな意匠だが、だからこそ奥歯に苦いものが広がる。そういった輩の狂信的な結束は侮れない。千年前にも『天幻』という言葉を広め、社会的な影響力を持った新興宗教があった。あれと同じ臭いがする。
そもそもアルドは、この亜獣の襲撃はアームシュバルツ公爵が糸を引いているものだと思っていた。だが、ユキナが残した言葉が、その推論を揺さぶる。
―――『公爵が襲撃を知っていたのは間違いありませんわ。ですが、領主の館で見つかったのは最低限の動員令だけ。まるで、別の「何か」が起こるのをただ待っていたかのような・・・』
もし、公爵が黒幕ではなく「便乗者」に過ぎないのだとしたら、本当の敵はどこにいる?
そしてタンスイがマジルの地下で見たという、大扉に施された封印。彼が専門外だと言いながらも確信を持って口にした「レイド戦の発動条件がこの先にあるぜ」という言葉。
バラバラだった情報のピースが、ひとつの不気味な形を成そうとしていた。
「アルドさん・・・」
隣を歩くココミが、不安げにアルドを見上げてくる。その小さな手には、亜獣の体内から取り出された、あの歪な金属片が握られていた。
「マジルで見つかった金属キューブ、そしてこのドワッフの地で見つかった金属片・・・共通しているのは、黒嘆石に近いってことか」
「はい。それで、先ほどのギルド通信で、確信に変わりました。この金属片は―――『受信装置』です。何者かの命令を受け取り、肉体を強制駆動させるための」
受信装置。
ルルナの分析によれば、「金属キューブには生物の行動を操作する制御式」が組まれているという。現代人の感覚からすれば、体を操るなら脳に埋め込むのが効率的だろう。だが、この世界の法則では、魂の座に近い心臓こそが、最も「制御」に適したポートなのだろうか。
「つまり、誰かが亜獣を『動かしていた』ってことだな」
アルドの胸に、冷たい怒りが灯る。
これは、単なる侵攻ではない。ドルフ村、国境都市マジル、そしてドワッフ王国。これらすべてを巻き込んだ、命を部品として扱う極めて事務的な作業の臭いがした。
元コンビニ店員のアルドにとって、効率化や管理は馴染み深い概念だ。だが、それを魂にまで適用するやり口は、吐き気がするほど命を軽視している。
二度目の生において、人生をいかに生きるか。それは自らの意思で選択した行動でなければならない。それを操り人形として魂を弄ぶなど、到底看過できるものではない。
「いずれにしても・・・西部研究所が全ての鍵だな」
「はい。私も、そう思います」
ココミが唇を噛み、強く頷いた。
二人が視線を交わした先には、既にドワッフ王国軍の本営―――その作戦本部のひりついた空気が迫っていた。
そこに、ドワッフ王国の王がいた。
まさか国王自身がいるとは想定できなかった。驚愕する心を押しとどめて、アルドは視線を交える。ドワッフ王国の国王については名前程度までは学んでいる。
しかし、王と呼ぶにはあまりに華奢な男だった。国王ヴィッセン。ドワッフ族と言えば筋骨隆々の巨漢を想像していたが、目の前の男は知性的な光を瞳に宿した、細身の学究肌といった風貌だ。
「陛下、第八連隊、帰還いたしました」
第八連隊長グランが、沈痛な面持ちで報告する。
ヴィッセン王は、僅かに目を伏せ、それからグランへと鋭い視線を向けた。声には出さない、無言の問いがそこにはあった。
「・・・いいえ。帰還者は、おりませんでした」
グランの短い答え。その瞬間、本営に重苦しい沈黙が流れた。
アルドはそのやり取りに、拭い去れない違和感を覚える。
(帰還者、だと・・・?)
第八連隊の表向きの任務は、逃げ遅れた村人たちの護送だったはずだ。だが、今の国王の視線や、グランの「誰も戻らなかった」という声の響きは、単なる避難民を案じるものとは明らかに異なっていた。
ふと見れば、この場にイエルの姿がない。階級の低い下士官だから呼ばれていないだけか。だが、あの青年が持っていた情報の質を鑑みれば「重要人物」に違いないはずだ。この場にいてもおかしくはない。表舞台には出られないということか・・・? あえて姿を隠したか、 それとも別動隊として既に研究所へ向かったのか、
アルドは胸中で首を振る。思考が脱線しているぞ。考えるべきは、第八連隊の本当の目的だ。
イエルは西部研究所の話をしていた。安直かもしれないが、連隊の任務は村人の護送だけでなく、西部研究所に潜入していた「諜報員」を回収することだったのではないか?
そして、その諜報員は戻らなかった。
そんなアルドの疑念を遮るように、本部の幕僚たちから冷ややかな声が飛んだ。
「貴殿が、第八連隊長グランのお墨付きの聖霊の使者とやらか。・・・ふっ、実存強度は、わずかに『1』。冗談が過ぎるのではないか?」
一人の将校が、手元の測定魔動器を見ながら嘲笑する。
「実存強度1とは村人と同じ。素人同然の者が刀武家を名乗るとは、驕りが過ぎる」
「度し難い」
「それに、千年前の人間という話も、到底信じがたい。そのような弱卒に、敬意を払えと? グラン、お主は騙されているのだ」
侮蔑の視線が、一斉にアルドに突き刺さる。
無理もない。この世界の常識に照らせば、実存強度は絶対的な指標だ。数値『1』は、路傍の石も同然。
しかし、西部研究所に行くためには―――勝手に行くこともできるが―――大人としてスジを通す必要がある。ここで舐められたままでは、許可など下りない。
アルドが口を開こうとした時、それを制したのはココミだった。
彼女は一歩前に進み出ると、この場の中央にいる王を見上げて叫んだ。
「数値だけで人を判断するのは、一流の鑑定とは言えません!」
凛とした声が響く。ココミは怯むことなく、手に持った金属片を掲げた。
「アルドさんは弱くなんてありません! この金属片が何だか知っていますか? この危険性をいち早く見抜いた、私たちの聖霊の使者様なんです!」
その瞬間、ココミの両瞳に鮮烈な光を伴った制御式が宿った。
「天眼!? しかも両目にっ!」
「ばかなっ、王以外に天眼を使える者などいようはずが・・・」
「まさか、こんな少女が・・・聖霊の祝福を受けたというのか!?」
どよめきが広がる。
ココミは怯むことなく、金属片に刻まれた制御式の異常性を、専門的な用語を交えて一気にまくしたてた。
「この受信構成式は第三層の術式に干渉し、強制的に生命活動を賦活化させています! これは自然発生ではなく、明確な悪意ある『操作』です!」
専門用語の羅列に、傍らにいたアルドはちんぷんかんぷんだ。制御式については門外漢もいいところで、ただ腕組みをして「うむ、その通りだ」という顔で胸を張っているだけ。
だが、その場の流れは一変した。
ココミの知識と、何よりその瞳に宿る『天眼』の輝きに押され、幕僚たちが言葉を失う。
(さすがだな、ココミ。みんながココミを畏怖の念をもって見ている。なら、俺もココミの後方支援をしないとな・・・専門用語は分からないから、俺に出来るのはハッタリと演出ぐらいか)
ドワッフ王国の上級士官たちが口々に「聖霊様」と言っている。確かルルナは土属性の聖霊だから、土属性魔法を得意とするドワッフ族にも受けがいいはずだ。ココミに「祝福」演出をしてやれば、この場を完全に掌握できるはず。
アルドが内面に意識を向けると、ドルフ村で待機しているはずのルルナの意志が、分体を通じて即座に応えてくれた。
アルドの肩口に、青い光が収束していく。
現れたのは、淡い蒼光を放つ綿毛のような聖霊―――ルルナの分体だ。
「蒼聖霊様・・・だとっ!!!」
先ほどまでの喧噪が、嘘のように消え失せた。
広場を支配したのは、祈りにも似た深い静寂だ。
アルドは戸惑ってしまう。
(どういうことだ? ここは「おお、聖霊様だ!」「ココミ様すごい!」となるはずだよな? なんでこんなに空気が凍り付いてるんだ?)
ええい、こうなったら突き進むのみだ。
アルドは、その分体を指して言った。
「ルルナ、少しだけ力を貸してくれ。ココミに祝福を―――」
「・・・『ルルナ様』と、そう仰ったのか?」
ヴィッセン王が、震える声で一歩踏み出した。その瞳には、もはや疑念の色はない。あるのは、伝説の向こう側にあった真実を目の当たりにした者の、畏敬と戦慄だ。
「失われた聖地におわす大聖霊、蒼聖霊様・・・。ま、まさか・・・失われし聖地は、ドルフ村だったのか?」
ルベジェ? ルルナの真名か? ドワッフ王家には伝承が残っているのか。疑念が湧くが、今は混乱が先走る。
王の声は震えていた。
アルドは内心の混乱を顔に出さないよう必死に耐えていた。
(一体どういうことだ? ドワッフ王国とルルナに関係があったのか? いや、確かにドルフ村は昔はドワッフ王国領だとは聞いていたが・・・。まさか王族が代々語り継ぐような、とんでもない存在だったのか?)
アルドの胸中を知る由もなく、王はその場に崩れ落ちるように膝をつき、深く頭を垂れた。
「始聖霊の導きに、心より感謝を。・・・アルド様、先ほどまでの非礼を、どうかどうかお許しください!」
王が平伏する。それを見て、周囲の幕僚たちも慌てて床に額を擦りつけた。先ほどまでアルドを「弱卒」と罵っていた彼らが、今は震えながら許しを乞うている。
その光景は、まさに天地がひっくり返ったようだった。
「分かった。いや、それに・・・見ず知らずの者を警戒するのは当たり前のことだ。俺でもそうする。だから、顔を上げてくれ」
アルドが努めて平静な声で告げると、王は涙で濡れた顔を上げた。
「なんと! 寛大な方か! ・・・これほどの慈悲深き御方こそ、真の英雄に相応しい!」
(いや、普通のこと言っただけなんだが・・・)
アルドは引きつりそうになる頬を必死に抑え、英雄としての威厳ある表情を保つのだった。
読んで下さいまして、ありがとうございます。
もう少しだけ動きがない場面が続きますが、お付き合いをよろしくお願いします。
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