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戦禍のきざし

10月は不定期投稿となります。


「密偵が? ‥‥‥それも、ドルフ村にか」


 ルルナからの緊迫した念話を受け取り、アルドは低く唸った。その間にも、遠くの地平線が断続的に閃光で照らされ、遅れて地面が揺れる。こちらの状況も予断を許さない。


 密偵が偶然ドルフ村に通りかかったとは考えにくい。村を襲った魔物の群れと密偵‥‥‥あまりにもタイミングが良すぎる。連動していると考えるべきか?  密偵が魔物を使役できるのなら、背後には相応の組織がいると仮定すべきだろう。


(ミアの様態は?)

『今は眠っています。ですが――舌惟ぜついの代償による呪いを受けています』

(‥‥‥解呪できると?)

『はい。儀式が不完全であったこと、ミア自身の抵抗、そして聖地の加護もあり、解呪は可能と判断しています』

(なら、話は早い!)


 アルドは安堵の息を漏らす。


(ルルナ、ミアの味覚は何としても取り戻そう。これから先、美味い飯が食えないのは人生の彩りを失うことだ。幼いミアなら、なおさらな。その呪いは必ず解く。俺に手伝えることがあれば遠慮なく言ってくれ)

『マスター‥‥‥ありがとうございます』


 アルドは一息入れ、慌ただしく動き始めた周囲に視線をやった。ゲルドが馬車の確認に走り、アンネが槍を手に周囲を警戒している。遠くの爆発音は止む気配がない。 アルドは彼女たちに出立の準備を指示しつつ、再びルルナに意識を向けた。


(ドルフ村の被害状況を教えてくれ)

『死者はなく、負傷者が数名です。執事のロウも負傷しましたが、命に別状はありません。防壁に損壊はありません。ただ、陽動だったらしく木材集積所に被害が集中し、建築木材はほぼ壊滅状態です。伐採からやり直す必要があります』

(人命が最優先だ。施設建設が遅れるだけならいい。使えなくなった木材は薪にでも何でも転用してくれ。あとは‥‥‥密偵に対する防御体制の構築が必要だな)

『畏まりました』


 村に関して言い忘れたことはないかと、アルドは数秒熟考する。だが、これ以上は現場の判断に任せよう。


(あとは本題だ。密偵は生きているか?)

『はい。仮死状態で拘束してございます』


 そうか、とアルドは眉間の皺を深めた。情報を聞き出すのは確定として、その先だ。泳がすか? しかし、しっぺ返しを食らう危険性も高い。‥‥‥だが、俺たちにはこの世界の見取り図が圧倒的に足りない。フェルム帝国、ドワッフ王国、そしてそれらを取り巻く国や組織。密偵は、その闇を照らす『機会』かもしれなかった。


(ルルナ、発信機のような聖霊魔法はあるか?)

『対象の情報を手繰る「糸」を付けることが可能です』

(そうか。なら、その線でいこう)


 餅は餅屋だ。自分が政治的な駆け引きに不得手なことは自覚している。ならば、方向性だけ示し、あとは専門家に任せるべきだ。


『僭越ながら、マスターは密偵を泳がすおつもりですか? 先の戦闘で都市魔法の一部を転用し、かなりの魔力カロリックを消費してしまいました。残った力は、すべてマスターのサポートに回したく思います』

(ルルナ。今はとにかく情報が欲しいんだ)

『ですが! 泳がせるとなれば、その「糸」を維持するために、ただでさえ減衰している私の力をさらに割かねばなりません。マスターの身に万が一のことがあれば‥‥‥っ!』

(分かってくれ、ルルナ。俺がこの先、ミアや村を守るためにも、敵を知る必要がある)

『‥‥‥マスターの、望むままに。ですが、どうかご無理だけはなさいませんように』

(ああ、分かっている)

『その情報を探る件。仔細については、私に一任を頂ければ――』

(もちろんルルナの力は借りるが、密偵への対処は、ユキナと共同で進めてほしい)

『っ!? マスターは、MMO組と今後も共に在ると?』

(協力関係は維持するということだ。この世界でできた数少ない縁だ。進んで切る理由は、今のところない)

『承りました。つきましては、マスターからギルド通信にて事の次第の報告をお願いします。その際、ユキナ殿には「執事のロウに代わり、ルルナがミア様の補佐として窓口を引き継ぐ」と。それで共同立案が可能となりますので』


 アルドは一瞬訝しんだ。ギルド通信にルルナが加われば話が早いはずだ。‥‥‥いや、ちょっと待て。「ロウの窓口を引き継ぐ?」 まるで、ロウが元々ユキナの連絡係だったと知っているような口ぶりだよな。ユキナが村に張っていた情報網を、逆にルルナが掌握するということか? あるいは、聖霊として、ギルドという未知のシステムに直接組み込まれるリスクを避けているのかもしれない。情報網の主導権争い? とアルドはそこまで推測し、ルルナなりの深謀遠慮があるのだろうと結論づけた。


(分かった。そう伝えておく)

『ありがとうございます』


 ルルナとの通信が切れると、アルドは現実の喧騒に意識を戻した。ココミとアンネが不安げな顔で駆け寄ってくる。


「アルドさん、あの爆発は‥‥‥!」

「ああ、ただ事じゃなさそうだ。方針を決める。それに、ドルフ村で――」


 アルドが事態を説明しようとした、その時。修復された荷馬車をゲルドが駆ってきた。ココミの回復薬が効いたのか、怪我をしていた馬も落ち着きを取り戻している。


「アルド殿! あの方向には町なんぞ無いはずだ! いったい何が‥‥‥」


 御者台のゲルドが叫ぶと、荷台の幌から、動けるまでに回復した兵士の一人が顔を出した。まだ、完治していない体を無理矢理に動かして、声をふり絞る。


「いや、ある‥‥‥んだ。あそこには、軍の補給基地を‥‥‥臨時に設置してある。そ‥‥‥して、この地域一帯の避難場所――大規模な基地を建設中なん‥‥‥だっ!」


 アルドの表情が険しくなる。


(ということは、ドルフ村の出稼ぎ人たちも、そこに避難している可能性が高いか)


 ドワッフ軍と魔物の戦闘だと思っていたが、野営地そのものが襲われているなら話は別だ。


「至急、駆けつける!」


 アルドは即座に決断した。視界の端で、馬車の中に身を寄せ合い、震える子供たちの姿が映る。またも戦場に連れて行くのは忍びない。だからといって、子どもと馬車、そして彼らを護衛する者たちをここに残すと? いや、当然に、部隊を分散させる愚を犯すわけにはいかない。


「子供たちには酷な光景を見せることになるかもしれんが‥‥‥行くぞ!」


 一行は、夜が明け始めた荒野を補給基地へと急いだ。 その道すがら、アルドはココミたちにドルフ村での一件を簡潔に話し、同時にギルド通信を開いてユキナにも事の次第を報告した。もちろん、ルルナからの伝言も正確に。


――そうですか。聖霊様との共同作戦とは‥‥‥とても興味深いですわ。


 通信機越しに、ユキナの含むような笑い声が聞こえてきた気がした。


ご一読下さいまして、ありがとうございます。

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