幕間 結節点③
10月は不定期投稿となります。
ミアたちのパートは次で完結します。そして、アルドたちドワッフ王国へ・・・?
アルドたちが出立してから、数日が過ぎた。
ミアは、あの日ルルナから二つの属性を与えられて以来、時間を見つけては聖地の泉で聖霊魔法の練習に励んでいた。死属性という本来の適性を伸ばすこと。そして、与えられた土属性の祝福を、か細いながらも確かな力として魂に根付かせること。その二つが、今の彼女に課せられた課題だった。
(死属性は、呪いや精神操作の力・・・)
ミアは制御式を編みながら、その不穏な響きに胸を痛める。村長として、村の役に立つ力は明らかに土属性だ。作物の成長、土壌の改良、頑丈な壁の構築・・・父様もそうだった。聖霊の巫女である自分が、なぜルルナ様と違う属性なのだろう。私は、本当にルルナ様のお役に立てるのだろうか? 村の皆の期待に応えられるのだろうか? 不安が黒い靄のように心を覆う。
そんなミアの葛藤を、ルルナは静かに見守っていた。今はただ、彼女が自身の力と向き合い、乗り越えるのを待つしかない。
村の復興は、アルドが示した「千人規模の町」という目標に向かって、着実に進んでいた。ユキナが練り上げた緻密な計画を基に、ココミの生活魔法がインフラを整備し、タンスイが新たな防壁の基礎を築く。新旧の住民の間には、まだ価値観の違いからくる小さな軋轢もあったが、皆が「聖霊の使徒様が帰るまでに」という共通の目標に向かって汗を流していた。開墾された畑には種が蒔かれ、未来への希望のように緑の芽が顔を出す。警邏体制も強化され、村には少しずつ、だが確実に秩序と活気が戻りつつあった。国境都市からの避難民の中には行政官だった者もおり、彼らの知識によって村の記録や周辺情報も整理され始めていた。
ルルナは蒼綿毛の姿で村の上空を漂いながら、その全てを見守っていた。
(計画は順調。ミアにも聖霊の力は宿った。あとは、それがどう花開くか。問題は、マスターの今後・・・)
マスターは、いずれ刀の修行のために旅に出るだろう。だが、律龍は彼を英雄として歴史の表舞台に立たせようとしている。それは、現世における律龍の活動力を高めるための動力炉として・・・。 そして、
(最終段階にて、マスターを■■にするなど、断じて許せません!)
蒼綿毛が怒りに震える。ルルナは熱くなった思考を冷ますように、村を見下ろす大樹の梢に降り立った。
(ココミさん達の存在も気がかりです。記憶の欠落、あるいは改竄? 一体、誰の思惑でこの地に? 真に警戒すべきは、彼女たちをここに誘った『何か』・・・。やはり、泉の力を高め、リヴィア様にご指示を仰がねば)
そのルルナの姿を、遥か遠く、森の深淵から一対の冷徹な目が捉えていた。ミアに祝福を与えたことで力が減衰しているルルナは、その監視の視線に気づくことはなかった。
その夜。 眠れずにいたミアは、そっと家を抜け出し、村の中央広場にある石垣に腰を下ろして夜空を見上げていた。煌めく星々が、まるで砕けた宝石のように空に散りばめられている。所々で揺れる篝火の暖かな光と、時折様子を見に来てくれる警邏の人の足音が、孤独な少女の心をわずかに慰めた。
(私は、ちゃんとやれてるのかな・・・?)
村長として、巫女として、皆の期待に応えたい。でも・・・。 はあ、と深いため息が漏れる。昼間の出来事が蘇る。復興作業を手伝おうと、土属性の魔法で石材を持ち上げようとした。だが、力の制御がうまくいかず、意図せず死属性の力が漏れ出し、足元の草花が一瞬で黒く枯れてしまったのだ。「あっ・・・!」と青ざめるミアに、村人たちはぎょっとしながらも、「ミア様、お気になさらず」「石運びは我々に」と、かえって気を遣わせてしまった。自分が情けなくて、悔しくて、涙が出そうになるのを必死で堪えた。
ひやりとした夜風がミアの額を撫でる。心地よさと同時に、言い知れぬ不安感が胸をよぎった、その時だった。
―――アオォォォォン……!
獣の遠吠え。そして、地を揺るがす微かな振動。 ミアの心臓が、嫌な音を立てて跳ね上がった。全身の血が急速に冷えていく。
(この感じ・・・! ゴブリンが村を襲った、あの時と同じだ!)
地鳴りは東の方角から近づいてくる。村の東側には、建材用の丸太が集積され、防壁の建設がまだ追いついていない区画だ。見回りも重点的に配置されていたはずなのに!
ミアは弾かれたように立ち上がり、村長の家へと駆け出した。全ての情報が集約され、有事の際の避難場所にも指定されている場所だ。 脳内に、緊迫したルルナの声が響く。
『ミア! 魔物の群れの襲撃です! 規模は小さいですが、統率が取れていない分、凶暴化しています! 私が加勢しますので、すぐに鎮圧できるでしょう。あなたは安全のため―――』
(はい! 村長の家の執務室で待っています!)
『ええ、執事のロウと共に、決して外へ出てはいけませんよ!』
ルルナは(敵の存在に気づけなかった・・・!)自らの失態を悟る。ミアに土属性の祝福を与えた影響で、聖霊としての感知能力が著しく低下していたのだ。ルルナは蒼綿毛の姿で一気に飛翔し、魔物の群れが暴れる東区画へと急行した。
村長の家の前に駆けて来たミアは、息を呑んだ。
家の中は不自然なほど静まり返っている。外からでも分かる。夜のとばりが降りたというのに、灯りは消えていた。
(ロウ・・・?)
名を呼びかけようとして、寸でのところで思いとどまった。おかしい。人の気配が全く感じられない。死属性の魔法を練習するようになってから、ミアは人の気配に鋭敏になっていた。だから、
(もしかして・・・村を襲っている敵が、もう家の中に?)
執務室には、村の重要な情報が保管されている。ユキナお姉さまから預かった、あのお守り(魔動器)も! 盗られるわけにはいかない! でも、どうしよう? 私には戦う力なんて・・・
(ううん、ある!)
ミアは唇を噛む。聖霊魔法の練習はずっとしてきた。今度こそ、地属性を使って・・・ だめ。成功した試しがないじゃない。絶対に失敗はしちゃ駄目だ。なら、私は・・・死属性を使う! ふぅと大きく息を吐いて心臓の鼓動を落ち着かせる。私の居場所を知られないように、静かに家に入らないと。
恐怖がふつふつと胸に湧き上がるけど、覚悟を決めたミアは、執務室からは遠い部屋の窓から侵入を始めたのだった。
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