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亜獣

注)11/22 加筆修正しました。戦闘描写の一新。


5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。

なお、4/18までは、1日3回投稿します。

 瞬間、アイダの意識が右後方へと引き寄せられた。視界には何もない。だが、地面から伝わる微かな震動が、脳内で「映像」として再構築される。茂みの奥に潜む質量、筋肉の収縮、蹴り出される地面の反発力―――それらが手に取るように分かった。


 茂みを割って現れたのは、緑色の肌をした小鬼ゴブリンだ。粗末な棍棒を振り上げ、涎を撒き散らしながら突っ込んでくる。

 かつてのアイダなら、恐怖で足がすくんだだろう。だが今は違う。アイダの口元は恐怖ではなく、いくばくかの笑みに彩られていた。この体が―――手にした刀が、戦いを歓迎しているのだと。


足場固定フェストグント。摩擦係数、最適化』


 ゴブリンが棍棒を振り下ろす。アイダは半歩、体を流した。踏ん張った足元の土が、コンクリートのように硬質化する。滑らない。大地と一体になったような、揺るぎない安定感があった。


『マスター、敵の頸動脈へ。―――刃縁、硬化ハルテン


 踏み込み、抜刀。


 軽く持ち、重く斬る。かつての世界で、アイダが頭の中で何十万回と繰り返した、あの太刀筋を再現する。


―――ザンッ!


 手に伝わる、肉を断つ抵抗のある重い感触。すれ違いざま、ゴブリンの首から鮮血が噴き上がった。小鬼ゴブリンは自分が斬られたことすら気づかぬまま数歩進み、どうっと地面に崩れ落ちた。


「ふぅ‥‥‥」


 アイダは刀を振り、血糊を払う。刀身に纏っていた淡い光が、ふわりと霧散した。


「すごいな、ルルナ。これが聖霊の力か?」

『いいえ、マスター。私は大地を整え、刀をわずかに研ぎ澄ませたに過ぎません。一撃で敵を屠ったのは、紛れもなくマスターご自身の「武の才」です』


 誇らしげに脳裏に響く。

 妄想の中でしか振れなかった刀が、現実の敵を斬った。その事実を噛み締めて―――ふと、アイダは気づいた。


「なあ、ルルナ。俺、いま全力で動いたよな。‥‥‥心臓が、痛くないんだ」

『マスターの病は、すべて解呪してあります』

「解呪? 病気の話なんだけど」

『解呪で合っています。この世界では、病はすべて「呪い」に変換されました。病は手術ではなく、解呪で治すのです」


 病気が呪い。いやいや、そんな馬鹿な―――と口をつきかけて、アイダは飲み込んだ。そもそもの話、翼の生えた猫を見た、ドラゴンに焼かれた、千年後に生き返った。今さら何を驚くことがある。


「‥‥‥郷に入っては郷に従え、か。分かった。そういう世界だと覚えておく」


 四十年、この胸に爆弾を抱えて生きてきた。その枷が、もうない。

 アイダは深く、どこまでも深く息を吸い込んだ。冷たい森の空気が、痛みもなく肺を満たしていく。それだけのことが、泣きたくなるほど嬉しかった。

ご一読いただきまして、ありがとうございます。

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