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次期村長③

平日(土日祝は休み)に投稿していきます。

6月は不定期投稿となります。


 ルルナがココミに直接に語り掛けた。


「わっ!?」ココミは驚いて顔を上げる。「あ、ル、ルルナさん!? 来てたんですね」


『はい。お忙しいところ申し訳ありません。その、泉の件ですが』

「あ、うん! 大丈夫だよ! こっちの区画整理がある程度終わったら、聖霊の地の泉に行って、ルルナさんが言ってた通りにしてみるね」


 ココミは元気よく答える。


「でも、泉のどの部分を、どれくらい深くすればいいのかな? やりすぎても良くないだろうし、その辺のバランスが大事そうだよね?」

『ええ。深めすぎると、かえって力の流れが不安定になってしまいますので・・・。現地で、ココミさんのお力をお借りしながら、改めてご相談させていただければと思います』

「うん、分かった! 了解だよ!」


 ココミはにっこり笑う。


(ルルナさんとお話ししたい時は、こうやって心の中でルルナさんのことを念じればいいんだよね?)

『はい。私への通話回路が開きます。いつでもどうぞ』

(そっか! じゃあ、作業が終わったら連絡するね)


 ココミは聖霊と直接、しかも心の中で会話できたことに、内心で小さくガッツポーズをしていた。(やった! MMOの知識通りだ。これで私も、聖霊さんとお友達になれたみたい! ルルナさん、なんだかクールだけど、優しい感じがするなあ)


 そんなココミの無邪気な興奮を知ってか知らずか、ルルナはあくまで冷静なトーンで告げた。


『ありがとうございます。では、これから、よろしくお願いいたします、ココミさん』


 その言葉と共に、蒼綿毛はふわりと揺らめき、音もなく姿を消した。おそらく、アルドさんの元へ戻ったのだろう。「友達、とはちょっと違う雰囲気だったかな? でも、これから仲良くなれるといいな」ココミは一人ごちると、再び設計図に視線を落とし、気合を入れ直した。


「よしっ、設計に戻ろ! あ、その前に、ユキナちゃんに今の進捗を連絡しないとね」


 ココミがユキナとの思念通話(MMO由来のスキル)を繋ごうとした、まさにその時だった。背後から、よく通る明るい声がかかった。


「ココミお姉さまーっ!」

「あ、ミアちゃん! ロウさんも、どうしたの?」


 見ればミアとロウ執事が、こちらに向かって歩いてくるところだった。

 ココミが健気なミアを妹のように思い、気遣い、励ますことで、ミアはココミによく懐き、すっかり打ち解けていた。その様子は、周囲の村人たちにも微笑ましく受け止められていた。


「巫女様!」「ミア様、村の見学でございますか?」


 復興作業の手を休め、村人たちが親しげに声をかける。その声に、ミアは少し照れたように、しかし背筋を伸ばしてしっかりと答えた。


「はい、見学に来ました。皆さんのお邪魔にならないように、少しだけなので。よろしくお願いします!」


 その姿は、幼いながらも、確かに次期村長としての自覚が芽生え始めているように見えた。ミアはココミの隣に来ると、地面に描かれた設計図や、ココミが使う不思議な魔法(生活魔法)の様子を、興味深そうに見つめていた。


「ココミお姉さまの聖霊魔法ですよね? やっぱりすごいです! 私、見たことない。全部は分からないけど、なんだか、とっても・・・聖霊の力を感じます」

「えへへ、そうかな? これはね、生活系の魔法なんだよ。物を作ったり、直したりするのが得意なの」


 ココミはミアの隣にしゃがみ込み、優しく説明する。


 ミアはココミの説明を聞きながら、ふと広場で行われている復興作業へと目を向けてしまう。

 男も女も、老いも若きも、元々の村人も避難民も、皆が泥にまみれながら、力を合わせて瓦礫を運び、資材を整理している。活気がある、とはまだ言えないかもしれない。けれど、昨日までの絶望的な空気は薄れ、少しずつ、本当に少しずつだけど、未来へ向かおうとする意志のようなものが感じられる。


 その中に、小さな男の子が、自分よりも大きな石を一生懸命に運んでいる姿を見つけた。ふらつきながらも、決して石を落とさない。そばでは母親らしき女性が、ハラハラした顔で、しかしどこか誇らしそうに、そして優しい笑顔で見守っている。


―――その、何気ない親子の光景が、ミアの胸に突き刺さり、心の音が零れてしまう。


「・・・いいな」


 不意に、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。頭では分かっている。自分は村長の娘で、聖霊様に選ばれた巫女候補で、皆に期待されている。皆が優しくしてくれる。ココミお姉さまも、ユキナお姉さまも、タンスイ様も、アルド様も、ロウも、みんな、私を支えてくれる。それは、とても幸せなことだ。分かっている、はずなのに。


(本当は、私も・・・あの子みたいに、お父様と、お母様と・・・一緒に)


 病気で早くに亡くなった母の柔らかな手の温もり。そして、先日の襲撃で帰らぬ人となった父の、不器用だけど力強い、大きな背中。もう二度と、触れることはできない。あの優しい声で名前を呼んでもらうことも、あの温かい手で頭を撫でてもらうことも、ないのだ。

込み上げてくる止めどない寂しさと、どうしようもない悲しみに、ミアの視界が急速に滲んでいく。


「ミア様、如何なさいましたか? 急に顔色がお悪いようですが―――」


 隣に立つロウ執事が、ミアの僅かな変化に気づき、心配そうに声をかける。その声が、妙に遠くに聞こえた。


「う、ううん。なんでも、ない・・・です」


 これ以上ここにいたら、涙が溢れてしまう。皆の前で泣くわけにはいかない。巫女なんだから。村長の娘なんだから。しっかりしなきゃ!

 ミアは涙を見せまいと強く唇を噛みしめ、俯くと、その場から逃げるように駆け出した。


「ちょっと、別の場所を見てきます!」

「あっ、ミアちゃん!?」


 追いかけようとするココミを、ロウが静かに制した。


「ココミ様、申し訳ございません。ミア様のことは、私にお任せいただけますでしょうか。ココミ様は、どうかこのまま復興作業をお続けください」


 ロウは深く一礼すると、ミアが走り去った方へと、静かに、しかし足早に追いかけて行った。(ミア様は、お強いお方だと勝手に思ってしまっていた。だが、まだほんの子どもなのに! 分かっていたつもりだった。これほど近くにいて分かって差し上げられなかった!)


ミアはただ、走り続けた。誰にも涙を見せたくなかった。


(私は巫女なんだから! 村長の娘なんだから、しっかりしなきゃ! 皆の前で泣いちゃ、ダメなんだ)


 気づけば、ミアは「聖霊の地」と呼ばれる、森の奥深くにある泉のほとりに来ていた。ここは、幼い頃、巫女であった母に連れられてよく訪れた場所だ。母から聖霊の話を聞いたり、一緒に水面に花を浮かべたりした、大切な思い出の場所。だから、無意識のうちに足が向いたのかもしれない。


 泉のほとりの苔むした岩に、ミアはぽつんと座り込む。


 静かな水面に映る自分の顔。堪えきれなかった涙の跡が、頬に残っている。ミアは袖で乱暴にそれを拭った。


「・・・泣いちゃだめ。泣いちゃだめ。泣いちゃだめ」


 まるで自分に言い聞かせるように、何度も、何度も繰り返す。


「悲しくなんて、ない。寂しくなんて、ないんだから・・・」


 繰り返すたびに、ミアの顔から表情が抜け落ちていく。自分の本当の気持ちを、無理やり心の奥底の硬い箱に閉じ込めて、鍵をかけていく。まだ幼い少女が、ここまで自分を追い詰めなければならないとは――


『・・・ミア』


 不意に、背後から優しく名を呼ばれた。その声には、聞き覚えのない、けれど不思議な温かさがあった。



ご一読して下さいましてありがとうございました。

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