次期村長①
平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
6月は不定期投稿となります。
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村長宅の一室。窓から差し込む午後の柔らかな光が、積み上げられた書類の山を照らしていた。アルドはため息を書類に重ねながらも、ユキナがまとめたという復興計画の進捗報告書に目を通している。羊皮紙ではなく、扱いやすい紙に記されているのはありがたい。ユキナは本当に仕事が早いな。
(それにしても、なぜ俺がこれを読んでいるんだろうな)
アルドは内心で再びため息をつく。表向き、村の復興の立案者は次期村長であるミアということになっている。だが、実質的な計画骨子はアルドが提示したものが多い。特に人口千人規模を目指すという目標設定は、完全にアルドの発案だ。
(聖霊の使徒だから最終承認が必要、ということらしいが。実質、俺が責任者みたいなものじゃないか。仕方ないこととはいえ、慣れないもんだ)
不意に、ペンを握る指先が微かに震え、視界の端がぐらりと歪んだ。あの戦いで酷使した身体が、まだ悲鳴を上げている。「無水拍」の力は強大だが、その代償はこうして不意に顔を出す。ルルナの治療で表向きは回復したが、神経の奥深くに刻まれた負荷は消えていない。いつまた倒れるか分からないという不安が、常に心のどこかにあった。
アルドは胸中でルルナを呼ぶ。すると、胸の奥からじんわりとした温もりが広がり、指先の震えと視界の歪みがすっと引いていった。彼女の存在が、今の俺の命綱だった。
アルドは小さく息をつくと、その隣で小さな机に向かい、懸命に書類を音読するミアに意識を戻した。その真剣な横顔は、亡き父である村長によく似ていると、執事のロウは言っていたな。
(まだ12歳だというのに、背負うものが大きすぎる。この子がこれほど背伸びして頑張っているんだ。千年前に生きたただのおっさんである俺が、慣れないからと弱音を吐くわけにはいかないな)
アルドはミアの顔にかかる長い前髪に気づいた。書類に集中するあまり、邪魔になっていることに気づいていないようだ。アルドはそっと手を伸ばし、その柔らかな髪を優しく掻き上げてやる。
「えっと‥‥‥?」
ミアが顔を上げる。
「ああ、すまない。邪魔したな」
「いえ、あの、ありがとうございます、アルド様。‥‥‥目が、悪くなってしまいますものね」
ミアは少し照れたように俯き、小さな声でお礼を言った。そんな健気なやり取りに、アルドの心もわずかに和む。
コンコン、
と控えめな扉を叩く音がした。アルドは書類から顔を上げ、「どうぞ」と入室を促す。
現れたのは、ブリッツ監査官だった。その表情は、今朝広場で会った時のような興奮はなく、落ち着きを取り戻しているように見えた。
ロウ執事がお茶を丁寧に注ぎ、アルドとブリッツは互いに時候の挨拶を交わすことから始まる。
「これから晩春とはいえ、日中は汗ばむ陽気ですな」
ブリッツの言に対してアルドが応える。
「ええ、ですが朝晩はまだ冷えます」
「畑仕事にはもう少し雨が欲しいところですが、復興作業には晴天続きはありがたいな」
「ははは、全くです」
などと、当たり障りのない会話が続く。そして、本題に入る。ブリッツは居住まいを正し、アルドに向き直った。
「御使徒アルド様。本日は、我々避難民の今後の処遇について、お願いがあって参りました」
「ほう、願いとは?」
「はっ。我々‥‥‥私を含めた避難民全員は、このドルフ村に一時的に身を寄せるのではなく、永住させていただきたいと、そう願っております」
「永住、か。避難民全員がそう望んでいると?」
アルドは確認するように尋ねる。ブリッツ監査官自身も永住を望んでいるということに、少し驚きを感じていた。
「はい。皆が先の聖霊様の御業を目の当たりにしました。そして、ユキナ様のお言葉に深く感銘を受けました。この『聖霊の地』こそが、我々の新たな安住の地であると確信した次第でございます」
ブリッツはまっすぐな視線で答えてきた。
(住民との不和を避けるためのユキナ殿の策が、思わぬ形で功を奏した、というわけか)
実際、避難民の多くは聖地派の信仰を持つ者たちだ。聖霊ルルナの顕現、使徒アルドと従者の存在、そして巫女ミアという後押し。彼らにとって、ドルフ村は単なる避難場所ではなく「約束された聖地」のように映ったのだろう。ユキナの演説は、彼らに「自分たちもこの聖地を守り、復興させる一員なのだ」という帰属意識と使命感を与えた。そして復興は、聖地の建設と同義となったのだ。
(ユキナがここまで計算していたとすれば、末恐ろしいよ)
アルドは内心でユキナの策謀に舌を巻きつつも、実のところ避難民の受け入れ区画について悩んでいた。元々の村人と避難民を混在させるか、それとも出身地(国境都市組、近隣村落組)で区分けするか。だが、永住を申し出てくれたのなら話は早い。
「分かった。皆さんの永住の申し出、謹んでお受けしよう」
アルドは頷き、隣に座るミアに目で促した。ミアは少し緊張した面持ちで、しかしはっきりとした声で告げる。
「は、はい。避難民の皆様、そしてブリッツ監査官の永住を、ドルフ村の長として、認めますっ」
一生懸命さが伝わってくる。ブリッツもその健気さに心を打たれたのだろう。ミアに向かって、父親のような優しい笑みを浮かべた。
「ありがたき幸せ。ミア様、誠心誠意、村の復興に尽力させていただきます」
そう言って深々と一礼し、ブリッツは満足げな表情で部屋を後にした。
アルドはふぅと息をつき、ミアの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「上出来だったぞ、ミア様」
「えへへ」
ミアが嬉しそうに笑う。
(よし、これでひとつの難題は片付いたな)
アルドはポンと膝を叩いて、窓の外に広がる村の景色を見やった。
避難民の受け入れ方針が決まった。居住区の在り方は出身地による区分けではなく技能によるものとする。つまり行政、商業、手工業といった職能別に区画を作っていくのが合理的だろうな。ユキナの報告によれば、避難民の中には行政官や職人もいる。彼らの知識と経験は、今後の村づくりに不可欠だ。ココミの生活魔法だけに頼らず、村人自身の力で都市機能の担い手となっていけるはずだ。
「さっそくココミさんに伝えねばな。村の拡張計画は、避難民の永住を前提に進める、と。詳細な住民情報はユキナに纏めてもらい、ココミさんにはそれに合わせて村の設計を進めてもらおう」
「はい!」
ミアも元気に返事をする。「さてと」アルドが席を立とうとすると、どこからともなくルルナが蒼綿毛の姿で現れた。
『マスター、私がココミさんにお伝えして参ります』
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