伏して、しかして歩む
(注意)11/22:千年にわたる愛の重み、を追加しました。8/27:演出を加筆修正しました。アルドの指示内容を追加しました。
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
投稿予約がミスっていましたので、改めて再投稿しました。よろしくお願いします。
薄暗い家屋の一室。アルドは簡素な寝台に横たわりながら、不甲斐ない自分自身に嘆息してしまう。
そんなアルドに、ルルナの声が脳内に響き、聖霊魔法で自分の体を診断していることを伝えてきた。
(一体、何が起こったんだ? この鈍い頭痛と、胸の奥にわだかまるような息苦しさは・・・今はだいぶ楽になったが、倒れる直前は立っているのもやっとだった)
『マスターがお倒れになった原因ですは・・・マスターの体内に、先の戦いで使用された体内制御式だと判断できます』
ルルナの冷静な分析が、アルドの脳内に直接響く。
『おそらく、この制御式が魔動人形から授けられた「無水拍」の力なのでしょう。基礎的な身体の動き・・・いわゆる「型」がマスターの身体能力を強制的に底上げするバフとして機能するようになっています』
(バフ、か。MMOやゲームでよく聞く言葉だな。つまり、俺が倒れたのは、その効果が強すぎた反動、ということか?)
『はい。能力向上、特にマスターの本来の実存強度を超えるような高度な身体操作をしておいでです。この反動は大きく、マスターの現在の体はデバフの状態・・・一種の身体的な呪いとして無水拍が作用しています。先ほどの激しい頭痛や胸の苦しみは、その影響かと』
ルルナは、そこで何かに思い当たったように言葉を続ける。
『そういえば、あの祠での体験の後、マスターはタンスイさんとの模擬戦を急いでいらっしゃいましたね。おそらく「無水拍」によって得られた感覚を、少しでもご自身のものとして定着させようと焦っていらっしゃったのではありませんか? だからこそ、本来であれば戦いを避けるべきであった実存強度3のオークとコボルドを相手にした。その無理が祟って今回の反動をより大きなものにしてしまった可能性は否定できません。本来であれば体が出来上がってから無水拍を使うべきでした』
ルルナの声には、アルドの無茶を案じるような、そしてどこか人間らしい心配の響きが滲んでいた。
(・・・確かに言われてみれば、あの時の俺は、確かに焦燥感のようなものに駆られていた。あの新しい感覚、あれこそが俺の求めていた「強さ」の入り口なんじゃないかってな。だが、結局は借り物の力で戦っていたってことだよな)
そして、その代償がこのザマだ。全くもって、情けない。
『ですが、マスター、どうかご安心ください』
ルルナの声が、アルドの自責の念を打ち消すように、力強く発せられた。
『私のカロリックは、先の戦闘で得たオークとコボルドの生命結晶石によって、ある程度回復しております。マスターの身体を蝕む呪いを緩和し、治療することが可能です』
そういえば、とアルドは思い出す。
戦闘後、タンスイが「これはアルドのおっさんの覚醒イベントに必要なもんだろ!? 全部使ってくれよ!」と、一番に戦利品の配分でごねるかと思いきや、驚くほど気前よくオークとコボルドから採取した実存強度3相当の結晶石――光珠というらしい――を全て譲ってくれたのだ。 それどころか、他のゴブリンたちから採取した低級の結晶石までも「これはおっさんの武勲の証だぜ!」と言って渡そうとしてきたので、さすがにそれは断った。タンスイ自身が使うべきだと返したのだ。「戦場では互いに死力を尽くしたんだ。これは皆の戦果だよ」と。タンスイは「へへっ、それもそうだな!」と、アルドの言葉に照れ臭そうに、しかし嬉しそうに受け取っていた。ココミとユキナも、そのやり取りに特に異論はなかったようだった。(なるほどな。戦闘に関する判断や戦利品の分配は、ギルドマスターのココミ殿ではなく、意外とタンスイ殿に一任されている部分もあるのかもしれない)
『普段であれば、非常時以外にはカロリックを使い切ることは極力避けるべきでした。そうすれば、このような事態を招くことはなかった。ですが、あの時はマスターを援護するために出し惜しみはできませんでした。・・・少し、マスターの覚悟と戦いぶりに影響されてしまったのかもしれません』
ルルナは本当にわずかにだが、下唇をかみしめる響きでそう続けた。
『ともあれ、今の私に求められているのは、マスターの身体を蝕む呪い―――無水拍の効力を緩和することです。標準聖霊魔法ではありますが、効果はあるはずです。――顕現せよ、清浄なる身体』
ルルナが聖霊魔法を発動させる。
アルドの体内に残るルルナの意識が、優しく、そして力強い光となって彼の全身を包み込んでいく。土属性の【創造】と【定着】の概念を応用した標準制御式による聖霊魔法。 身体の異常を正常な状態へと「定着」させ、健康な状態を「再創造」する癒しの光だ。 それがアルドの細胞の一つ一つに染み渡り、先ほどの激痛による疲弊と身体能力の強制底上げによる負荷を、ゆっくりと確実に解きほぐしていく。
(本来であれば、より高位の聖霊魔法である「石による治癒」が必要な状態でした。ですが、ココミさんの回復薬による下地があったおかげで、標準魔法でも十分な効果を発揮できています。彼女の調合薬は・・・もしかすると、我々の世界の万能薬エリクサーに近い特性を持つのかもしれませんね。末恐ろしい才能です)
ルルナのそんな思考が、どこか遠くに聞こえる気がした。
やがて体の芯からじわじわと温もりが広がり、強張っていた筋肉が弛緩していく。頭痛も胸の苦しみも、まるで薄紙を一枚一枚剥がしていくように和らぎ、意識が鮮明になってくる。
(・・・ふぅ。これなら、もう動いても平気そうだ。皆の前でみっともなく倒れ込むこともないだろう)
『マスター』
脳内に響くルルナの声。だがそれは、いつもの凛とした響きではなかった。 絶対に拒否を許さない、氷のような冷徹さと、煮えたぎるような熱情が混ざり合った、異質な声音。
『警告します。・・・二度と、あのような無茶はなさいませんように』
アルドの目の前で、蒼い綿毛がふわりと浮かんでいる。いつもなら温かな光を放つその姿が、今は小刻みに震え、禍々しいほどに強く、鋭い光を放っていた。
『私の心臓が、凍り付きました。・・・千年です。私は千年の間、マスターと再び会えることだけを夢見て制御式を編み続けてきたのです』
脳裏に、ルルナの感情が直接流れ込んでくる。それは、底なしの恐怖と、それゆえの狂気じみた執着だった。
『だというのに・・・貴方は、私の許可なく壊れようとしました。私の目の前で、私の最高傑作であるその体を、損なおうとしました』
蒼綿毛が、すっとアルドの心臓の真上へと降りてくる。 質量などないはずなのに、鉛のような重さが胸にのしかかるのを感じた。アルドも「しかしだなあ・・・あのときは――-」反論しようにも、ルルナの感情を覆いかぶさる。
『許しません。・・・絶対に、許しません』
部屋の気温が急激に下がる。窓ガラスがピキリと音を立てて凍りつくほどの、濃密な魔力の奔流。
『この体は、私のものです。千年かけて私が再構築した、私だけの聖域なのです。たとえ世界の理がマスターの死を望んだとしても、私は何度でも、世界を書き換えてまでも、貴方を生かします』
脳内に響く声が、甘く、重く、囁くように変化する。
『逃がしませんよ、マスター。貴方はもう、私の管理なしでは生きられない体なのですから。・・・ええ、そうです。これからは管理レベルを最大に引き上げさせていただきます』
胸元の蒼綿毛が、アルドの心臓の鼓動に合わせて、ドクン、ドクンと明滅する。それはまるで、『貴方の命の主導権は私が握っている』と主張しているかのようだった。
『ずっと、私の目の届くところで、私のためだけに呼吸をしていてください。―――愛しています、マスター。この世界が滅びようとも、貴方だけは、私が絶対に管理り抜いてみせますから』
その重すぎる献身に、アルドは息を呑んだ。姿が見えないからこそ、逃げ場がない。自分の内側すべてを掌握されているという事実が、背筋が寒くなるほどの恐怖と、どうしようもない安心感を同時に与えていた。
(・・・参ったな。こりゃあ、うかつに死ねない身体になったようだ)
アルドは苦笑しつつも、その重すぎる愛を「頼もしい」と感じている自分に気づき、静かに目を閉じてその想いを受け入れた。
アルドはゆっくりと起き上がり、深く息をついた。体はまだ少し重いが、先ほどまでの激しい苦痛は嘘のように消え去っている。ただ、なんとなく平衡感覚に奇妙な違和感が残ってはいるが、意識して気を張っていれば問題ないだろう。
「アルドさん、大丈夫なんですか!?」
「ああ、俺は大丈夫だ。ココミさんの回復薬のおかげだよ。もちろん、俺をここまで運んでくれたタンスイ殿にも感謝する」
「いいってことだぜ。あんま無理すんじゃねえぞ」
ココミは鑑定眼を両目に起動させて、アルドの様態を見ていく。魂の深いところにあったモヤモヤがきれいに消えていた。体内のカロリック(=魔力)の流れも穏やかになっている。これなら、もう大丈夫だ。もしかしたら、アルドと一緒いる聖霊も彼の回復を後押しさせたのかもしれない。
「そうですね。もう大丈夫なようです。でも、まだ安静にしていて下さいね! 私たちはユキナのところに戻るけど---」
「それなら、ひとつ頼まれて欲しい。ユキナさんに伝えて欲しいことがあるんだ」
「ええ、分かりました。アルドさん、内容は何ですか?」
「それは、俺が倒れたことで皆が動揺するだろう。だが、これは好機だ。俺が倒れたことをもって、皆の心を一つにまとめるべきだ。そう伝えて欲しい」
動揺しているときこそ団結のチャンスである、と思う。先の人生でのプロジェクトが失敗した経験から学んだことではある。今回も同様の感じがしたのだ。伏している俺が指示するてのは、怠慢すぎると思う。だけど、ユキナさんなら得意分野のような気がする。
アルドが伝える内容を聞くと、ココミとタンスイはユキナがいる広場に戻っていった。残されたアルドは独りごちる。
「無理が祟った、か。本当に情けない限りだ。只のおっさんでしかない俺は、無理をしてでも頑張らないとと思っていた。だが、倒れてしまっては元も子もないよな」
感謝すべきココミたちの顔を思い浮かべ、アルドはもう一度大きく呼吸をする。その空気は、先ほどまで感じていた死の気配ではなく、確かな生の匂いがした。
「さて、と。少し休んだら広場へ行くとしよう。ユキナさんが村人たちにどんな説明をしてくれているか、聞いておかないとな。話が食い違ってしまっては、彼女の苦労を無駄にしかねない」
『マスターはココミに伝言を預けました。ユキナに対する助言にしては不明瞭であったかと思いますが?』
「そこは彼女の判断に任せようと思ってのことだよ。だからこそ、話の内容を聞いておかないとならないわけだな」
そう言いながらアルドは苦笑した。聖霊の使者として体裁を保たねば、皆を不安にさせ無用な混乱を招いてしまうだろうから。
ご一読して下さいましてありがとうございました。




