国境都市マジル②
11月は不定期投稿となります。
タンスイ君に対する人物評価は、次エピソードを読んでからして欲しいと思います。
マジルに向かって再出発するに際して、ユキナはブリッツが手配した若者に、ドルフ村行きの早馬の任を与えていた。これは双子の手記によりルルナから提案されたものだ。ドルフ村に潜入した密偵の背後関係を探るため、あえて「ユキナたちからの情報連絡」を出すこと。これは敵の反応を観測する陽動である。
ユキナは若者に、ルルナの案に対する返答を記した幾つかの手紙と、タンスイが仕留めた魔物から摘出したあの奇妙な金属キューブを託した。
「密偵が組織の指示で動いていたなら、何らかの反応があるはずですわ。さらなる諜報か、あるいは捕縛された仲間の口封じか」
ユキナは独りごちる。「接触が全くないこともあり得ますわね」しかし、全くないことそれ自体が、重要な情報に変わる。既に目的が果たされてしまっているという事実が。
(現状の仮想敵はアームシュバルツ公爵? ‥‥‥それとも亜獣や魔物を軍隊のように組織化した、まだ見ぬ何者でしょうか?)
疑問に思考を巡らせたいが、今はまだ予断を許さない状況。マジルに行けば、その答え合わせができると思いたい。
(果たして私たちの敵は‥‥‥ストラクト・フォンズの、他のプレイヤーという可能性も十分にあり得る)
ユキナはふぅと誰にも気づかれぬよう、小さく息を吐いた。 再び顔を上げたとき、彼女は馬上の若者を見据える。もし敵組織の妨害に遭えば、彼の命はないだろう。この世界に来てから、人の生死を手段として扱うことに、胸に棘が刺さるような不快感を覚えるようになっていた。だが、これもココミの夢を叶えるため、自分たちが生き残るために必要な非情な一手。かつて自らが家族から「商品」として扱われたように、他人を駒として使うことに、ユキナは矛盾と嫌悪を感じながらも、唇に固く力を入れた。
「ドルフ村からも早馬が来ているはずですわ。道中で合流できるでしょう。合流した後は、そのまま聖霊ルルナ様の指示に従って下さい」
若者は、その言葉の裏にある真理を悟ったのだろう。緊張した面持ちで目をつぶり、力強く頷いた。
「ユキナ様、ブリッツ様。必ずや、任を果たします」
言うや否や、若者は馬の腹を蹴り、ドルフ村へと駆けて行った。 それを見送ると、一行もまた、壊れた街道をマジルに向かって進み始めた。
◇
遠めに、山岳に築かれた国境都市マジルの姿が見えた。 同時に西風が吹き、戦場の残り香を運んでくる。燻る熱気と共に、むせ返るような血生臭さと腐臭が、未だあちこちから細く煙の上がる都市から漂ってきていた。
ユキナはマジルの無残な姿から、足元の街道へと視線を落とす。道は破壊され、周囲の草地は無数の足跡や車輪の跡で踏み荒らされている。人々が這々の体で逃げ出したことが窺えた。だが――、
「一体、逃げ延びた方たちはどこへ行ったのでしょう?」
ここまで来る道中、誰一人として出会わなかった。おびただしい数の難民がいたはずなのに、死体さえも見当たらない。ユキナが視線で問うと、ブリッツが苦虫を噛み潰したような顔で応じた。
「ユキナ様の推察通り、攫われたものと考えるべきでしょうな」
ブリッツはそう相槌を打ち、後方の荷馬車に目をやった。
「人影はありませんでしたが、街道筋には放置された荷物が散乱しておりました」
振り返った視線の先には、手配した荷馬車が見える。そして、そこには商人ディルによって回収された物資が溢れんばかりに積まれていた。
「うおおおっ! こいつは儲けもんですぜええ!」
ディルの野心を反映した声が響く。
「くくくっ、その意気だぜ、ディル! アイテム漁りは成り上がりの基本だ! これぞMMOの鉄則ってやつだぜ!」
タンスイも、ゲームの常識をこの世界に重ねて無邪気に便乗している。(‥‥‥火事場泥棒ですわね) ユキナは内心でため息をつきつつも、それを黙認した。この世界で情報を得るためには、金銭もまた不可欠なのだから。
「亜獣たちの目的は何なのでしょう。マジルで、より良き情報が手に入ることを願いますわ」
ユキナは再びマジルを見上げた。山肌に築かれた都市はまさしく要塞だ。その堅牢な都市が遠目にも半壊している。どれほどの大群が攻め寄せたのか。 だが、壊滅はしていない。かろうじて耐え抜いたのだ。兵士の姿も見えないのに、どうやって? ふと、ブリッツの言葉が脳裏をよぎった。
「マジルの都市魔法は、防御に特化したものでしたわよね?」
「噂の範疇でしたが‥‥‥この光景を見れば、信じざるを得ませんな。あの亜獣の大群から壊滅を免れたのは、都市魔法あってこそでしょう」
ブリッツは目を細め、マジルを複雑な表情で見つめている。彼が何を思い、何を見ているのか、煙と瓦礫で判然としなかった。だが、都市には人の生活の気配があることだけは確かだった。
「ブリッツさん。どこから侵入しますか?」
「そうですな‥‥‥」
「ややっ、そこは商人のこのディルにお任せいただければ、と!」
揉み手で割り込んできたディルをよそに、タンスイが「おうよ!」と仁王立ちになり、びしっと正面の城門を指さした。
「そりゃあ、当然に正面からだろっ!」
「正面から? 一番警戒されているところですわよ」
ユキナがその意図を測りかねていると、意外にもブリッツが深く頷いた。
「なるほど、それが良いでしょうな。正面から堂々と入る。タンスイ殿の案、いかがですかな?」
「‥‥‥では、私たちの出自は?」
「『教会騎士』とすれば良いかと。教会の権力は、領主権力から独立しておりますゆえ」
「そうね」
ユキナは即座に利点を理解した。
「ドルフ村はマジルの傘下。村の所属と名乗れば、領主の権限下に入ってしまう。ブリッツさんの案が得策ですわね」
「おいおい、そこは俺の案って言ってくれよ~」
「はいはい。‥‥‥それとディル、あなたにお願いが。換金できる店はご存知かしら?」
「換金、ですか。うーん、これだけ混乱してる町だと、金銭より『生命結晶石』そのものが貨幣代わりに使われてる可能性が高いですぜ」
(生命結晶石が貨幣‥‥‥? ああ、なるほど。混乱時だからこそ力(実存強度)が求められる。軍備増強のために領主が石の流通を奨励している、そういうことですか。流通量が増えれば、買い上げるのも楽ですね)
「分かりましたわ。有益な情報に感謝します。では、ディルにはマジルの食糧事情と、住民たちが何に不安を感じているのか、噂話を集めてもらえますか?」
「へい! 承知しやしたとも!」
ディルは自信満々に胸を叩いた。彼もマジルを拠点とする商人だ。情報収集には期待できるだろう。
(都市機能が辛うじて維持されているのは、領主ドンヘルの手腕‥‥‥そう考えるべきかしらね)
ユキナは、未だ煙が上る都市を冷静に分析していた。
正面門からの入城は、驚くほど円滑に進んだ。そこで情報収集に向かうディルと別れて、ユキナたちはブリッツの案内で、彼が所属する教会へと向かうこととなった。 主力部隊こそ演習で不在だったが、残存兵士はおり、彼らの多くがブリッツと顔なじみだったのだ。
(調査で訪れていた、というだけにしては現場への浸透が深すぎる。ブリッツの手腕、評価を改める必要がありそうね)
「ブリッツさん、助かりましたわ」
「いえいえ。使徒様の従者御一行を、無駄に煩わせるわけにはまいりませんからな」
マジルは大都市だった。その建造物のありようを見れば、さすがは十万人を抱える大都市といえる。だが、大通りに面した壮麗な石造りの家々は原型こそ留めているものの、外壁は崩れ、聖霊魔法によるものか、あちこちが黒く焦げ付いていた。
「家を崩して防壁にしたようですな」ブリッツが眉間にしわを寄せる。大通りの先が瓦礫で塞がれており、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
「少々、狭い道を通ります。ご無礼を」
「構いませんわ」
だが、裏通りは想像以上に酷いものだった。無秩序に尽きる。食糧不足を反映してか、出所の知れない肉が売られ、路地裏からは暴力的な怒号と、糞尿の悪臭が漂ってくる。秩序の瓦解は、人間性の瓦解と同義なのだとユキナは痛感させられた。
「ひでえ有様だぜ」
タンスイが顔をしかめる。
「こういうイベントは好きになれねえ。希望がねえってのは、面白くもなんともねえからな」
彼は背中の大剣の柄を、確かめるように握りしめた。
「ということはだ。俺が、このマジルで、守護騎士として立つべき時が来たってことだな!」
「こら、弟くん。あなたの身分は打ち合わせ通りに『教会騎士』のはずでしょう?」
ユキナの突っ込みも、今のタンスイには届いていないようだった。彼の性根は真面目だ。この惨状が、彼の「守る」という騎士の本質を刺激しているのだろう。それに、この劣悪な衛生状態では、疫病も時間の問題だ。咳き込む人の多さが、それを物語っていた。
その時、先頭を歩いていたタンスイが、不意に「うおっ!?」と声を上げ、立ち止まった。 彼の屈強な体躯の影から、小さな子どもが飛び出し、あっという間に裏路地の闇へと消えて行った。
「どうしたの?」
「ああ~くそっ。やられちまったぜ! 俺の超絶ハイパーな巾着袋が盗まれちまった!」
「まったく、油断しすぎですわよ」
「いやいや、違うんだって! これはMMOじゃよくある『イベントフラグ』ってやつだぜ。あえてスラせてやったわけよ」
「負け惜しみにしか聞こえませんわね」
「おいおい、ユキナさんよぉ。早計過ぎるぜ。ここはマジル、俺は子どもにスリに遭った。そして、このイベントは巾着を取り返すところから始まるってこと!」
タンスイはそう言い放つと、ユキナたちの制止も聞かず、子どもが消えた路地へと走り去ってしまった。
ユキナは、今度こそ盛大なため息をついた。しかし、その胸にはわずかな違和感が残っていた。
(今の‥‥‥タンスイが子どもに巾着をすられる、まさにその直前。彼は何かにひどく驚いたような、怯えたような表情をしていたわ。あれは、私の見間違いではなかったはずだけど‥‥‥)
ユキナは盛大なため息の裏にその疑念を隠し、走り去った弟くんの背中をわずかな不安と共に見つめたのだった。
◇
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